第五十話 王都の冒険者ギルド
「まさかこんなに大事になるなんて思わなかったわ……。私も、もうちょっと疑うべきだったってことね」
「王宮内でこれだけ大胆な犯行が行われるとは思いもしないですからね。それより溜め息ばかり吐いていると、幸せまで逃げていっちゃいますよ」
どんよりとした空気を纏っている芹奈ちゃんをカミラちゃんが慰めるという、今までなら考えられなかった状況に驚きながら、私は紅茶を一口啜った。
「そうだよ芹奈ちゃん。あのレイさんでさえ図られた程のやり手が仕組んだ事なんだし、防ぎようは無かったと思う。気にしたら負けだよ。はい、あーんして」
私は、自分に差し出されていたケーキに乗っていた苺をフォークで刺して芹奈ちゃんの口元に持っていき、開いた口の中に放り込む。
その瞬間、カミラちゃんがまるで雷に打たれたかのようにピシャッと動きを止めた。
「……アリス姉さん、何ですかそれ」
「えっ? 何って言われても……?」
「もしかしてですけどアリス姉さん、前世でもそんなことしてたんですか?」
「えっと、うん。主に妹にだけど。アイツすぐに泣くから、こうやって慰めてあげて……」
その時、脳裏にふと浮かんだのは懐かしい家族の顔だった。
……そうだ。アイツ、元気にしてるかな。
この世界に来て色々あって、私は自分や周りの人達の事を考えるばかりで、残してきた家族を思い出す機会は殆ど無かった。
星川さくら。病弱で入院してばかりいた、有栖の三つ下の妹だ。
入院すると友達と遊べないからって、しょっちゅう泣いていたさくら。でも、私がお見舞いに行ってお見舞いのお菓子をああやって食べさせてあげると、すぐに泣き止んで笑ってくれた。
私、もしかしたらそれが癖になっちゃってるのかもしれないな。今まで芹奈ちゃんにした事なんてなかったのに、無意識であーんなんて恥ずかしいことしちゃったよ。
「な、なんて羨ましい妹さん……!」
「有栖君、妹なんていたんだね。全然知らなかったわよー」
何故か嫉妬したように親指の爪を噛むカミラちゃんと、モキュモキュと幸せそうに苺を食べる現金な芹奈ちゃんの姿に思わず苦笑が漏れる。
それにしても、久しぶりに有栖の家族の記憶を思い出すと、何とも言えない懐かしさと悲しみに襲われるな。
勿論アリスの家族は大好きだけど、やっぱり有栖の家族も同じくらい好きだった訳で。
でも、もう二度と会う事は叶わない。さくらとの約束も果たせていないし、本当、ダメなお兄ちゃんだったな……。
何だか泣きそうになってきて、頬をパチンと叩く。いかんいかん、芹奈ちゃんを慰めていたはずなのに自分が泣いてどうする。
私がそうしてなんとか涙を引っ込めようと奮闘していると、客間の扉がコンコンとノックされた。
扉の側で何も言わずに立っていたレイさんが扉を開けると、そこには謁見の時に彼女と一緒に芹奈ちゃんとカミラちゃんをしばいていたメイドさんの姿があった。
「メイド長、国王陛下より文を預かって参りました。芹奈様とアリス様へ向けてとのことです」
「ご苦労様です。下がって良いですよ」
レイさんはその手紙を受け取り、メイドさんを下がらせてから芹奈ちゃんにそれを渡した。
「陛下から私に? それならさっき直接言えばよかったのに」
相変わらず国王陛下直々に手紙を貰っておきながらこの反応、わたしには真似できそうもないよ……。
「なになに? わたしに聖剣と聖衣の奪還を命ずる。P.S. アリスの件については既に冒険者ギルドへ通達しているから、行ってAランク冒険者になってこい。だってさ」
いや、どうみてもそんな一言で終わらせていい手紙じゃないよね? チラッと見えただけで超長文が書いてあった気がするんだけど。
「言いたい事が伝われば細かいところはどうだっていいのよ」
「何その制限時間の短い系テストを受けるときの定石みたいな言い訳は」
「うっ、テスト……。嫌な記憶が蘇る……」
そういえば、有栖は一度も芹奈ちゃんのテストの点数見たことなかったな。もしかして、結構酷かったのかも?
「失礼な。まあ、有栖君からしてみたら全員そう見えるかもしれないけどね」
「どっちが失礼か」
私が芹奈ちゃんの脳天を軽くチョップすると、彼女はチロっと舌を出す。ぐぬぬ、それ可愛いな畜生め。
そんなこんなで元気になった芹奈ちゃんを連れて、私達は王宮から冒険者ギルドへと移動した。
初めてやって来た王都の冒険者ギルドは、これまで見てきたギルドよりも遥かに清潔で、そして小さなものだった。
中に入ると、その小ささの理由が理解できた。王都はそんなに広い街ではないから、無駄な設備を排除していたんだ。
まず当然酒場なんて無い。それどころか、依頼書が貼られた掲示板みたいなものすら見当たらない。
あるのは職員さんが立っている四つの受付カウンターのみ。二階は素材の買い取り専門の窓口になっているらしいから、依頼を受けようと思ったらこのたった四つの受付から受注することになるみたいだ。
こんなに規模が小さいのだから冒険者の数も少ないのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。私達がエントランスで突っ立っている間にも大勢の冒険者が訪れ、受付カウンターへと向かっていく。
驚くべきは職員さんの対応の速さだ。冒険者が求める依頼を的確に提示して、手際良く書類を記入して受注手続きを終わらせていく。
「こ、ここの職員さん凄いね。あんな数の冒険者を簡単に捌いてるよ……」
「王都の冒険者ギルドにはセウェルス王子が資金提供をしているから、スタッフさんへの待遇が物凄く良いのよね。その分競争率も高くて、本当に優秀な人しかギルドスタッフになることは出来ないのよ」
「これが真の競争社会、ですか。正直驚きました」
あまりの手際の良さに若干引きつつも列に並ぶと、その僅か数分後には私達の番になっていた。
やっぱり速すぎるって!
「勇者様、ご苦労様です。国王陛下よりお話は伺っております。どうぞ、二番のお部屋にお入りください」
職員さんはそう言うと、芹奈ちゃんに木札を渡した。
「分かったわ。二人とも、行きましょう」
この間、僅か十秒程。勇者が来たって、もっと騒ぎにもなっていい程の大ニュースだと思うのに、この無駄のない仕事っぷり。流石は超エリート……。
そして芹奈ちゃんはというと、慣れた様子で職員さん用と思われる戸を開けてカウンターの裏へズンズン歩いていき、二番と書かれた部屋の扉にある窪みに先程の木札を置いてから扉を開く。
「その木札、鍵にでもなってるの?」
「これはただの印よ。この部屋にわたし達が入ってるって知らせるためのね」
そこは、とても質素な造りの部屋だった。机と椅子はかなり質の良いものを使っているのは一目で分かったけど、それ以外にはちょっとしたチェストがあったりするくらいで、悪く言えば殺風景だ。
そんな部屋の中には、既に先客が三人いた。一人は忍者のみたいに口元を布で覆った小さな女性。正にアサシンって感じの見た目だ。
二人目は、ゴリマッチョというか寧ろゴリラなんじゃないかと見紛う程の大男で、壁際に置いてある矢鱈大きなメイスを扱うならこの男しかないだろう。
三人目は細マッチョな剣士風の男。イケメンではあるんだけど、何故か私の姿を見ると右手を握りしめてブルブルと震えていた。
一体彼らは誰なんだろう? そう思って首を傾げて、そして気付いた。
「あっ、あー!! あの時のAランク冒険者達!」
まさかの再会に声を張り上げる私を見て、彼らはブルリと身体を震わせる。
そう、彼らは私がセウェルス王子達と戦った時にボコボコにしちゃったAランク冒険者達だったのだ。




