第五十一話 月の廷臣
アサシン風な女性はルナ、ゴリマッチョはゴリス、細マッチョさんはサイと名乗った。三人は王都を拠点として活動する冒険者パーティー、「月の廷臣」のメンバーだった。
彼らの実績はとても高くて、なんと芹奈ちゃんと一緒に戦場に駆り出されたこともあったらしい。
正にAランクに相応しい、凄腕達だったんだね。今は子犬みたいに震えてるけど……。
無言が続くあまりにも気まずい空気に耐えかねたのか、両隣に座る芹奈ちゃんとカミラちゃんに脇腹をどつかれた。やっぱり、私が何か言わないとダメだよね。
「……えっと、あの時はその、ごめんなさい。必死だったから、あんまり上手く手加減出来なくて。特にお兄さん、腕はその後問題ないですか? 『エリアヒール』での治療だったので、ちょっと気になってたんです」
「あ、ああ。問題ない。……しかし驚いたな。王子殿下の命を受けてギルドへ来てみれば、まさか勇者様と一緒に、貴女が現れるとは……」
私が頭を下げると、サイさんも少しは警戒を解いてくれたみたいだ。さっきまでより明らかに震えが小さくなっている。
「こうしていると、ただの少女にしか見えないな」
「そうね……。この小さな身体でゴリスを蹴り飛ばしたなんて、この目で見てなければ信じられなかったでしょうね」
どうやら三人とも普通に話が出来る状態になったみたいだ。ずっと震えたままでいられるとちょっと困ってたし、謝っておいてよかった。
来たはいいけど何をすればいいのか分からない私達は、とりあえすお互いの情報交換を行うことにした。まずは私がここに来るまでの経緯を伝え、代わりにルナさん達が何故あの場に駆り出されたのかを教えてもらう。
どうやら三人はこの冒険者ギルドに依頼を受けにやって来た時、例の受付でセウェルス王子直々の依頼があると紹介されたらしい。
報酬金はなんと一人当たり金貨十枚とかいうあまりにも高額なもので、三人は一も二もなく飛び付いた。
当然ギルドの職員さんも彼らの実力と実績を知っていたからこそ、勧めた依頼だったはずだ。彼らは職員さんを信頼していたし、仕事柄セウェルス王子とも面識があったから受けるのには迷いなんて全く無かったという。
そして実際に現場へ行ってみたら愕然とした。なんと百人以上の騎士、そしてフランツ侯爵までもが揃い踏みしてたった一人の少女を殺すのだと言うのだから当然だ。
虐めというよりリンチじゃん、そう思って話を聞いてみたらなんとその少女は吸血鬼だと言うじゃないか。
どれだけ高ランクの冒険者でも、吸血鬼と戦った経験なんて無い。それでも、魔族の中で最強の種とまで言われるその力は認知していた。
でも、それは誇張なんだろうと高を括っていた。なにせ吸血鬼なんて殆ど創作の中にしか登場しないくらいには希少な存在で、実際に戦ったことのある人間なんて数百年の間に一人もいない程だったのだから。
そんな昔の話なら、時が経つ間に誇張されていても全然不思議じゃない。そう、思っていたのに。
いざ戦いが始まると、騎士達の攻撃は全く歯が立たなかった。剣と矢、魔法の完璧な波状攻撃を悉く躱されたその異常な光景を目の当たりにした三人は、そこで私を討ち取る覚悟を決めたという。
しかし結果は惨敗。次に目を覚ました時には王宮の救護室にいて、セウェルス王子から戦いの結末を聞いたらしい。
「そして指示されるがままにここへ来たって訳だ。……まさか後から君が来るとは思わなかったが」
「それに、勇者様とお知り合いだなんて聞いてないわよ。そんなのってアリ?」
「……その上転生者だ。勝てる道理は無い」
三人揃ってうんざりしたような溜め息を吐いて項垂れた。確かに報酬金は大事かもしれないけど、ハイリスクハイターンという言葉通り、命の危険が伴う可能性を考慮することが大切だ。
それから私が懇々とお金の怖さを説いていると、不意に扉が開かれた。勇者がいるのにノックも無しとは何事だと思って顔を向けると、そこには騎士の鎧を見に纏った元凶の姿があった。
「あれ、王子様? どうしてこんなところに」
芹奈ちゃんが首を傾げているってことは、王様から受け取った手紙にも彼が来ることは書かれていなかったみたい。
一方で先に部屋へ来ていた三人は跪きながらも、特に驚いた様子は見せていない。どうやらセウェルス王子がここへ来ることも、彼らは知らされていたらしい。
「……父上の手紙には書いてあったはずなのだがな。君のことだから、大方細部まで読まずに捨ててしまったのだろう」
芹奈ちゃん、そういえばさっき凄い流し読みしてたね……。これからは手紙とか来たら私が目を通した方がいいかもしれない。
「あー、そうかも? それで、セウェルス王子は何故こんなところに?」
「それでって、君ね……。まあよい。私がこの場へ来たのは他でも無い。謁見の場で決定したアリスのAランク冒険者昇格を見届けに来たのだ」
王子様は実に呆れたようにこめかみに手を当てる。
「そ、それは態々ありがとうございます」
「よい。未来の妻になる女性の行く末を見守るのは当然のことだ」
「あ、そういうのは結構です」
何この人、ちょっと良い人感出した後にすぐ自分から落ちていくんだけど。このままじゃ好感度は下がっていく一方だよ?
セウェルス王子、イケメン高身長の王子様なのに多分モテないね。この国の跡取り問題が心配になってくるくらいには、お相手を見つけるのが大変そうだ。
「まったく、釣れないなぁ。それより、ほら、入りたまえ」
私結構嫌な顔したと思うんだけど、全く気にした風でも無いセウェルス王子は、開けたままになっていた扉の外に向かって声をかけた。
「ま、待って下さいお兄様! わたくし、まだ心の準備が……!」
「お兄様?」
私達は皆んな揃って廊下から聞こえてきた可愛らしいソプラノボイスに首を傾げる。どうやら外にいる謎の女性が来ることは、誰にも知らされていないみたいだ。
「そんなの関係ない。私だって暇ではないのだ。少なくとも、お前の我儘に付き合っていられる程は……なっ!」
「ひゃ、ひゃわああああ!?」
いつまで経っても入ってくる様子のないその人に痺れを切らしたセウェルス王子は、額に青筋を浮かべてその何者かを強引に部屋の中へ投げ入れた。
そして頭からベシャリと床へ落ちた小さな影は、真っ赤になった鼻っ柱を摩りながら立ち上がって、ある一点を見つめて硬直した。
「……ぁう、その、はじめまして、勇者しゃまっ! あぅあぅ……」
今思いっきり噛んだこの子は、セウェルス王子と同じサラサラで綺麗な金髪を肩甲骨のあたりまで伸ばした、私と殆ど背の変わらない小さくも美しい少女だった。
というかこの子、ちょっと芹奈ちゃんのこと見過ぎじゃない? なんだか胸がモヤモヤして落ち着かないんだけど。
「えっと、セウェルス王子? この子は一体だれなんですか? さっき王子様のことをお兄様と呼んでいましたけど」
思わずイライラしてるかのような早口が出てしまい、私はハッとして口元を押さえる。
ああもう、何この気持ち! 私全然知らないんだけど!
「ア、アリス姉さんが嫉妬してる……! 芹奈さんズルいです! 私もアリス姉さんに嫉妬してもらいたいです!」
「ええっ!? そんなズルいって言われても、わたし的には困ると言うか、でもなんかちょっと嬉しいような」
「……君達、私は忙しい身だと言ったはずなのだが? いい加減にしてくれねば、そろそろ誰かの首を跳ね飛ばしてしまいそうだ」
猛烈な殺気を放ちながら額に青筋をバッキバキに浮かべたセウェルス王子の一言に、一同は真っ青になって頭を下げた。本当にごめんなさい。
「アリスは頭を下げる必要は無い。君は私の将来の妃なのだからな。それよりもほら、さっさと名乗るのだ」
セウェルス王子は懲りもせずにそんなことを言いつつ、固まったままでいた女の子の肩をポンと叩いた。
「……あっ、わたくしとしたことが申し訳ありませんでした。わ、わたくしはカタリナ・フォン・ノルトハイムと申します。ノルトハイム王の第一王女で、その、この冒険者ギルド総本部のギルドマスター、なのです、はい」
この国の第一王女だと言う彼女は、全くそうは見えない困ったような笑みを浮かべて、ペコペコと頭を下げる。
そのあまりにも身分と似つかない彼女の態度に、私達は思わず目を見合わせるのだった。