第三十七話 縁
全員を転移させ終わった私は、すぐにアイラやレオン達のことを知っているか聞いてみたけれど、予想通り誰も知らないみたいだった。
つまり、あの子達はここにいる魔族達が住んでいた場所とはある程度離れた場所に暮らしていたってことだ。
彼らは吸血鬼に対する敵対心も無さそうだったし、カミラちゃんが昔からしていたという吸血鬼の村とも離れた場所なんだろうね。
魔族領もやっぱり、【ノルトハイム王国】と同等の広さがあるのだろうか? もしそうだとしたら、魔族領に行った後にサリィを探すのにも苦労しそうだよ……。
兎に角、魔族だからといってアイラ達とここにいる皆んなを同じ場所に送るのは得策では無さそうだから、先ずは彼らを魔族領に送り届けてあげることにしよう。
「えっと、これから皆さんを魔族領にお送りしようと思うんですけど、その為に記憶を提供してくれる人はいませんか? 『転移門』を発動するには、転移先の事を正確に思い浮かべる必要があるんです」
私がそう聞くと、魔族達は騒めき出した。まあ、記憶を覗かれるのなんて普通は嫌だよね。私だって、恥ずかしい黒歴史を覗かれるのかと思うと絶対嫌だし。
「一応、あくまで貴方達が住んでいる村の情報に絞って見ますので、そこはご安心ください」
そう一応の補足をしておくけど、やっぱり中々名乗りを上げる人はいない。サラちゃん辺りが協力してくれるかもと思ったんだけど、むしろ全力で拒否されてしまった。
そういうお年頃なのかな? 何にしても、このままでは送り届けることが出来ないからなぁ。どうしよう?
「……分かった、俺が記憶を提供する。アリスさんが我々を裏切るとは思えないし、何より恩人をいつまでも困らせておくわけにはいかないからな」
そう言って名乗りを上げたのは、先程遺体を預けたばかりのリーダー格の男だった。
「ありがとうございます、助かります。決して余計な情報は覗かないと約束します」
「そうしてくれると助かる。まあ、俺自身覗かれて困るような生き方はしていないがな」
彼は先程まで泣いていたことで赤く腫れた目を細め、快活に笑う。私なら絶対に立ち直れないだろう状況でこんな顔を浮かべられるなんて、私には想像出来ないほどに強い心を持っているんだろうな、この人は。
「分かりました。では、始めますね。……あっ、でもその前にお名前を教えてもらってもいいですか?」
「カイドだ。お前さんが"傲慢"の幻術に惑わされていた時に呼んだのと同じ名だな。ったく、どういう因果なんだか」
私は思わず身体を硬直させてしまった。本当に、どんな因果なんだろうね。しかも多くの人々を統率するところとか、自ら率先して行動しちゃうところとか、仲間想いなところとか、強靭な精神を持っているところとか、本当に良く似ている。
「……そうですね。本当、偶然とは思えないくらいの縁を感じます。では、いきますね」
私は慎重に『サイコメトリー』を発動させる。読み取るべき記憶情報は、彼の住んでいた街とその近郊の風景。
見えてきたのは、【カルムの街】にそっくりな田舎町。人通りが多くて賑やかな街の中心には、何かを象った銅像が立っており、その周囲には多くのカップルが手を繋いで歩いている。
その景色はあまりにも人間の街のそれと似ていて、それ故に物悲しい気持ちになってくる。これだけ似ていて、同じような文化を持つ種族同士が、どうして争わなければならないんだろう。
この街は魔族で一番人口の多い魔人族が住む街のようで、その姿も耳が少し尖っている以外はほとんど人間と変わらない。遠目に見たら、ここは人間の住む街ですと言われても分からないと思う。
私はそれから、街の外に拓けた場所が無いかを探った。すると街から徒歩三十分くらいの場所に、綺麗な湖があるのを見つけた。しかもその畔には広い草原が広がっている。
これなら今いる全員を転移させても問題なさそうだ。私はその景色をしっかり自分の記憶にコピーしてから『サイコメトリー』を切る。
「街の近くに凄く綺麗な湖を見つけました。そこに転移しても問題ないでしょうか?」
「ああ、やはりそこを選んだか。問題ない。漁のためにしばしば赴く安全な場所だ」
「では、そちらに設定します。ちょっと待っててくださいね」
私はもう一度『転移門』を発動する。流石に三度目ともなると、短距離走を全力で走った後くらいの疲れが襲ってきた。
余力はあるけど、もう一度発動してしまったら何か不足の事態が起きた時に対応できなくなりそうだ。
帰還分の『転移門』を作るのは正直厳しそうだから、私は向こうに行かずにここでお別れにしよう。私がそう説明すると、カイドさん達も納得してくれた。
「では、ここでお別れだなアリスさん。カミラさんも、子供達の介抱ありがとうな」
「いえいえ、アリス姉さんの頼みでしたし、何より子供達の事は私も心配してたので」
カミラちゃんは激昂してしまった時の事を思い出したのか、ポリポリと頬を掻いて目を背ける。
その横顔はほんのり朱に染まっていて、口元には優しい笑みが浮かんでいた。あれだけ心配していたもんね。私も思わず頬が綻んでしまうのを抑えられない。
「それから、そこの勇者。今回は"傲慢"の件もあるし、子供達に免じて見逃してやる。だが次にもし戦場で会ったなら、その時は覚悟しておけ」
「……正直顔見知りと戦うのは気が引けるから勘弁して欲しいんだけどね。でも、負ける気はないわよ」
芹那ちゃんは複雑な感情を抱えているのが丸分かりの表情で、おずおずと答えていた。それを見て、カイドさん達は楽しげに笑う。
「そんな顔すんじゃねえよ。俺らまで相手しにくくなっちまうだろうが。……あばよ、勇者」
「うん、バイバイ」
さて、これで挨拶は済んだね。でも最後に、聞いておかなきゃいけないことがある。
「それじゃあこれでお別れになるけど、最後に一つだけ。サリィって名前に聞き覚えありますか? 黒髪で綺麗な黒い瞳の、多分今は7歳くらいの女の子なんですけど」
そう、私の旅の目的は魔族に拐われたと思われるサリィを捜し出すこと。つまり、魔族に情報を聞ける機会というのはとても貴重なんだよね。
すぐには思い当たらないのか、無言の時間が流れていく。それも仕方ないかな。魔族と一括りに言っても、たった一人の人間の情報を知っている者はどう考えても限られてる。
拐った人と知り合いでもなければ、名前なんて聞く機会ないもんね。そう思って諦めかけた時だった。
「俺は背格好も歳も知らないから詳しいことは何も分からんのだが、その名前には聞き覚えがある。だがなぁ……」
カイドさんがそう言って他の魔族達に目を向けると、皆一様に怪訝そうな顔をして顔を見合わせる。
「知ってるんですか!? ど、何処で聞いたんですか? 教えてください!」
私は逸る心を抑えきれずに思わず急かしてしまう。だって、二年以上経って、初めての手掛かりかもしれないんだから。
「……俺が知っているその名はな、魔王様の一人娘なんだよ。サリィ・コリンナ様、それが俺の知っている唯一のサリィという名だ」




