好調すぎて……
「ごめんなさい」
それが後半ハーフを周り終えてクラブハウスへ戻ってきた、カエデの第一声だった。
この場に居るのは顧問の東矢章乃と、保護者として付いてきた詩穂。それからすでにプレーを終えた瑠利に、選手として参加していない早嶋優良と西原紗英である。
午後になれば彼女たちを指導している芳尾玲那プロも合流する予定であったが、午前中に仕事が入っていて、まだ来ていなかった。
静岡県からは車を飛ばしても2時間かかるので、到着するのはもう少し先であろう。
ただ、たとえ芳尾プロがいたところで終わってしまったことは、どうしようもない。
ゴルフはプレー中に他者からのアドバイスを禁止しているし、唯一助言できるのはキャディーだけなのである。
「はぁ……。で、何をやらかしたの?」
詩穂は呆れたような目をして、妹に尋ねた。
これまでの経験上、妹がこういう態度の時は、たいてい取り返しのつかない事態になっていると決まっていた。
ルール違反で失格、とかでなければ良いが、生憎こちら側でも瑠利が記者たちに囲まれていたためカエデを迎えに行けず、状況がわかっていないのだ。
そして、一人で戻って来てからは、この態度である。
「う……、ごめんなさい」
「もう、いいから。何があったか話してみなさい」
あまりに妹の様子がおかしいので、詩穂も態度を軟化させる。
これは本当にまずいかもと思ったところで、カエデが理由を話し始めた。
「えっとね、今日、凄く調子が良かったの」
「それで……」
「いつもより体も動くし、思った方向へボールも飛んでいくから、すっごく楽しかったの」
「そうね……。そういう時もあるわね」
まだまだ拙い口調であるが、少しずつ理由を話し始めるカエデ。
それを詩穂が諭すように相槌を打ち、少しずつだが言葉を引き出した。
「それでね、前半あったミスも最後には修正できたから、後半は大丈夫って思っていたんだけど、急に縦の距離感が合わなくなっちゃって……」
カエデはそこまで話すと、少し言葉を濁す。
別に隠し事をするわけではないが、彼女自身にもその理由がわからないのだ。
すると、詩穂も何か考え事でもするかのように「そう……」と、小さく呟く。
話を聞く限り、それほど大事には至って無さそうだが、いったい何が起きたのであろうか。
「それで、セカンドショットが全部オーバーしちゃって、全然パーが取れなくなっちゃったの」
そう話すカエデは、ここで再び「ごめんなさい」と謝罪。
詩穂も「ふ~ん、そういう事ね」と、理解したようだ。
カエデの話す通り、ゴルフをしていて番手以上にボールが飛び過ぎてしまうことは、よくあること。
その代表的なのが、フライヤーだ。
これはラフからのショット時に起こりうることで、ボールとクラブヘッドとの間に芝生が入り、バックスピンが上手く掛からないことが原因で起きる。
通常であれば、ラフにスイングの威力を削がれて飛距離は落ちてしまうが、フライヤーは逆に飛び過ぎてしまうのだから質が悪い。
おまけにバックスピンも効いていないので、グリーン上でもボールは止まりにくくなる。
結果、グリーンを大きくオーバーしてしまうことになるのだが、カエデの話しぶりから、それとは違うようだ。
となると、他の理由としては標高の問題。
ここ高岩カントリークラブは標高も高く、夏の暑さ対策として選ばれた会場であるが、そのぶん空気密度が下がり、ボールへの空気抵抗も下がるため飛距離が出やすい傾向にある。
ただ、それが理由であればスタートホールから同じ現象が起きていなければならないし、春乃坂学園のある静岡県でも朝霧方面のゴルフ場であれば同様の結果となるため、すでに経験済みであった。
会場の発表があった時点ですぐに同じような環境のゴルフ場を予約し、プレーしてきていたのだ。
であるならば、考えられる理由は一つ。
単にカエデが絶好調過ぎただけである。
ゆえに、普段より体が動くことで、スイングの切れが増し、インパクトも強く入ってしまって、ボールが飛び過ぎる現象が起きた。
ゾーンに入ってしまえばそんな問題も関係ないのだが、彼女はそこまでの練習をしてこなかった。
そのため、飛び過ぎる理由もわからず、ただ戸惑っていただけなのである。
とまあ、そんな理由であるが、それで彼女を責めるのは可哀そうというもの。
もともとメンバーの中でも実力の劣るカエデは、調子に乗った時の爆発力を期待されていた。
結果、それが空振りになっただけであり、スコアー次第ではまだまだ挽回のチャンスはあるが……。
「それで、いくつで周ってきたの?」
そう詩穂が尋ねると、カエデは小声で「43……です」と答えた。
前半を39で折り返したカエデが、後半を43のトータル82スコアーなら上出来と言っていいだろう。
「まあ、ギリ許容範囲ね。ルリちゃんの貯金は無くなっちゃったけど」
「う……、ごめんなさい」
「もう、それはいいわ。それよりも疲れたでしょうから、着替えて少し休んできなさい」
「は~い」
そうしてカエデが去っていくと、今度は一年生の二人が萌花と陽菜乃を迎えに行くと、ここを離れる。
残ったのは眠そうな瑠利と、真剣な表情の東矢章乃と詩穂。
「それで、どう思います?」
「厳しそうね」
「はい、カエデが前半のままでいてくれたら良かったんですが、今年はどこもレベルが高そうなので、接戦になるかと」
「ええ、今は佐子田さんの結果を待ちましょう。あの子の出来で様子が見えてくると思うわ」
「そうですね。一打差が運命を分けるような、そんな気がします」
少し疲れた様子でウトウトし始めた瑠利はそのまま休ませて、詩穂と東矢章乃はそんな話をしていた。




