第二十三話 終結
秘密を抱えている事は知っていたけど、まさかカミラちゃんの正体が吸血鬼だなんて思わなかった。あとどうして背が伸びているのかはちょっと分からないけど。
それにしても、カミラちゃんが魔族だったとは。それなら、魔族領に行きたがる理由があって当然だよね。
魔族は人類の敵、それが人間の共通認識だってお父さんが言っていた。でも、今私を見て涙を流しているカミラちゃんの姿を見ると、とても敵だとは思えなかった。
そしてふと思った。人間にだって善人と悪人がいるのに、どうして魔族や魔物は一括りで悪とされているんだろうか。
今目の前にいるドラゴンだって、人間という存在を一括りにして敵と見做している。これじゃあ、まるで差別だ。
……いや、差別そのものなのか。
そして、差別は争いのきっかけになる。有栖のいた地球でも、差別が原因で起きた戦争は沢山あった。
中でも有名なものだと、アメリカで起きた南北戦争だってそうだ。あれは確か、黒人差別が原因で起きていた。
他にも、特定の国のことを指して好きだ嫌いだって話をする人達がいた。日本でよく聞いた、反日とか嫌韓とかもそうだろう。個々人を見るのではなく、国という一つの括りで人を判断をしてしまう愚かな行為。
でもそれは、簡単には無くならない。あれだけ平和で科学も発達した地球でさえあったんだから、この世界では差別が根強く残るのは当然とも言えるのかな。
『……まあよい。其処の転生者は既に人間では無くなっているのだから、我がこれ以上言うことはあるまい。命拾いしたな、若き転生者よ』
ドラゴンがそう言うと、私に向けられていた重苦しい殺気がスッと消え失せた。今まで変な力が入っていたせいで、前がかりに倒れそうになる。
というかこのドラゴン、今さり気なくとんでもない事言ってた気がするんだけど。
私が既に人間ではない? 確かにカミラちゃんの血を吸ったりとかしたし、あんまり人間っぽくはなくなっちゃったけど……。
「あ、ありがとうございますドラゴンさん……」
『我も無益な殺生がしたい訳ではない。それに、吸血鬼の相手をするのは我とて面倒なのでな。それよりも、我が子を探す事の方が重要だ』
じゃあなんでさっきは私の事をボコボコにしたんだよと言いかけたけど、そういえばあの時彼(?)はフォルトの人間がドラゴンの卵を奪ったと思っていたんだった。
それにしても、報復の規模が大きすぎると思う。ドラゴンに勝てるような人間なんてまずいないのに、あの規模のスタンピードを起こすだなんて。
ドラゴンはそれ以上何も言わず、バサリと翼を広げて飛び去って行った。フォルト上空にいたワイバーン達も、その後に続いて去っていく。
本当に呆気なく、あっさりとした幕切れだった。ドラゴンの存在が天災だと言われる理由が分かった気がする。まるで竜巻のように突然現れては甚大な被害を出し、いつの間にか消えていく。酷い話だ。
こうして、フォルトを襲った魔物災害、"紫の夜"は幕を閉じた。
百を超える犠牲者が出て、城壁の一部が崩壊。数十もの建物が倒壊し、経済損失は金貨千枚程とまで言われる未曾有の大災害。
私は、すぐ側で私の顔を穏やかな表情で見つめるカミラちゃんの姿を見た。おそらくギルドマスター達が最後に見た彼女の姿からは、全く想像できないだろうな。
こんな状況、どうやって説明したらいいんだか。
……いいや、今はもう何も考えたくない。
圧倒的な情報量と疲労感で、私の小さな脳みそは完全にキャパオーバーです。
「ごめん、カミラちゃん。私、もう色々と限界みたい」
「……分かりました。ゆっくり休んでください、アリス姉さん」
私がそう言うと、カミラちゃんは私の身体を優しく抱えてくれた。女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。私はそれに不思議な安心感を覚え、あっさりと意識を手放した。
◇
目が覚めると、そこは見覚えのある部屋だった。
ここはそう、ギルドマスターとの模擬戦の後に連れ込まれた医務室だ。辺りから漂う薬草の香りも懐かしい。まだあれから数日しか経っていないはずなんだけどね。
そして私が横たわるベッドの側には、カミラちゃんがいた。今の姿は、私の知っているいつものカミラちゃんだ。私よりちょっとだけ背が低くて、牙も翼もない普通の女の子の姿。
それを見ると昨日のあれは夢だったんじゃないかとも思えてくるけど、その首筋にある二つの小さな穴がそれを否定する。
「おはようございます、アリス姉さん」
カミラちゃんはその痛ましい傷跡を気にした様子もなく、花のような笑顔を浮かべている。
「おはよう、カミラちゃん。……あれから、どれくらい経ったか分かる?」
戦後処理とか救助活動とかそっちのけで眠ってしまった私は、恐る恐るそう尋ねた。するとカミラちゃんは顎に人差し指を当てて「うーん」と唸る。可愛い。
「確か、五日ほどだったと思います。ごめんなさい、私もあの後色々やった事があって、あんまりゆっくりできていないんです」
そう言って頬を掻くカミラちゃんの目元には、薄らと隈ができていた。そんな状況で一人寝腐っていたとは、私はなんて使えない冒険者なんだろう。
私は『キュア』でカミラちゃんの隈を治す。ついでに疲労回復効果もセットで発動したら、物凄い量の魔力を消費した。柔かに笑っていたけど、相当疲れが溜まっていたのだろう。
「ありがとうございます、アリス姉さん」
「どういたしまして。そして、ごめんなさい。……肝心な時に私、全然役に立たなくて」
今回のスタンピードでは、カミラちゃんに助けられ過ぎた。旅の間ずっと先生として魔法を教えてきた立場なのに、蓋を開けてみれば逆に命を救われたのだ。
まったく、自分が情けなくなるよ。
「そんなことないですよ! アリス姉さんが教えてくれた魔法があったから、私は西側の城壁を守りきることが出来たんです。……最後のドラゴンも、アリス姉さんが時間を稼いでくれたから、街の被害を最小限に抑える事が出来たんです」
「そう、だったらいいんだけどね……」
私はついそう否定的な言葉を口にしてしまい、咄嗟に口元を押さえた。
カミラちゃんは私の事を本気で心配して、そして気遣ってくれている。それなのに、それを否定してしまうのは不誠実過ぎる。
「気にしてないですよ。私は、アリス姉さんが生きているだけで幸せなのです」
カミラちゃんはそう言って、心の底から幸せそうな笑みを浮かべた。その笑顔は反則すぎる。気恥ずかしくなって、胸の奥がジワッと熱くなる。だけど、不思議と心臓の鼓動は全く感じない。
そういえば、あの夜もそうだった。
この違和感、そして今も耳に残って離れない"血の契約"という言葉。ボコボコにされたはずなのに、無傷だった私の身体。
人の秘密を詮索したくはないけれど、自分の身に何が起きたのかを知りたいと思う気持ちは、抑える事ができない。
「……カミラちゃん、教えてもらってもいいかな。あの夜、何があったのか」
私がそう聞くと、カミラちゃんは頷いてから医務室の鍵をかけた。そして私は『雑音相殺』を部屋を覆うように施して、声が外に漏れるのを防ぐ。
カミラちゃんはそれを確認してから小さく頷き、衝撃の事実を口にした。




