第四十七話 最後の議題
「それでは最後の議題に移ることとする。セウェルス」
「承知しました、父上。少々お待ちください」
セウェルス王子が近衛騎士達に向かって何やら合図を送ると、玉座の間の扉が開かれ、見覚えのあるお貴族様達が両手を縄で縛られた状態で引き立てられてきた。
そして私達より後方に跪かされ、それに伴って私とカミラちゃんは左右に参列しているお貴族達の最後尾に行くよう指示される。勇者である芹奈ちゃんは、セウェルス王子の隣に向かっていった。
そうだ、最後の議題は今回の事件を引き起こした元凶の処遇を決める事。そして今連れられてきたのは、フランツ侯爵、ケラー子爵、そしてベルマン子爵だった。
いつの間にかベルマン子爵が捕まっていた事には驚きだけど、一緒に行動していたとされるマルコ卿の姿は無い。こういう時は親が全責任を負うってことなのかな?
そしてやはり、ブリーゼ伯爵の姿は無い。と言っても私はその人の顔を知らないから、ただお縄にかけられていないってだけで参列したお貴族様達の中にはいるのかもしれないけど。
「ご苦労。……ではこれより、フランツ、ケラー、ベルマンの罪状について審議を行うこととする。セウェルス、例のものを」
「承知しました」
セウェルス王子が取り出したのは、あの日私を散々苦しめたレオお手製の人形だった。
並べられた人形は四体。一つは例の、折り曲げることで対象の部位から力を奪う忌々しい精巧な人形。
そして着ている服の色だけが違う、これまた見覚えのある歪な人形が二体。相変わらず見ているだけで気持ち悪くなってくる程、この人形は強烈だ。
多分私が知っている青い服を着た方が魔法封じの人形で、緑色の服を着た方が吸血鬼の特性を封じる人形だと思う。これは見ているだけで、直感で理解できた。
そして最後の一体、これは芹奈ちゃんが斬ったレオ人形の頭だ。そういえば放置しちゃってたけど、ちゃんと回収してたんだね。
この一体からは既にアジ・ダハーカの加護を感じ取ることが出来ない。つまり、おそらくは完全に機能停止していると思う。
「さて、これらの人形は魔王が配下、"傲慢"のレオが用いるものだということが判明した。そしてそれを、首だけとなった一体を除きフランツが所有していた。この件についてフランツ、申し開きはあるか?」
セウェルス王子がナイフのように鋭い眼差しでフランツ侯爵を睨むと、彼は怯えた子猫のように蹲って震えてしまう。
彼は理解しているのだろう。図らずとも自分が魔族に加担してしまい、この後重い処罰が為されるであろう事を。
「も、申し開きはございません。ですが、私は何故か、その人形師を人間だと信じ込んでしまっていたのです。今にして思えば、何故疑いもしなかったのか、私自身でも信じられないのです……!」
……思っていた通り、彼は洗脳されていたようだ。同じく震え上がる二人の子爵の様子からも、同じく洗脳されていたのだと推測できる。
でも、果たしてそれだけが理由なのだろうか?
洗脳とは、そんなに万能なものではない。矛盾が見つかれば解けてしまうから、記憶操作の方がよっぽど楽に人を操れるんだ。
でも、少なくともフランツ侯爵は記憶操作された様子はない。もしそうだとしたら、こうなってしまった根本の責任は彼らにもあるんだ。
例えばフランツ侯爵。彼は魔族を憎み過ぎるがあまりに人形師に扮したレオと共謀し、私を陥れようとした。それも、謁見の途中で豚箱にぶち込むという強引なやり方でだ。
その上地下で魔族の捕虜達を収監していたことからも、その嗜虐性の高さが伺える。つまり、元から野蛮な思考の持ち主なのだ。
ケラー子爵だってそう。彼は捕虜達を自らの所有する城門から王都に連れ込んでいた。しかも小さな女の子ばかりを狙って。
幸いアイラやレオン達には何もされずに済んだけど、所謂変態的嗜好の持ち主なのは間違いない。
レオの性格上、捕虜を捕らえさせるところまでは彼の計画だけど、その後の扱いまで彼が指示していたとは思えないしね。
ただ一人、ベルマン子爵だけは全く分からない。いつの間にか捕まっていたし、やったことと言えば芹奈ちゃんの武器や防具を盗んだくらい?
その辺はこれからじっくり聞かせてもらうとしよう。
「ふむ、やはり洗脳されていたか。だがフランツよ、貴族の身でありながら安易に怪しげな者と接触した事実は重い。貴族たるもの、己の行動全てに責任を持ち、民の血税の元に民を守る義務があるのだ。その責任を放棄し、民を危険に晒した罪。軽くは無いぞ」
先程まで私に向けていた優しい視線と声とは全く違う、重く胸にのしかかってくるような低音。王様が放つ威圧感は、これまで感じたものの比ではなかった。
「も、申し訳ありません。返す言葉も、ございません……」
「以上の事を踏まえ、フランツ家の爵位を降格させ男爵とする」
その瞬間、参列していたお貴族様達が一斉に騒めきだす。
爵位を降格、しかも上から二番目の侯爵から一番下の男爵までの急降下。これは貴族界においては、ある意味死刑よりも重いものかもしれない。
だって、これまで散々威張り散らしていた相手が全員格上貴族になるんだからね。プライドが高いお貴族様には、相当厳しい罰だと言える。
その上急進派トップの侯爵が落ちぶれるとあれば、派閥のパワーバランスは崩壊。穏健派と保守派のみが残る事になるだろう。
「お、お待ちください陛下! それだけは……、それだけはご容赦を!」
実際、フランツ侯爵は血の気が引いて真っ白になった顔に涙を浮かべて額を床に擦り付けている。
「戯け。このような騒ぎを起こした者が侯爵であり、発覚後にもその地位に就けさせていたなどと他国に知られれば、父上が愚王であると喧伝するようなものなのだぞ。お前がこの処罰を受け入れぬ事の意味、篤と考えるのだな」
「そ、それは……」
正にぐうの音も出ないとはこのことだった。フランツ侯爵は項垂れたまま、この処罰を受け入れる他なかった。
「そしてケラー。君の行いは此度の騒動において最も許し難いものであるが、それについて申し開きはあるか?」
王様は動かなくなってしまったフランツ元侯爵から視線を移し、今度はケラー子爵を睨みつける。
「わ、私は何も、間違ったことなど……。私がした事は、あくまで魔族の捕虜を牢に輸送しただけのこと。魔族など、魔物と同じ。この世に存在してはいけないものなのです。そ、それを如何様に扱おうと、罪などある筈が無いのです……!」
う、嘘でしょ? あろうことかケラー子爵、この状況でも反抗し始めたよ。しかもついさっき、魔族となった私とカミラちゃんが勇者と一緒に旅することまで許可されたのに、魔族を魔物扱いしてるし。
思えばベルマン子爵も適性検査の時平民をめっちゃ見下してたし、汚貴族様の思考回路はこう、極端過ぎる……。
「そうか、ならば最早語りかけるべき言葉は無い。ケラー家から貴族の位を剥奪した上で王都より追放し、今後王都への出入りを一切認めぬこととする」
その瞬間ケラー元子爵は崩れ落ち、そして虚な目をしたまま固まってしまった。まさかの貴族位剥奪からの追放って、相当重い罰になったね。
まあ、あそこで王様に盾突いちゃったんだから、当然の報いと言えるけど。寧ろ死刑とかにならなかっただけ良かったんじゃないかな?
やらかしたのが平民だったなら、確実に処刑されていたと思うし。
こうしてフランツ侯爵とケラー子爵の処罰が確定した。残るは罪状がちょっと不明確なベルマン子爵のみ。
そしてこの最後の一人が犯した罪。それは私の想像を遥かに上回る、非常に重たいものだったのだ。




