第四十五話 両親との再開
「こ、国王陛下……。わ、私流石にまだ心の準備が出来ていないのですが……」
「ふむ、それでは仕方がない。此度の勇者の件、無かったことにする他あるまい」
こ、この人思ってたより良い性格してるな……!
「ちょっと陛下!? 全然話が違うじゃない!」
「違うということはないだろう。『転移門』とやらが存在しなければ、条件を満たすことは叶わぬのだからな」
それは確かに間違ってない。問題なのは、王様の真意が『転移門』の存在確認じゃなくて私と両親を引き合わせようとしてることにあるんだけど……。
「あ、有栖君! ここは黙って陛下の言うことに従って! じゃないとわたしが……」
「……私からもお願いします、アリス姉さん。元はと言えば私がアリス姉さんを混血吸血鬼にしてしまったことが原因なんです。私もサイガさんやエレナさんの養子になっていますし、記憶を取り戻した以上説明する義務があると思っています」
「芹奈ちゃん、それにカミラちゃんまで……」
そんなこと言われたら、従うしかないじゃないか……。
でも確かに、いつかはこの事を話す必要があるのは間違いない。それが今だというのなら、受け入れるしかないのかもしれない。
……二人とも、驚くだろうなぁ。つい先月まで7歳児だった愛娘が、突然こんなに大きくなってしまったんだから。
「ほっほっほ、何も私は両親に会えなどとは言っておらぬぞ? 私は転移先を指定したに過ぎないのだがな」
「いやいや、その言い分は無理があるでしょう!?」
「……意地悪な王様です」
この後に及んでしらばっくれる王様を睨む芹奈ちゃんとカミラちゃん。それでも全く動じない王様の姿を見るに、撤回してくれる気が一切ないのは間違いない。
「……いや、もういいよ二人とも。今、私も覚悟を決めたから」
私は深呼吸をしてから立ち上がり、一歩前に進む。
「分かりました。今から私の故郷とこの場所を『転移門』で結びます。ですがこの魔法は一方通行なので、一度私とカミラちゃんの二人で転移した後に帰りの門を作ります」
「むー、わたしは仲間外れなんだ」
「私とカミラちゃんは契約の都合上、離れすぎると死んじゃうから仕方ないんだよ。それはもう説明したよね?」
「あー、そういえばそんなこと言ってたような?」
芹奈ちゃん、忘れてたのか……。昔っから興味ないことは忘れっぽかったような気がするけど、勇者になってもそれは変わってないみたいだ。
「……ふむ、分かった。では、始めたまえ」
私は頷いてから、玉座の間の指定された場所に『転移門』を作成する。今回も土魔法で分かりやすくゲートの形を作っておいた。魔法で作ったものなら、後で汚さずに消すことができるからね。
そしてカミラちゃんと手を繋ぎ、意を決してその門を潜る。
その瞬間、空気が変わった。
それまでの静寂で厳かなピリッと張り詰めた空気感から一変。田舎町特有の緩くて暖かい、優しい空気に包まれる。
指定した場所が我が家の中庭だってこともあって、懐かしさに涙が出そうになる。旅に出てそんなに時間は経っていないはずなんだけど、不思議なものだ。
中庭には私がお父さんと修行していた時に使っていた案山子や木刀が未だに置いてあるし、初めてお父さんと戦った時に彼が作ったクレーターも残っている。
こんなもの私ならすぐに直せたのに、あれも思い出だからって、お父さん敢えて直させなかったんだよね。
「アリス姉さん、そろそろ……」
「あっ、そうだね。ちょっと感傷に浸り過ぎてたよ」
私は袖をちょいちょいと引くカミラちゃんの頭をそっと撫でてから、もう一度『転移門』を発動し、二人でそれを潜った。
「陛下、只今戻りました」
「ふむ、滞り無く発動したようだな。ではセウェルスよ、お前が彼らと共に行き、その『転移門』が本物であるか確かめよ」
「承知しました、父上よ。ではアリス、私を案内してくれたまえ」
セウェルス王子はそう言って左手を差し出してきた。私がそれがどういう意味なのかさっぱり分からずに首を傾げると、私の横からズカズカと歩いていった芹奈ちゃんがその手を取った。
「王子殿下、有栖君はこのような作法に疎いのよ。なのでわ・た・しが連れていってあげるわ」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ勇者殿! 私はアリスに……」
「黙れこの不埒王子! 聞けばわたしの有栖君に手出ししようとしたそうじゃない。そんな危険人物を有栖君に近付けるわけないでしょう!?」
「待て待て待て! そもそも男が可憐な少女に恋をすることのどこが不埒なのだ!? この上なく健全ではないか!」
「な・に・が健全よ! あなた私やレイ達にまで告白していたじゃない! そんな女なら誰でも良いと思ってる女の敵を有栖君に近付ける訳ないでしょうが!」
……うわあ、セウェルス王子ってそんな感じの人だったんだ。腹黒で思慮深いイメージがあったし、多分それはそれで事実なんだろうけど、なんというか残念だ。
これでレイさんが異様に王子様のことを嫌っていた理由が分かったよ。成る程、確かに彼は女の敵みたいだ。
でも一夫多妻制が採用されているこの国で、しかも王子様だったらそれくらい普通だったりしないのかな? そう思うのは、私が元男だからなのだろうか。
まあ、それを私に向けられるのは寒気がするから本当に嫌なんだけどね。
「それは誤解だ勇者殿! 私は本気で、心の底からアリスに惚れたのだ! これは決して一時の気の迷いなどではない!」
「あ、私男は絶対無理なのでごめんなさい。あの、ホント不敬を承知の上で言いますがやめていただけると助かります、というかやめてください。それから"契約の指輪"なんですけど、位置変えておきました。今後は女性の意志を無視してこういうことするのやめた方がよろしいかと思います」
私はそう言って、両手の指を広げてセウェルス王子に見せ付ける。すると彼の両目が見開かれ、項垂れたまま芹奈ちゃんに『転移門』へと引き摺られていった。
実はここに来る前、私は指輪の位置を変えておいたのだ。変な誤解をされると困るし、何より左手の薬指は私が心に決めた人の為に空けておきたかったから。
でも"契約の指輪"は外すことができない。ならどうするか、答えは簡単だ。
私は、左手の薬指を土魔法で作った鋭利なナイフで切り落としたのだ。吸血鬼になって痛覚が鈍くなっていたから出来たけど、あの時ほど汗びっしょりになったことはなかったよ。
本当に怖かった。もう二度とやりたくないけど、そこまでする理由があったから仕方がない。
そうして切り落とした指から指輪は簡単に外れたので、それを右手の人差し指に付け替えたのだ。この位置は夢の実現を意味する、正に契約内容にピッタリな位置だからね。
『転移門』の中へと消えていった二人の姿を確認した私とカミラちゃんは、王様へ一言挨拶をしてから再びゲートを潜る。
そして景色が変わった瞬間、私に向かって剣が振り下ろされた。その無駄が無く素早い一撃を、私は咄嗟に作り出した短剣で受け流す。
襲撃者はそこで止まらず、残像が見える程の高速の斬撃を繰り出す。私は即座に距離を取るも、その斬撃は見えない刃となって襲い来る。
私は対となる短剣をもう一本作り出し、その全てを防ぎきる。
この打ち合い、懐かしいな……。私の視界が涙で滲み、それだけで留まらずボロボロと流れ落ちていく。
剣で語り合うって漫画ではよくあるけど、どう考えても言葉の方が伝わるじゃんと思っていた。
でも違った。今のたった一瞬の打ち合いだけで、まるで何時間も共に言葉を交わしたかのように襲撃者の想いが伝わってきた。
「……本当に、アリスなんだな。見違えたぜ」
私の前にやってきたその人は、わしゃわしゃと激しく私の頭を撫でる。
その剣タコだらけのゴテゴテした手も、懐かしくて仕方がない。
「うんうん、将来美人さんになるとは思っていたけれど、まさかこんなに可愛くなるとはね。お母さん、誇らしいわ」
そしていつの間にか現れたもう一人が、私の身体を優しく包み込む。
七年もの間、同じように私を包んでくれたこの温もり。忘れるわけがない。
「……ただいま。お父さん、お母さん」
私が涙を拭いて顔を上げると、私の心配が全くの杞憂だったことを示すように、優しい笑みを浮かべる両親の姿がそこにあった。




