第二十四話 血の契約
「私はあの夜、アリス姉さんと"血の契約"を結びました。これは、私達吸血鬼の一族に代々伝わる秘術です。その内容を端的に言えば、他種族を吸血鬼に変えてしまう禁忌の術、といったところでしょうか」
「他種族を、吸血鬼に……」
あの夜、衝動に駆られるままカミラちゃんの首筋に噛み付いたことを思い出す。血なんて鉄の味と匂いがするだけの不快なものだったはずなのに、あの時はそれが甘く魅惑的な味と香りに感じていた。
今でもそれを思い出すだけで胸が熱くなって、八重歯がうずく。私は首をブンブン横に振ってその衝動を誤魔化した。
そういえば有栖の記憶でも、空想物語の中の吸血鬼は大体そんな能力を持っていたなぁ。
「……本当にごめんなさい。あの時のアリス姉さんの身体は、そうしなければ治せないほどボロボロだったんです」
それからカミラちゃんは、その時の私がどれ程酷い状態だったのかを教えてくれた。まさか心臓や肺を含めた内臓の殆どが破裂していたとは思わなかった。
詰まるところ、私は一度紛れもなく死んでいたと言う事だ。
「"血の契約"によって吸血鬼にされた人は、身体の構造が再構築されます。そしてその時に、心臓の代わりに魔石が体内に生成します。それが血と魔力を循環するようになるんです」
「あっ、やっぱり私今心臓無んだ」
確かにこう、心臓がドキドキする感覚が一切ないんだよね。代わりに胸が凄く熱くなるというか、なんか不思議な感じ。
でも何故だか不安な感じはしない。むしろ力が湧いてくるし、妙な安心感がある。
「それから、吸血鬼と同じ不死性を持つようになります。アリス姉さんの場合、胸の魔石が破壊されない限り、頭が吹き飛ばされても死ぬことはありません。すぐに再生します。そして魔石は心臓とは比べものにならないくらい硬いですし、ほぼ不死身になったと言っていいと思います」
「え、何それ怖い」
殺されたと思ったら不死身になってるとかいう超展開。確かに死ぬのは嫌だけど、永遠に死ねないっていうのもそれはそれで辛い気もする。
例えば誰かのことを好きになったとして、その人と一緒にいられる時間は有限で。家族だって友達だってそうだ。きっと、とても辛い別れを何度も経験することになるんだろうな。
「安心してください、アリス姉さん。私も不死身の吸血鬼です。絶対に、アリス姉さんを一人にしませんから。……それに、"血の契約"を結んだ時点で、私達はもう一蓮托生の関係になっていますから」
「一蓮托生の関係?」
私が小首を傾げると、カミラちゃんは"血の契約"について、全てを教えてくれた。
一、"血の契約"は純血の吸血鬼のみが行使できる。
二、契約に同意した者は混血吸血鬼となる。
三、混血吸血鬼は吸血鬼と同様の不死性を持つようになるが、心の臓は失われ、代わりに契約主の魔石が複製、移植される。この際、闇属性の魔法適正を会得する。
四、契約は互いの血液を摂取することにより成立するが、被契約者が死亡している場合に限り契約主による仮契約を行うことも可能。
五、仮契約を行う場合、先んじて三項を適用する。後に契約が不成立となった場合、被契約者は死亡する。
六、契約を結んだ両名は、週に一回以上の頻度で互いの血液を摂取しなければならない。此れを怠った場合、両名は共に死亡する。
七、契約を結んだ両名が一定の距離離れた場合、両名は共に死亡する。
八、契約相手が死亡した場合、自身も死亡する。
……想像以上に一蓮托生という言葉がピッタリな契約内容だった。というか、契約項の六から八が重過ぎる。不死身になったと言っても、死ぬ条件が思ったより多かった。
これは、あのドラゴンが驚くのも無理はないと思う。"血の契約"を結んだ場合、契約主の吸血鬼にはデメリットだらけだ。
元々不死性を持っているのに、被契約者が足枷となってそれが脅かされるし、七項のせいで離れて暮らすこともできなくなる。
というか一定の距離ってなに? 曖昧過ぎて怖いんですけど。
「た、助けてもらった私が言うのもおかしな話かもしれないんだけど、よかったの? なんか、カミラちゃんにはデメリットが多過ぎるような」
「全然大丈夫です! むしろアリス姉さんとずっと一緒にいられる口実が出来て嬉しいくらいです。……でも、そのせいでアリス姉さんの人生をめちゃくちゃにしてしまったのが、申し訳なくて」
カミラちゃんはそう言って、泣きそうな顔をして俯いた。私はそんな彼女の小さな頭を、両手で優しく抱きしめた。
「謝らなくていいよ。それよりも、お礼を言わせて。……ありがとうカミラちゃん。あなたは、私の命の恩人だよ」
私はカミラちゃんの頭を撫でながら、心からの感謝を伝える。すると彼女は安心したように、私の胸に頬をすりすりした。ちょっと猫っぽくて可愛い。
「それと聞きたいことがあったんだけど、あの夜のカミラちゃんの大人っぽい姿、あれは何が起きてたの?」
私がそう言うと、カミラちゃんは少し恥ずかしそうに頬を朱色に染めて私から離れた。
「……あれは、アリス姉さんの血を吸ったからです。吸血鬼は吸血をすることで他人から魔力を貰わないと生きていけません。私は何年も血を吸っていなかったので、姿が縮んでしまっていたんです。なので、その、あれが本当の私の姿、なんです……」
「……マジで? それじゃあ、今の姿は?」
「闇魔法で、姿を変えています。ギルドに入るには、あのままだと色々問題がありましたので……」
……あー、確かに。吸血鬼の姿のままギルドになんて入れば、真っ先に討伐対象とされて攻撃されるだろうね。
仮に翼や牙を引っ込めたとしても、ギルドマスターやサキさんとは顔見知りなんだから、背が伸びていたら不審に思われるのは間違いない。
「それと、実は今アリス姉さんにもその、『擬態』を使っているんです」
「え、私に『擬態』?」
そういえばあの夜、私もなんだか八重歯が鋭く長くなっていたのは覚えているんだけど、確かに今の私の歯は普通の人間のものだ。
いつの間にか引っ込んだなくらいに思ってたんだけど、まさか今の姿が闇魔法で作られた者だとは思わなかった。
「それで、その……、実は『擬態』で隠しているのは牙だけではないんです」
カミラちゃんはそう言って、私にかけていた魔法を解く。すると、私の小さかった八重歯が伸びて牙と呼ぶに相応しい姿に変貌する。
しかし変化は、それだけに留まらなかった。
「えっ、いや、ウソ!? そんなことってある!?」
伸びたのは八重歯だけではなかった。腕も、脚も、そして胴の長さまでもが伸びていく。更には年相応に絶壁だった胸も、ふっくらと山を作っていく。その大きさたるや、有栖の記憶と照らし合わせるとCカップくらいはある。
私が自分の変化に呆然としていると、カミラちゃんが何やら魔法を使って鏡のような物を作り出した。
それが吸血鬼の術なのか闇魔法なのかは私には分からなかったけど、そんなことすらもどうでも良くなるくらいの衝撃が私を襲う。
鏡に写っていたのは、成人する前、丁度高校生くらいの年頃の少女だった。
身長は、150cmから160cmの間くらいだと思う。適性検査の時に見た幼女がそのまま成長したらこうなるんだろうなと想像していた通りの美少女がそこにはいた。
でも、サファイアブルーだったはずの瞳の色が、綺麗なアメジスト色に変化していた。これはこれでいいんだけど、何でこんなことに?
それにしても、この可愛らしさには我ながら悶絶しそうになる。
背が伸びているのもそうだけど、胸が膨らんでいたりとか、腰のくびれによって身体のラインが強調されていたりとか、とにかく女性としての魅力が底上げされている。
そして、ギラリと光る二本の牙が妖艶な美しさをも演出している。これを絶世の美少女と呼ばずして何と言おう。自分なのが悲し過ぎるんだけど。
このあまりにも非現実的な現象に、私は目をパチクリさせることしかできなかった。
「はぁ……、やっぱりアリス姉さん可愛すぎます……」
そんな私の姿を見て、カミラちゃんは恍惚とした表情を浮かべている。あの、出来ればこの状況を説明してくれませんかね?
私はどうすることもできず、ただカミラちゃんが果ての世界から帰還するのを待ち続けるのだった。




