招かざる客
父子水入らずで初日の出を見に行き、楽しそうに帰ってきた佳斗と陸斗だったが、お休みのはずの神川ゴルフ練習場の駐車場には車が止まっていて、二人は驚いた様子。
「お父さん、誰か来ているみたいだよ」
「そうだね、でも誰だろう?」
二人で顔を見合わせるも、誰なのかはわからない。
ただ、佳斗は待たせているのも悪いと思い、普段止めている母屋の駐車場ではなく、お客さん用の駐車場へ入って行くと、止まっていた車から三人の男女が降りてきた。
そのうちの二人は老齢な男女、そして残る一人はカエデやシホと同じくらいの女の子だ。
彼らの正体に気づいた佳斗もその場に車を止めて、外へ出た。
「お義父さん、それにお義母さんも」
佳斗は二人の急な訪問に驚いた様子。
すると陸斗も、彼らが誰かわかったのか「あっ、サオリお姉ちゃんだ!」と叫び、車から降りるなり駆けていく。
そして、ポフンと咲緒里の身体に抱き着くと、嬉しそうに顔を見上げた。
「サオリねえちゃん、今来たの?」
「そうだよ、リクト。元気にしてたか?」
「うん」
「そっかー、よかったなぁ」
その言葉の意味を陸斗は理解していないようだが、彼女に頭を撫でられたことで気持ちよさそうにしている。
もしこの場をカエデが見ていたとしたら、『ぐぬぬ』と悔しそうにしたのだろうが、残念ながら今はいなかった。
「よ~し、リクト。寒いから家に入ろうな」
「うん!」
そして咲緒里と陸斗は手を繋いで、母屋へ歩いていった。
一方、義理の父と母に対面する佳斗は、少し緊張した様子。
というのも、最愛の妻・杏沙の両親が、彼らなのだ。
「先に言っていただければ、もっと早く帰って来ましたのに」
「ふん、そんな気遣いは無用だ。儂らが勝手に来たんじゃからのう」
「そうね、早く孫の顔を見たかったのもあるけど、私たちはあなたに話があってきたのよ」
そう話すこの二人は吉瀬正幸(68歳)と、その妻・さちこ(67歳)である。
元日早々、孫の咲緒里(17歳)を連れてここへ訪れた理由は、もちろん大内雄介プロのキャディーを受けた件で、義理の息子に言いたいことがあるからだ。
けれど、その内容を薄々感づいている佳斗は、聞きたくないというのが本音であった。
「そうですね……、わかりました。ここは寒いですし、先に家へ入りましょう。すぐに暖房をつけますので」
「そうじゃな」
「ええ、そうしましょう」
結局、佳斗は覚悟を決めて、二人と一緒に母屋へ歩いて行った。
☆ ☆ ☆
佳斗は、義理の両親と共に屋敷へ入ると、まずは座敷の暖房をつけ、お湯を沸かしてお茶とお茶請けを用意する。
それから席へ着いて、話し合いが始まった。
「まずは、佳斗さん。あけましておめでとう」
「あ、はい。遅れてすみません。あけましておめでとうございます」
「ああ。おめでとう」
ここまでは通常の挨拶。
二人の態度を見る限り、それほど堅物というわけではなさそうだが、本題はここからだ。
「それで、お話というのは?」
「ああ、それなんじゃが……。佳斗、おまえは大内雄介プロの専属キャディーになったそうじゃな」
「はい……」
それはやはりとでも言うべきか、佳斗の想像通り。
孫の咲緒里を連れて来た理由も、陸斗をこの場から引き離すことが目的のようだ。
「それで、おまえがいない間は、リクトはどうしているんだ?」
「えっと、それはですね……」
佳斗は義父にそう尋ねられて、返事に詰まる。
11月の間は瑠利や美里に家を任せており、それをそのまま伝えることは難しかった。
「答えられないか」
「いえ、そんなことは……」
そうはいっても、父親である自分が面倒を見ていたわけではない。
となれば、相手の出方は明白で、佳斗はどう答えればいいか困っていた。
すると、そこで口を挟んだのは義理の母である、さちこだ。
「私たちはね、美里さんやあなたのお弟子さんになったという子が見てくれていることを知っているのよ。でもね、それは違うんじゃないかって、思えてならないの。だって、そうでしょう。あの子は私たちの孫でもあるんだから」
そう話す彼女の言い分はもっともであり、佳斗には返す言葉もない。
「それでね、私たちはあなたを責める気はないの。ただ、今後もキャディーを続けるつもりなら、あなたのいない間はリクちゃんをうちに預けてほしいのよ」
それが彼女の本音だった。
陸斗も今年は中学にあがるため、自転車であれば吉瀬家からでも通学できる。
それを見越しての言葉であるが、問題は陸斗にその気かないことだ。
「申し訳ありませんが、それはできません」
「どうして?」
「それは、陸斗がそれを嫌がるからです」
仕方なく、佳斗はありのままの真実を伝える。
だが、それを素直に受け取れるなら、二人がこんなことを言い出すはずもなかった。
「ふむ、それはリクトの本心か。お前は、あの子が儂らと一緒にいることを嫌がるとでもいうのか」
「ええ、リクちゃんは優しい子ですもの。そんなこと言うはずがありませんわ」
と、全く聞く耳がないようだ。
けれど、それは全くのお門違いであり、勘違いもいいところだ
「いえ、そうではありません。あの子にとって、ここは母親との思い出の詰まった場所でもあるので、離れたくないのです」
佳斗は改めてそう伝えてみるが……。
「杏沙との思い出というのなら、うちは実家なのだから、そんなものはいくらでもあるぞ。リクトが望めば、幼かった頃の写真だって見せてやれる」
と、見当違いな捉え方をする。
こうなっては、もう対話すら成立していないのだが、彼らを納得させなければ話は終わらない。
佳斗は義理の両親の前で不謹慎ではあるが「ハァ……」と、ため息をつく。
そして、覚悟を決めて話し出した。
「申し訳ありませんが、お義父さんのおっしゃっていることは、あなたの思い出ですよね。ですが、陸斗にとって母親の記憶は、ここにしかありません。あの子は私と一緒に居たいからではなく、ここに居たいと言っているのです」
そう言い切ったことで、流石に義理の両親も言葉を失った。
もちろん彼らは、佳斗から子供を奪おうなんて考えてはいない。
それよりも、父親のいない間の陸斗が不憫で、その間だけでもうちで預かろうと考えていただけなのだ。
それなのに、その考え自体が全くの見当違いで、孫をここから連れ出すことが無理だと気づいてしまった。
と、その時だ。
まるでタイミングを見計らっていたかのように、襖の戸が開く。
座敷に入ってきたのは咲緒里と陸斗であった。
「もう、だから言ったんだよ、無理だって。だいたい、ここにはミサトおばさんや、シホねえ、それにカエデだっているんだからね。それにリクトは中学生になるんだよ。行動範囲も広がるし、もし家に来るのが嫌で、おじさんの居ない時にここの自分の部屋に隠れていたら、どうするの?」
そう、ハッキリ口にする辺り、二人はこっそり会話を聞いていたのだろう。
同じように陸斗も何か言いたいようで、祖父と祖母に目を向ける。
「僕はお祖父ちゃん家へ行く気はないよ。それよりも、心配してくれるなら、お祖父ちゃんたちがうちに来ればいいんだよ。その方が僕も嬉しいし」
そう口にすることで、祖父と祖母に自分の意志を伝える。
どうやら陸斗も、咲緒里から全て聞いていたようである。
ただ、祖父と祖母も本人から拒絶されてしまっては、どうすることもできない。
それよりも、自転車で中学へ通うのなら、そのままここへ帰ってくることも簡単なのだ。
となれば、咲緒里の言い分通り、連れ戻されることを怖れて、部屋へ引き籠ったりすることの方が問題である。
「わかった」
「あなた……」
「しかたあるまい。考えてみれば、リクトも中学へあがるんだ。自分の意志があるなら、それを尊重すべきだと思う」
「そうね、わかったわ」
こうして無事に、問題は解決された。
ただ、孫の言葉を真に受けた吉瀬夫妻が、頻繁にここを訪れるようになるとは、この時の佳斗は思いもしなかったようだ。




