第三十八話 戦いの終わり
カイドさん達を見送った私は、彼が言ったことの意味をひたすら考えていた。
サリィ・コリンナ、魔王の一人娘。当然サリィという名前は珍しい者ではないから、別人である可能性が高いとは思う。
だけど、魔王が関わっていると考えると偶然と片付けるのも難しい気がする。私がそう考える理由は、レオが私を殺そうと企んだからだ。
だってあの男、【要塞都市フォルト】にいた時の私を、ドラゴンをけしかけてまで殺そうとしてきたんだよ?
あの時の私は人間だったし、カミラちゃんの正体が吸血鬼だっていうのも誤算だったみたいだから、レオは吸血鬼を始末しようと思ってあんなことをした訳ではないんだ。
私はあの日まで魔族と関わったこともなかったし、魔王の配下に命を狙われる謂れなんてない。しかもレオの口振りからするに、私の殺害は魔王直々の命令だったみたいだし。
もしサリィが本当に魔王の一人娘だったとしたら、何らかの理由で魔族領に帰った彼女の記憶を唯一持つ私が狙われたと考えれば、辻褄は合わなくもない。
でもそれなら記憶を消せばいいだけだし、態々殺す必要も無い気がする。
だとしたら他の理由が……?
例えば何かしらの目的で魔王の一味がサリィを誘拐、一人娘に仕立て上げたという可能性。その場合もやはり、サリィが人間だと知る私の存在が邪魔になる。
でもやっぱり殺す必要はないよね。実際私の住んでいた村の住人も、誰一人殺されてはいなかったんだし。
……考え過ぎなのかな。やっぱりサリィ・コリンナと私の知るサリィは別人で、レオは別の目的で私を殺そうとしたんだと考えるべきなのかもしれない。
初めてサリィの手掛かりが掴めたかもと思って、ちょっと心が浮ついてしまった。
「アリス姉さん、大丈夫ですか?」
「顔色が悪いわよ。今日はもう、横になった方がいいんじゃない?」
「……そうだね、正直もう疲れたよ。でもまだ、やる事が残ってる」
セウェルス王子に事の顛末を報告しないといけないし、アイラ達にも会いに行かないと……。
「それならわたしがしておくから、とにかく休みなさい。カミラさん、後は頼んだわよ」
芹那ちゃんはそう言うと、止める間も無く走り去ってしまった。流石は勇者、まるで新幹線みたいに速かった。
「任されました。……それでアリス姉さん、その子供達はケラー子爵家の地下にいるんですよね? 私が連れて行ってあげますから、背中に乗ってください」
「うん。ありがとう……っていやいや、自分で行けるから!」
さり気なく私の前でしゃがんで誘動するものだから、思わずおんぶされそうになったよ!
流石にこの歳で女の子におんぶされるのは抵抗あるし、それに動き過ぎて汗かいてるし……。
「そんなの気にする訳ないじゃないですか。むしろそれはそれで……、いえ、なんでもありません」
なんでもないどころか大問題な気がするんですけど!? 少しカミラちゃんが怖く見えてきたよ、私……。
ということで残念そうな顔をするカミラちゃんと私は、浮遊魔法でケラー子爵家の中庭に向かった。そして"霧化"を使って地下に侵入する。
「中庭に地下があるなんて驚きました。アリス姉さん、よく気付きましたね」
「タイミング良く、というのは不謹慎だけど、丁度捕虜達がここに連行されていくところに遭遇したからね。まさか一日と経たずに戻ってくることが出来るとは思ってなかったけど」
私は周囲と同化させていた『土要塞』の入り口を露出させて、扉をコンコンとノックした。当然誰も扉を開けることはなかった。ちゃんと警戒しているみたいだね。
「アリスです。帰ってきたから入りますよー」
私はそう声を張ってから、カミラちゃんと一緒に"霧化"して拠点の中に入った。すると扉に向けて剣を向けているアイラやレオン達の姿が目に入る。あれ、これもしかして実体化したらビビって斬られちゃう感じかな?
"霧化"していて声が出せない私は、とりあえず子供達から一番離れた位置で実体化した。その瞬間。
ギラリと光る何かが視界の端に一瞬だけ写り、慌てて身体を捻る。その刹那、子供達に託しておいたナイフが私の服を切り裂いた。
今の投げナイフ、狙いもタイミングも的確だった。何者かが侵入して実体化するならこの場所だって、正確に判断したのか。
一体誰が、そう思った時。
「動くな! 動いたら斬る!!」
気がつくと、アイラとレオンに剣を突きつけられていた。その背後には、ナイフを構えているフィーネの姿もある。
見事な連携と判断力。子供達だから放っておくのは心配だなと思っていたけど、これならそんなに心配しなくても大丈夫だったかも。
一体どんな生活を送っていたらこんなことが出来るようになるんだろう? と思ったけど、私も似たようなものだった。
「降参ー。皆んな、元気にしてた?」
「んげっ! 本当にアリスさんだ! おいアイラ、お前人間が攻めてきたのかもって言ったじゃねーか!」
「そ、それはそうだけど何もしないのは危ないと思って……。お、お姉さん本当にごめんなさい」
物凄く青い顔で頭を下げるアイラを見ていると、何故だかこっちが悪い事をしているような気分になってくる。
まあ、帰ってきた時の合図とか決めてなかった私がどう考えても悪いんだけど。
「……アイラもレオンも焦り過ぎ。"霧化"出来るのは吸血鬼だけ」
「あっ、そうか! 忘れてたぜ……」
そういえば初めて聞いたけど、フィーネちゃんの声めっちゃ可愛いな。最初はアイラとレオンの影に隠れて黙ってたから聞く機会なかったけど、こんな透き通った綺麗な声だったんだ。
「私は気にして無いから大丈夫だよ。それよりも侵入者がいたときに対処できる実力があるのは凄いことだよ」
私は三人の頭をぐりぐりと撫でる。気持ちよさそうに目を細める三人は正に歳相応の可愛さがある。
「そ、そうだアリスさん。帰ってきたってことは何かあったのか? 敵はどうなったんだ?」
「うーんそれがね、話すと長くなるんだけど……。そうだ、その前に私の相棒を中に入れたいんだけど、いい?」
「あ、はい。いいですけど……、相棒?」
「うん、吸血鬼のカミラちゃん。出てきていいよ」
私がそう言うと、辺りに散らばっていたカミラちゃんの気配が一箇所に収束していき実体化する。何度見てもこの"霧化"の解除は幻想的だ。
「きゅ、吸血鬼のお姉さんが二人……」
「絶滅したっていうのはデマだったんだな! 最強の吸血鬼さんが二人もいるなら、戦争にだって負けはしないぜ!」
レオンの無邪気な笑顔に、私とカミラちゃんは頬を掻いて苦笑する。
「まあそうなの、かも? とりあえず私達、悪い人達と戦って疲れちゃったから、ゆっくりご飯食べたいな。レオン、確か料理得意って言ってたよね?」
「おう! アリスさんびっくりするぜ。母ちゃん仕込みのオレの手料理、披露してやるぜ!」
「それは楽しみだね! 私の舌は肥えてるから、ちょっとやそっとじゃ驚かないよ〜?」
私がわざとらしく舌を出してニヤリと笑うと、レオンも挑発的な笑みを浮かべてから厨房へと姿を消した。
こうして私達は、長いようで短かった戦いを終えて漸く一息つくことが出来たのだった。




