第四十九話 聖なる武具
その後、マルコ卿の存在を認知している人がどれだけいるのか確認したところ、驚いた事に私とカミラちゃん、そして芹奈ちゃんを除いた全員が知らないと答えた。
私と芹奈ちゃんは、多分だけど魔力量が多いから、カミラちゃんは封魔の杖を持っているからってことで記憶を消されずに済んだのだと思うけど、それ以外の人達全員の記憶からマルコ卿の存在が消されていたんだ。
このやり口、そして規模はあの時と全く同じだ。
「そんな……。私とした事が、遅れを取っていたということですか……」
ベルマン子爵達を監視していたはずのレイさんが、血が出るんじゃないかってくらい強く唇を噛み締めていた。
そうか、考えてみればベルマン子爵を捕らえたのがレイさんなのだとしたら、勇者の装備を奪還出来ていなかったのがそもそもおかしな話だったんだ。
おそらく彼女は、勇者の装備を奪還するという任務内容そのものを忘れさせられていたのだろう。そしてベルマン子爵を捕らえるという任務内容だけが記憶に残された。
そして当然マルコ卿に関する記憶も消されていたのだから、彼の姿を見ても捕らえようなどとは思いもしなかったと。
でも正直、相手が悪かったのだから仕方ないところもあると思う。
「なんと……。まさか我々全員の記憶が操作されていたとは」
「魔王の配下とは、これ程までに厄介な存在なのか……」
流石の王様やセウェルス王子も、王族には似つかわしくない憎々しげな表情で人形を睨みつけていた。
これ程までに規模の大きな記憶操作が行われたことを考えると、私達の予想に反してレオは王都に来ていたのかもしれない。
考えられるレオの動きをまとめると、こうだ。
私達やフランツ侯爵らの元に人形を向かわせた後、王宮内……いや、多分王都にいる全ての人間の記憶からマルコ卿の記憶を消した。その上でベルマン子爵とレイさんの記憶を操作して、ベルマン子爵を捕らえさせる。
そしてやり口は分からないけど、彼はマルコ卿を操って勇者の装備を奪い、マルコ卿と共に『テレポート』で逃げ帰る。
今尚マルコ卿が行方不明であることや、レオ本人が顔を出していないことからも、これが一番可能性の高い手口なんじゃないかと思う。
「芹奈ちゃん、奪われた勇者の装備ってどんなものなの?」
あまりの事実に絶句して声も出せないお貴族様達が作り出す静寂の中、私は恐る恐る芹奈ちゃんに聞いてみる。
「……まず剣だけど、名前は"エクスカリバー"。日本でも有名な聖剣ね。その能力は、手にした人の能力値を全て二倍に出来るというものよ。しかもそれだけじゃなくて、絶対に折れることのない刃を持つ、正に最強の剣って感じね」
いやいや。全ての能力値を二倍って、いくらなんでもチート性能すぎない……?
確かに一般人が能力値を伸ばしたところで、大した価値はないかもしれない。
でも、扱うのは勇者だ。魔力量はS+もあり、その他のステータスも軒並み異常な高さがあるはずだ。
実際、彼女は人形とはいえレオを何の変哲もない剣を使って単身で撃破しているくらいには強い。
それが二倍になったら、私でも全く勝てる気がしない程の化け物になっちゃうんじゃないかな?
「なんか失礼な事を考えてそうな顔ね……。まあいいわ。防具は全てオリハルコン製の鎧だったわね。だけど、誰が着たかも分からないものだったから使った事ないのよね」
確かに歴代勇者が使ってきたとかなら、なんとなく嫌な気持ちは分かるけど……。自分の身を守るものなんだから、我慢して使えばいいのに。
そんなこと思ってる私も、普段は動きやすいからって理由で魔法付与されたローブを着てるんだけどね。鎧なんて、動きにくそうで嫌だ。
「勇者様が用いる防具には全て、"魔法無効"の魔法付与が施されています。また、この世で最も硬い金属の一つとされるオリハルコンで作られておりますので、物理耐性も相当な高さを誇ると思われます」
……何そのチート防具。魔法無効って、そんなの魔法使いにとっては倒す事が不可能になる、圧倒的理不尽能力なんだけど。
しかもオリハルコン製って、そんな防具身に付けてたら死ぬ方が難しいんじゃないのかな?
しかしこうなると、盗まれたというのは人間陣営にとっては余りにも痛い打撃になると言わざるを得ない。
「そんなに凄いものなら、もっと大切に保管しておかないとダメじゃん……」
思わず素が出てしまうほどに呆れてしまった私は、溜め息を吐いて頭を抱えた。
「それについては、私どもとしても痛恨の極みであったと言わざるを得ないな。勇者の装備は魔族には触れる事が出来ないもの故、油断していた」
「えっ、魔族には扱えないものなんですか?」
「ああ、言っていなかったな。勇者が扱う装備は、我らが神より賜りし聖なる剣と鎧なのだ。それ故に、邪神『アジ・ダハーカ』の加護を持つ者には扱うことが不可能なのだ」
王子様が邪神と言った時、一瞬だけカミラちゃんがムッとしたように頬を膨らませた。一応場を弁えて抑えてくれたみたいだけど、やっぱり純粋な魔族にとってアジ・ダハーカとは大切な神様なんだろうね。
「つまり、盗まれたけれど悪用される可能性は低いってことですね。……成る程、だから人間であるマルコ卿を利用したのか」
つまりこの勇者装備の盗難事件は、こちら側の戦力を削ぐ事が狙いって可能性が高い。
それとも、勇者の装備を扱う為の方法を見つけたりでもしたのかな? その場合、人類の未来はかなり暗いものになりそうだけど。
「ふむ。これは人類史上において最も重大な損失であるやもしれぬ。このような事態を招いたのはベルマン、君が不用意に件の男と接触したことが原因である。それは理解しているか?」
王様が苦々しい顔をしながらベルマン子爵を睨むと、彼は肩をビクリと震わせた。つい先程、同様の理由で侯爵から男爵へと堕とされたフランツを見ていたから、当然かもしれないけど。
「しょ、承知しております。で、ですが陛下! 私は記憶を操作されていたのです! それはそこのメイドも同じであります! わ、私一人に罪があるとおっしゃるには、些か無理があるのではないかと存じます!」
ベルマンの爵位は子爵。つまり下にはもう男爵の位しか残されていない。そして彼が齎した損失の大きさからするに、たった一つ位を堕とされる程度で済むわけもない。
だから彼は責任を分散させようとした。けれど、彼の言い分は余りにも的外れで、ただの苦し紛れの言い訳にしかなっていなかった。
「愚かな……。それは此度の失態の根本からは外れている。この程度の事すらも理解できぬ者に、貴族の位を与えてる訳にはいかぬ」
「そっ……それは……」
自らが墓穴を掘ってしまった事に気付いたベルマン子爵は、膝から崩れ落ちる。
「よってベルマン家から貴族の位を剥奪する。並びに勇者らが存在すると証言したベルマン家の子息を捕らえるまでの間、近衛兵による監視を行うこととする」
こうして、あれだけ平民を見下していたベルマン子爵が、その平民となる事が確定した。これはとても重い罰なのだろうけれど、それで失われた勇者の武具が帰ってくることはない。
私達はなんとも言えないやるせなさを覚えながら、刑を言い渡されて玉座の間から連れ出されていく三人の姿を眺める他なかった。
こうして二度目の謁見は終わりを迎え、私達は王様に言われるがまま客間へ引き上げることになったのだった。




