第45話 襲来 8 昨日の敵は今日も敵
「ねぇ、シア……」
「うん……」
小声で話し始める2人。
先ほどから顔色が悪く冷や汗をかいている。
「グリフォンってさ……もしかして……」
「もしかしなくても多分あいつ」
それもそのはず。件のグリフォンを彼女達は知っている。
山での生活の中で偶然にも遭遇し、散々な目に遭っているのだ。
「やっぱりかぁ……倒しておけなかったのが悔やまれるな」
「仕方ないよ。あんなの生きていられただけマシ」
初めて見るグリフォンに騒いだシアが襲われてしまい、咄嗟に自慢の障壁で護ったのだが――それが良くなかった。
魔法生物として何か感じたのか、理解不能な障壁を突破してやろうと躍起になってしまった。
当然のように戦闘になり、シアが護りルナが攻撃し追い払った。
しかしそれで目を付けられたのか、何日も何日も襲われ……そうして漸く痛手を食らわせて以降、グリフォンは山から居なくなったのだ。
動物的に言えば縄張りを奪われ追い出されたようなものだろうか。
「追い出してもう安全だと思ってたけど、山の周りにずっと居たんだね」
「というか、私達が山から追い出したから周りの亜人とかを襲ってたんじゃ……」
まだ山脈の近くに居たらしい。
他にそんな奴が居るとも思えない故に、ほぼ確実に同じ個体である。
手負いのまま他の強大な生物の縄張りを侵すなど出来ず、麓へと追いやられたのだ。
それが周囲の亜人達を更に追い立てることに繋がった。
「……つまり、やっぱりあたし達のせい?」
「いや、これはもう本当に仕方ないって」
戦いの専門であるハンターでも、それなりの実力者が数人で戦うような相手だ。
シア達だけでどうにかしようなど無謀も良いところだし、生きていられた事が誇れるレベルだ。
「けどさ、やっぱちょっと悪い気がしちゃって」
「だからって私達に出来る事なんてないよ。私なんて護るだけだし、ルナだってどうにかするのは無理だったじゃん」
それでもルナは少し罪悪感があるらしい。
確かに倒すことが出来ていればこの現状は無かった。
あらゆる魔法に優れ自在に空を飛べる精霊とは言え、いくらなんでもルナ1人で倒しきるのは――もしかしたら不可能ではないだろうが、とにかく厳しい。
「保護された身で首突っ込むのも違うしねぇ。いや、あたしだけだったら関われるけど――」
「そんなの許すと思う?」
「ごめん、言ってみただけ……」
シアがこの件に関わる事はまず無い。
護られる側が自分から首を突っ込むなど、一体誰がそんな事を許すというのか。
そしてルナが戦えるからと言って、自分を置いて戦いに出るなど認めたくない。
真剣な声で言うシアに、ルナは失言をした事を悟り謝る。
しかしそんな事を言ってしまうくらいには、ルナはどうにかしたいと考えているのだ。
原因を作ってしまったし、今この街はシアと共に幸せを感じる居場所だ。
それを護りたいと思うのは当然であり、その事はシアも理解しているし同じ思いだ。
「もし何かするなら私も一緒だよ」
「それ結局何も出来ないって事じゃん。まぁ、あたし達が何かする必要もなく終わると思うけどね」
ルナが動くのならシアも共に。
それは彼女にとって譲れないところなのだろう。
シアが首を突っ込むのは不可能なので、結果的に何もしないという事になるのだが……それでも問題は無い筈である。
「じゃあ俺は議会とハンター達に情報を回す。討伐隊もあまり数が居ても仕方ない、希望する奴は所属ギルドからの評価で見て決めよう」
「おう。なら俺は……そうだな、先んじて痕跡からグリフォンを追える奴を集めて探索しておこう。東だけじゃなく南北まで広範囲に探すとするか」
団長は情報を回し、実力者を集める。
マーカスは追跡が出来る者と共に捜索に出るらしい。
「あ、グリフォンが近くに居るなら、セシリアとリリーナが……」
「あー……確かに危ないね。あの2人の実力は知らないけど」
ふと思い至る。
そんな奴が近くまで来ているのなら、今外に出ている人達も危ないのではないか。
「あいつらは恐らく大丈夫だ。今日は……セシリアはフェリクスとセシル、リリーナはダリルと隊を組んでる。5人で1つの隊だから他の奴も居るが、無事に逃げるくらいはどうって事無いだろう」
ハンターは基本的に5人で1つの隊を組んで街の外へ行き、1日の仕事を行う。
有事の際にも周囲とスムーズに連携して対応できるように、固定されたメンバーではなく毎日組み替えられるのだ。
これは近年、例の襲撃からの学びが広まったからだ。
セシリアとリリーナはこの数日を休み続けていた事もあり、気が緩んで怠けてやしないかとわざと厳しい身内と組まされた。
「良かった……。ねぇ、グリフォンの討伐隊って――」
それを聞いて少し安心したものの、聞かなければならない事がある。
「心配するな。少なくとも俺とフェリクスとダリルは出るが……セシリアとリリーナは出すつもりは無い。セシルは良い機会だから連れて行きたいがな」
団長はシアが聞きたい事を察して答える。
出るのが当然のような3人はやはり実力者なのだろう。
そしてセシルも若いながら随分評価されているらしい。
「そっか……良いのか悪いのかはわからないけど、やっぱり安心しちゃった」
彼女達はまだまだ未熟という事なのだろう。
歳を考えれば当たり前なのだが。
他の人は危険を冒すというのに安心してしまった事も含め、それを良いとも言い切れなかったらしい。
「気にすんな。誰だってそういうもんさ」
しかし団長はそんなシアの考えてる事までも分かっているらしく、気にしないように慰める。
「だがまぁ……こっちにある程度人を回す関係で、セシリアとリリーナも普段以上に頑張ってもらわなきゃならないだろうな」
慰めつつも、誤魔化しようのない事も伝える。
捜索や討伐に人を持っていかれて、多少なりとも負担が増えてしまう。
それが何日続くかも分からないのだ。
「じゃあ、皆が疲れて帰ってきたら何かしてあげたいな」
特に何か具体的な考えがあるわけではないが、シアは思った事を言う。
原因が原因だけに、何か少しでも助けになる事をしなければ……という意識からだ。
「お前さんが迎えてくれるだけでも充分効果はあると思うがな」
護りたい大切な人が迎えてくれるというのは、その為に戦う者達にとって何よりも意味がある。
「でも……」
「そうやって『何かしたい』って思うのは素晴らしいが、『何かしなきゃ』に変わっちまったら……ダメとは言わんが違うだろう。誰もがそうじゃねぇが、嬢ちゃんの場合はな」
尚も意思の変わらない様子のシアへ団長は伝える。
家族に対して何かしなきゃと駆られるのは――それは彼女達は望んでいない事だろう。
「っ……うん」
言われた事を理解したのか、素直に聞き入れるシアは一瞬だけ暗い表情をしたが、すぐに切り替えた。




