第三十三話 空に落ちる
その魔法を受けた瞬間、私の体を巡っている魔力の流れが止まった。それは一瞬のことだったけど、魔力欠乏症の症状を引き起こすには十分なものだった。
だけどそんなもの、今の私には通用しないよ。
「……おい、なんでお前は何事もなく立ってられんだ? 吸血鬼だろうが即昏倒するはずの超級魔法なんだがな。これ」
「確かに魔力の流れを止められて意識を保てる人なんて、まずいないだろうね。だけど残念、私は魔力を自分の意思で作ることができるんだよ」
私はニヤリと笑って『紫炎』を発動させる。摂氏三千度を超える紫の炎の壁がレオを囲い、そこからプロミネンスのように畝った炎の塊が彼を襲う。
「クッソ、『ーー』……!?」
レオは当然それを『虚数空間』で消し去ろうと試みる。でも残念。その魔法、発動しないよ。
「『雑音相殺』。この魔法は、私が指定したエリアで発する音を完全に消し去るんだよね。だからレオ、貴方は私がこの魔法を解除しない限り何も喋ることが出来ない。流石の貴方も、この自作魔法は知らなかったみたいだね」
紫炎に手足を骨まで溶かされて痛みに悶えるレオだけど、その叫び声もまた『雑音相殺』によって掻き消されている。
「カミラちゃん、ありがとう。お疲れ様」
私はそんなレオを放置して、足元に倒れているカミラちゃんに『キュア』を施す。
「……おはようございます、アリス姉さん」
「おはよう、カミラちゃん」
私が彼女の頭をそっと撫でると、まるで猫のようにもっと撫でろと頭をぐりぐり押し付けてきた。
まったく、この娘は私を信頼しすぎているというか盲信しているというか、ちょっと危なっかしいよ。
カミラちゃんはさっき『夢堕とし』を受ける直前、私に目配せをしていた。言葉はなかったけれど、私にはカミラちゃんの意図するところがすぐにわかった。
レオは様々な闇魔法、時には人形を使った不可解な術さえも操る万能で手の内が読めない厄介な術師だ。
そんな彼がカミラちゃんに向けて放つ魔法とはつまり、吸血鬼でさえも昏倒、もしくは殺すことができるもののはず。
そんな未知の魔法を、彼女は敢えてその身に受けたのだ。下手したら死んでいたかもしれないのに。
だから彼女は私に目配せをした。
私なら、一度見ればレオの魔法に対処できると、そして何かあっても直ぐに治してくれると信じていたんだ。
まあ吸血鬼が死ぬ理由なんて魔力欠乏症以外には私みたいに心が殺されるくらいしかないし、魔力が奪われたとしても確かに私ならすぐに対処出来るけどさ。
ても、そんなカミラちゃんのお陰でレオが無詠唱で幻術以外の強力な魔法を使えないことが分かった。
彼はカミラちゃんの魔法を防ぐときは必ず詠唱破棄で『虚数空間』を発動させていた。更に彼女を昏倒させる時に使った魔法、『夢堕とし』も詠唱破棄だった。
そして彼の最後の言葉。彼はこれから死ぬことになるであろう私にさえ、秘密を教えないほどに慎重な男だった。
それなのに、彼は決め球になり得る魔法として無詠唱で使えない魔法を選んだのだ。なんて名前の魔法を使うのかを態々相手に教えてあげることになる詠唱破棄は、無詠唱魔法が扱える人にとっては使う意味が皆無と言っていい。
まあ、だから詠唱するのが当たり前なこの世界の魔法があんまり強くないんだけどさ。
そしてレオの場合は幻術を使う時だけは無詠唱だったものの、代わりに指をパチンと鳴らしていた。
つまり、彼は音を奪われた時に対応できる手段を持ってない可能性が高いと推測できたのだ。
「終わったのですか? アリス姉さん」
「ほぼ終わった、が正しいかな。感情のままに焼き尽くしてもいいんだけど、それよりも情報が欲しい。レオは何者なのか、彼の雇い主は誰なのか、どうして私達を狙ったのか。聞きたいことは沢山あるからね」
私は『紫炎』に炙られ続けているレオの周囲を『氷牢』で囲ってから炎を消す。全身火傷だらけで、極彩色だった服は黒焦げになっている。
人間ならとっくに死んでいるでいそうな程ボロボロになっているレオは、それでも生きていた。
とはいえ口が動かせたら何をするか分からないし、口は封じたままにしておく。
「無様ですね、レオさん。私とアリス姉さんの絆を甘く見た、というより考えもしなかった貴方の負けです」
苦しげにカミラちゃんを睨むレオに向かって、私は手を翳した。発動するのは『サイコメトリー』。
「悪いけど、貴方の記憶を覗かせてもらうね」
手足が無くなっている彼はまるで芋虫のようにウネウネ蠢いた。当然逃げられるはずもなく、彼の頭を私の魔力が包み込んで魔法が発動する。
その時だった。レオの身体が突然爆発して『氷牢』を破壊したのだ。
いざという時のために相当量の魔力を流し込んで作った堅牢な檻があっさり砕かれる程の大爆発は、当然私とカミラちゃんを盛大に吹き飛ばす。
即座に障壁を張った私達は特に怪我することなく着地することはできたものの、当然爆心地にしたレオの身体はぐちゃぐちゃの肉塊へと変わり果てていた。
「今の爆発、まさか口止め……?」
「で、でもどうやったんでしょう? ここはアリス姉さんの心の中、言わば夢の世界のような場所なんです。そんな場所に潜り込んでいたレオさんを殺すなんて、可能なんでしょうか……」
……っていうかこの真っ白な世界、私の心の中だったのか。あまりにも平然とカミラちゃんやらレオやらがいたから全然分からなかったよ。
でも確かに、そんな場所にいるレオを爆散させるなんて出来るのかな? ここが現実世界なら、彼の身体に何か細工をしていればいい話なんだけど。
そう思いながら恐る恐る肉塊へと近付いて、そして分かった。
「これ……、人形?」
血の海の中心に、手足の失われた黒焦げの人形が転がっていた。その見た目は正に先程のピエロタイプレオの姿そっくりだった。
「……逃げられたって、ことですかね。この分だと、あの勇者に任せたあっちも偽物かもしれないですね」
「あっち? ……もしかして、現実世界のレオのこと?」
「そうですね。悔しいですけど、アレの相手は勇者が適任だと思ったので任せてきたんです。でもあっちも偽物だったとすると、本体は既に逃げた後か、そもそも初めから王都にいなかったのかもしれないです」
やっぱり、その可能性があるのか……。あの余裕綽々な態度に対して妙に弱かったのも、意識を移しただけの人形だったからなんだろうか。
「とにかく、出来るだけ急いで現実世界に帰った方が良さそうです」
「そうだね。と言っても、どうすればここから出られるんだろう?」
「それなら任せてください。アリス姉さん、手を」
「うわっ!?」
私がカミラちゃんの差し出した手を握ると、突然の浮遊感が襲ってきて思わず声が出る。気付くと周りの景色も綺麗な空色に変わっていて、所々に雪のように白いもこもこが浮いている。
「ここ、空……?」
まるでスカイダイビングしているかのように、しかしゆっくりと落ちていく。
「綺麗ですね、アリス姉さん」
カミラちゃんはにっこり満面の笑みを浮かべて繋いでいない方の手を差し出してきた。
「まったく、ロマンチストだねカミラちゃんは」
私はその手を握り、両手を繋いで二人で落ちていく。まるで映画のワンシーンみたいだな。
「もうすぐ現実世界に戻ります。ですがアリス姉さん、その前に一つ言っておくことがあります」
綺麗な景色に奪われていた目線をカミラちゃんに向けると、彼女は普段はあまり見ない真っ赤な顔で視線を合わせては外してを恥ずかし気に繰り返していた。
「どうしたの、カミラちゃん?」
「えっと、その……。私、好きな人がいるんです」
そして、意を決したように私の目をしっかりと見据える。
「アリス姉さん、私は貴女が好きです。貴女を誰かに取られるのが我慢できないくらい、心の底から愛しています」




