第三十四話 七つの大罪
あまりにも真っ直ぐなその言葉に、思わず息が詰まる。顔が燃えるように熱くなって、今の私絶対真っ赤になってる。
こうして真っ直ぐ好意を伝えられるのは二度目だ。……そうだ私、芹奈ちゃんにもあの時の返事できてないんだ。
「カミラちゃん、私……」
返事しないで延々と引き伸ばすのは男らしくもないし、何より卑怯だ。だから今度こそは、ちゃんと私の意思を伝えるんだ。
そう思って口を開いた次の瞬間。
突然世界を眩い光が包み込み、ガラスが砕けるように綺麗な空の景色が崩壊していく。その様はとても幻想的で綺麗なんだけど……。
「また私は何も言えないの……?」
次第に白く染まっていく視界、聞こえなくなっていく音。そんな中辛うじて見えるカミラちゃんの口元が動く。
既に声は全く聞こえなくなっていたけれど、不思議と彼女がなんて言っていたのかは分かった気がした。それは多分、こんな感じだ。
「焦らなくていいですよ、アリス姉さん。私達は永遠に一緒なんですから」
あまりの眩しさに目を瞑った私が次に目を開けた時、そこには満天の星空があった。風と共に感じる夜の匂いが、現実世界に帰ってきたことを教えてくれる。
「起きた! 有栖君、わたしのこと分かる!?」
そして目の前に目を真っ赤に腫らした芹奈ちゃんが現れ、ポタポタと、雨粒のような涙が頬に落ちる。
「芹奈ちゃん、ごめん……。私、芹奈ちゃんのこといっぱい傷付けちゃった」
「全然気にしてない! 確かに痛かったけど、そんなの有栖君が死んじゃうことに比べたら、蚊に刺されたくらいのものよ!」
「わわっ!?」
我慢ならないという様子で芹奈ちゃんが抱きついてきて、というか力強すぎ……! ちょ、ちょっと苦しい……!
私が彼女の手をバシバシ叩いて抗議すると、ハッとしたように解放してくれた。死ぬかと思ったよ……。
「どうやらそちらも、無事に終わったみたいですね。それと、今すぐアリス姉さんから離れてくだ……さいっ!」
いつの間にかすぐ側に立っていたカミラちゃんが芹奈ちゃんを私から引っぺがして、自分が抱きついてきた。
そんな彼女の顔を見るとさっきの事を思い出してしまって、なんだか凄く気恥ずかしい気持ちになる。
もしかしたらとは思っていたけど、カミラちゃんの気持ちは本物だった。そんな彼女に触れられるのは、恋愛経験ゼロな私には刺激が強すぎる……。
「……ちょっとカミラさん? 有栖君が困ってるから早く離れてくれないかしら?」
「嫌です。私はアリス姉さんの契約主なんですから、すぐ側にいなければならないんです」
「だからってそんなにべったりしなくてもいいでしょう? というか有栖君も何か言ってよ!」
「えぇっ!? で、でも私はその、なんていうか……」
私はカミラちゃんの顔を見て、そしてにっこり微笑む彼女と目が合った。
ーー私は貴女が好きです。
夢の世界で告白してくれた彼女の姿を思い出してしまう。ダメだ、恥ずかしくて顔を見ていられない……。
「……その反応。カミラさん、あなた有栖君に何をしたの? 何を言ったの?」
「貴女と同じことを言っただけですよ、勇者。先に抜け駆けしたのは貴女なんですから、文句言わないでくださいね」
「はあ? わたしは有栖君が転生する前からずっと好きだったのよ? 日本での有栖君を知らないあなたにとやかく言われる筋合いなんてないわ」
「でもこの世界で一緒に過ごした時間が長いのは私です」
「ちょ、ちょっとストーップ!」
何このドロドロした三角関係を描いた昼ドラみたいな展開は!
「二人とも落ち着いて! 魔族の皆んなが困惑しちゃってるから!」
私が指差した先には、吸血鬼に交渉を持ちかけられたと思ったらその吸血鬼が倒されて、その上自分達を王都まで連れてきた男まで倒されて、やっと吸血鬼が起きたと思ったら昼ドラを見せられている可哀想な魔族達の姿があった。
「いや、まあ確かに何が何だか分からないのは確かだが……。だが、確かにあのお方が全ての元凶だったということは理解した。そしてそこの勇者が、我々では到底敵わないあの方を滅ぼしてくれたことにも感謝している」
……あの方、ね。
どうやら魔族達はレオの正体を知っているみたいだ。そして勇者が滅ぼしてくれたって……、そうか、現実世界のレオは芹奈ちゃんが既に倒してくれていたのか。
「当然よ。有栖君にあんな酷いことしたんだから。わたしも久々に本気で戦ったわ。と言っても、カミラさんが剣を持ってきてくれなかったら、わたしは勝てなかったわ。そこは感謝してあげる」
「勇者のためではないですから。アリス姉さんを救うには、あれが最適だと判断したまでです」
カミラちゃんはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。三角関係って怖い。
……いや、そんなことより色々聞きたいことがあるんだった。
「芹奈ちゃん、レオを滅ぼしたってことは殺したんだよね? その死体見せてもらってもいいかな?」
「死体? ……あー、わたし燃やしちゃったんだけど、頭だけなら残ってるかな?」
鈴の音が鳴るような涼やかな声で、何やら物騒なことを言ってのける芹奈ちゃんに若干引きながら私は頷いた。
「う、うん。よろしく」
そうして芹奈ちゃんは私をとある家の屋根に案内してくれた。そこには夥しい量の血と、その海に沈んだ小さな人形の頭が転がっていた。
「えっ、嘘! わたしが斬った時は確かに本物だったのに! どうして人形の頭なんかが……」
やっぱり、こっちのレオも人形だったみたいだ。恐らくは自分の意思を埋め込んで遠隔操作出来るタイプの人形だと思うけど、芹奈ちゃんによるとレオは超級魔法の『テレポート』まで使ったらしい。
私とカミラちゃんが心の中で戦ったレオも人形だったんだ。遠隔で二つの人形を、しかも片方は精神世界の中にまで送り込んで操っていた……。本物のレオは、一体どれ程の実力者なんだろう?
私は一先ずこの汚れた屋根を『浄化』で綺麗にして、それから元の場所に戻った。それから事情を説明すると、カミラちゃんはさもありなんといった様子で頷いた。
「なるほど、予想してはいましたけどこちらのレオさんも人形でしたか。皆さんは先程レオさんが何者か知っているようなことを言っていましたが、どなたか教えてくれませんか?」
それに答えたのは、先頭に立つリーダー格の男だった。
「あのお方は魔王様直轄の配下が一人、"傲慢"のレオ様。我々一般兵など遠く足元にも及ばぬ、正真正銘の強者だ。」
「魔王、直轄……」
思った以上に大物だったのか、レオは……。それに"傲慢"とはよく言ったものだよ。確かに奴の態度は傲慢そのものだった。
「待って、"傲慢"……? それって七つの大罪の、あの傲慢よね? だとしたら、まさか……」
芹奈ちゃんが何やら慌てた様子で私を見る。
七つの大罪って確かキリスト教で使われる用語で、「人間を罪に導く可能性のある欲望と感情」のことだったはず。
その七つとは"傲慢"、"強欲"、"嫉妬"、"憤怒"、"色欲"、"暴食"、"怠惰"だったはず。
日本で読んだ漫画でも、この七つの大罪を元にした作品があったからよく覚えている。
「……それってまさか、レオと同格レベルの敵が他にも六人いるってこと? 魔王軍も十分にチート戦力を持ってるじゃん」
「問題なのはそこじゃないわ、有栖君」
芹奈ちゃんは私の両肩を掴んで、思い詰めたような表情で冷や汗を浮かべる。その余りにも真剣な眼差しに、私は思わずゴクリと喉を鳴らす。
「レオは有栖君の胸から取り出した魔石を見てこう言ったの。"憤怒"の兆しが現れている、俺達の末席を担うに値するって」




