第八話 再会
剣の稽古をつけてもらい、魔法の練習をして時々任務で魔族との戦いに赴く生活。その中で常に周囲に気を配り、"世界眼"で彼を探し求める。
当然彼が見つかることはなく、あっという間に二年の月日が流れた。
不思議なことに、わたしはこの世界に召喚されてから全く姿が変わらなかった。髪も伸びず、背丈も変わらず、歳も取らない。これは長く戦い続けなければならない勇者の特性なのだろうか。
そんなある日のこと。王宮にベルマン子爵という嫌味な貴族から一つの知らせが届いたのだ。
曰く、平民のくせに魔力量S、しかも闇属性以外全ての魔法に適性がある女の子が現れたとのこと。
特徴としては、その子が転生者である可能性が非常に高かった。しかし、女の子。わたしは落胆しつつも、万が一の可能性に賭けてレイさん達に彼女の素性を追うように命じた。
本当はわたし自身で確認しに行きたかったけれど、生憎とここ最近は戦場に赴く機会が多くなっていて行けなかったのだ。
本末転倒だなと自嘲気味に笑いながら、魔族を斬り伏せる日々。
次報が入ったのは、それから何週間か経った後のことだった。なんとその転生者と思われる女の子は、同い年くらいの女の子と二人で大規模スタンピードの制圧に多大な貢献をしたというのだ。
しかも転生者の方はドラゴンを退けた上で生還している。これは只事ではないとすぐさま騒ぎとなった。
それだけではない。その女の子の名前が"アリス"だということも判明したのだ。女の子ならごく一般的な名前だし、そもそも性別的に彼である可能性は非常に低い。
それでも、こんな偶然果たしてあるものだろうか?
アリスが王宮に召喚されることになったと聞いたわたしは、彼女が謁見する際に同席する約束を取り付けた。
そして数日後、彼女は王宮へやってきた。
彼女の姿を見たわたしは、驚きで思わず息を止めてしまっていた。
モノクロの世界の中で、彼女だけが色付いていた。艶やかなプラチナブロンドの髪、綺麗に磨かれたアメジストのようにキラキラと輝く紫の瞳、薄桃色の唇。
どうして、彼女だけ色付いて見えるのだろう?
隣に跪いている女の子を見ても、やはりモノクロで色が一切判別できない。他の人たちも、景色でさえもそうだというのに。
それだけでも十分驚きだったのに、彼女の横に表示されたステータスまでもがわたしの想像を絶するものだった。
・名前: アリス
・Lv.?
・HP: ∞
・役職: Cランク冒険者
・種族: 混血吸血鬼
・魔力量: SS
・魔法適正: 火、水、風、土、光、闇
・筋力: D
・スキル: 魅了、眷属化、影使い
とてもCランク冒険者のステータスとは思えないくらい高く、それは勇者であるわたしを遥かに凌ぐほどだった。しかもHP∞の吸血鬼という規格外の存在。
吸血鬼は魔族の一種であり、わたしがこれまで斬り伏せてきた敵と殆ど同じということになる。少しだけ、胸をチクリと刺す罪悪感に襲われた。
「お初にお目にかかります、アリスと申します。平民の身でありながら、恐れ多くも御身の御前に参上します機会を設けて頂いたこと、深く感謝いたします」
そして彼女は、とても礼儀正しかった。彼もそうだった。いつだって誰にでも優しく接していたし、皆んながやりたがらないことでも全く嫌がることなくこなしていた。
それでいて彼は高校内でもトップの成績を誇っていた。わたしが在籍していた高校では一般生徒に順位は開示されなかったから、彼自身は最期まで自分の成績が並外れて高かったことは知らなかったと思う。わたしが彼の成績を知っているのは、単に当時の生徒会に属していたからだ。
彼は常日頃から自分のことを"何をやっても普通の人間"だと言っていた。だからなのか自分に自信が持てず、慌てることも多い人だった。
王様が頭を下げた時、慌てふためいて何故か土下座までしてしまったアリスの姿は、そんな彼にそっくりだった。
……そう、この女の子はあまりにも彼に似ている。
当然、外見は全く似ても似つかない美少女だ。けれどその仕草や喋り方は、まるで彼自身を見ているかのように錯覚させるほどにそっくりだった。
そんな彼女を見てわたしが彼のことを懐かしんでいた時、彼女はこんなことを言い放った。
「……はい。確かに私は転生者です。地球という星の、日本という国で成人として生きていた記憶が残っています」
息が詰まり、心臓がバクバクと高鳴る。彼女は、元日本人だった。複数ある異世界の中で地球から転生してくるだけでも珍しいはずなのに、日本から転生してくるだなんて、とんでもなく低い確率だと思う。
でも、わたしが驚かされたのは、それとは別のものだ。彼女自信が転生者であることを打ち明けた時に追加された新たなステータス項目に、わたしの目は釘付けになっていた。
・特性: 被契約者、転生者、不老不死、恋愛下手、不幸体質、転性者
彼女がある程度心を開いたから見えるようになったのだろうその項目は、"特性"。
被契約者が何を差すのかは分からないし、不老不死なのは吸血鬼でHP∞なら不思議なことではない。
問題なのは最後の特性、"転性者"。この言葉が示すのは、まさか……。
「そんな、まさか……。あり得ない……」
わたしは、ふらふらと覚束ない足取りで彼女の元に向かう。思わず彼女の頬に手を当て、視界を塞ぐ邪魔なフードを取り払う。
すると、彼女のパッチリと大きな目が更に大きく見開かれ、整った唇がふるふると震え出す。その様子は、まるでお化けでも見たかのようだった。
「嘘……、そんなことって……」
彼女は、掠れてしまって殆ど囁きのように小さな声を漏らした。
「紺野……、芹奈」
彼女にそう名前を呼ばれた瞬間。色の無い無機質だった世界は、途端に輝かしく鮮やかな色彩を取り戻す。
止まっていた時が、再び動き出した瞬間だった。
「会いたかった……っ! 会いたかったよ!」
「うぐっ……!?」
わたしは彼女を力一杯抱きしめた。強く抱きしめすぎたのかジタバタと暴れ出したけど、勇者として備わった筋力で決して逃がさないようにとホールドする。
「もう、絶対離さないんだから……っ!」
わたしは顔がクシャクシャに歪むのも、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになるのも気にせず、涙を流して彼女を抱き続けた。
この時わたしは、生まれて初めて神様、そして運命というものに心から感謝した。
そして誓う。
世界を越えて再会することができた想い人を、今度は決して離さないことを。




