第12話
「誰ですか!」
ベッドで横になっていた女王は人の気配に気づいた。
「初めまして。いや昼に会って少し会話をしたか」
「まさか寝室にまで忍び込むような賊がいるとは…」
「俺だから忍び込めたとだけ言っておこうかな」
女王は眉をひそめた。
「聞いた声ね。まさか…魔王ですか?」
「ご明察の通りだ。だが出来れば声を上げて欲しくない。貴女と話し合いに来たのだからな」
「話し合い、ですって?」
「相談と言ってもいい」
「その相談とやらに付き合ってあげたら娘を、ピニョリナミナルを返してくれるのかしら」
「今となっては必要無いし、俺の相談に乗ってくれるのであれば貴女の望み通りに立花を、いや王女をお返ししよう」
女王は半身を起き上がらせ胸元をシーツで隠しているが、かなり主張をしている胸元だ。
立花は本当に女王の娘なのかと疑問に思ってしまう。
そんな事はさておき、女王はどうやら話に乗ってくれるようだ。
ベットから下りてガウンを纏っている。
優雅に俺の脇を通り抜けて、イスに腰かける。
「それで、相談とは何でしょう?」
俺の肩の上に乗っているトムの姿を確認したのか、先程よりもさらに緊張が増したようだ。
「今後についてだ」
「今後?」
女王は訝しそうな目で俺を見てきた。
「俺がしでかしてしまった後始末だ」
「どういう事ですか?」
「俺は魔王ではない。大いなる者なんだ」
女王の眉毛がピクンと跳ね上がった。
「簡単に説明すると、大いなる者に対抗するために貴女の娘は異世界へ渡り、この国に大いなる者を召喚してしまったって事だ」
「……」
「間違いで呼ばれてしまったとはいえ、俺はこの国に大きな被害を出したくはない。だから預言の被害を最小限に抑えようと策を弄したてみた。魔王と名乗って王女をさらい、適当な勇者に討たれるってね。そういう筋書きだ」
ここでひとつ息を吐いた。
「国は混乱し人心は離れとてつもない災害をおこすであろう、だっけ?後はさっさと討たれて終わるはずだったんだ。でもどうやらそうもいかなくなった」
「…初代国王が魔王だったからですか?」
「そうそれ。まさかそんな歴史があるとは思いもしなかった。王女には簡単に討たれるのはだめだって言われたしな。だから今後の後始末をどうしようか相談しに来たんだ」
女王は話が終わった後もずっと無言で俺を見つめていた。
そして破顔してくっくっくと笑い出した。
笑い方は立花とそっくりだ。
「王女、いえ娘から貴方の事はいろいろ聞きました。魔法を無効化するだけしか出来ない普通の男の子、ってね」
魔法を無効化出来るってのは普通に考えたら普通ではないよな。
「最近はちょっと普通じゃないかもって思ってきてるよ」
「だったら貴方、ピニョリナミナルと結婚しなさい」
はぁ?結婚!?
「そうすれば丸く収まると思うわよ」
「いやいやいや、俺は立花の事好きじゃないから!そもそもあいつは男装してたからずっと男だと思ってたし!」
母親の前では言いにくいけど、ムカつくやつだったしな。
「他の案はないか?」
「…その肩のウサギはデストロイヤーと恐れられているウサギかしら?」
トムは何か言いたそうだったけど沈黙を守った。
「そうだ」
「ワニ、リス、クマ、イヌ、ネズミの知り合いは居るのかしら?」
「…初代国王の配下のか?」
「そうよ」
「いるよ。名前も授けてやった」
ネズミは違うけど。
「名前を…授けたですって?!」
「ああ」
「だったらあなたは大いなる者ではないわ。魔王よ」
「え、俺は大いなる者じゃないのか?立花はそう言っていたが」
「娘も勘違いをしていたみたいだけれども、大いなる者とはこの世界の神の事よ」
「はあ?神が災いを起こすのか?」
「少し違うわ。神なのかどうかはまだわからないけど、この世界の者なのよ」
この世界の者って事は、もしかして…。
「異世界から来たあなたは大いなる者ではないって事です」
「マジかよ!」
「娘は昔からそそっかしいしくてね」
「じゃあ、まさか…俺はあいつにずーーーーーと踊らされてたわけか!」
「少し違うわ。娘も一緒に踊ってたのよ」
おーまいがっ!
じゃあ魔王を演じなくてもよかったし、町を襲う必要もなかったし、立花をさらう必要もなかったって事かよ。
もう笑うしかないな…ハハハ。
「いや待てよ…大いなる者じゃなかったんだから、魔王でもないんじゃないのか?立花が同じように勘違いしてるとかさ。だって俺普通人だぜ?」
俺を憐れ見るように女王は首を横に振る。
「魔物に名前を授けるて生き残ってる人が普通人ではあり得ません」
「いやしかし…」
「初代国王はね、貴方と同じように魔物に名前を授けても平気だったわ」
「いや、もしかしたら他にもいるかもしれないだろ!」
「それにね、貴方と同じ異世界人だったわ」
「なっ…」
なん、だと…。
ハ、ハハハ、ハハハハハハ…。
これじゃもう完全にピエロじゃないか。
どうすればいいんだ。
「お待ちください」
ずっと沈黙を守っていたトムが何かを閃いたのかかなり興奮している。
「武田様が大いなる者で無ければ、今のこの事態を収める事は可能かもしれません」
「マジか?!」
「はい。初代魔王は腐敗していたこの女王の国を再興させた、いわば英雄です。なのに何故魔王と名乗っていたのでしょうか。魔王らしい事はされたのですか?」
「初代魔王は魔法は一切使えなかったと王家に伝わっています。魔物を引き連れて攻め込んで来ましたが誰一人の死者はでていません。それに悪政どころか農業や工業や経済が飛躍的に進歩しました」
「ならばどうして後世に魔王と残したのでしょうか?」
「俺みたいに自称魔王だったって事か?いや違うか。魔物を率いていたからか」
「そうです。武田様と同じように自称魔王であり、魔物を連れて町に攻め込んだからです」
「もしかして俺は初代国王と同じ行動をしている…のか?」
「そうです。初代国王と武田様の行動パターンはかなり近いと思います。
「…そうね。状況は異なるけれども同じような境遇と言っても差し支えはないわね」
「だったら武田様も女王の国を大いなる者から救えばいいのですよ。そうすれば初代国王と同じように英雄になれます。魔王で英雄です!」
なるほど!
その手があったか。
「初代国王の再現をするわけですか」
「しかしそうなるとだ。大いなる者が誰なのか、いつ現れるのかが問題だな」
「そうですね。それに関してはまだ情報不足ですね」
「だったらその大いなる者が出てくるまで、当分は潜伏しておくか」
しかたがない。
一度出直すか。
「待ちなさい」
凛とした声で俺を静止させた。
「約束通り娘を解放しなさい」
おっと、忘れてた。
「解放するのはまったくもって問題ないんだが、どういう理由で返したらいいかな?」
「貴方は体裁を気にするのですか?」
「いや全然」
「でしたら逃げだしたでいいんじゃないかしら」
「それで納得出来るんだったら構わないが」
「誰が納得しないのですか?」
「この国にいる人だよ」
「…」
「まあ約束通りすぐに開放するよ。じゃあな」
テラスの方へ歩き出そうとしたけど、まだ聞いていない事があったのを思い出して振り返った。
「まだ何かあるのかしら?」
「立花の妹なんだけど、どんな毒を飲まされたんだ?」
質問するともの土器をはらんだ表情で睨んできた。
女は弱し、されど母は強しか。
この人は女でも強いけど。
「わからないわ」
背筋が凍るような声が俺の耳に入る。
「症状は?」
「ずっと昏睡状態のままよ」
「立花に聞いたのと同じか」
ここに来る前に立花の妹の病状についていろいろ検討したんだけど、さすがに情報が少なすぎた。
別の症状や変化があれば解決の糸口になるかもしれないんだがな。
「他には何かないのか?」
「…何故貴方が気にするのかしら?」
「何故ってそりゃ立花の妹だからさ。交渉材料になるとも思ってはいたけどな。それに助かるのであれば助けてやりたい」
女王は俺の言葉で何かを決意したようだ。
「そこまでおっしゃるのであれば一目会っていくといいでしょう」
まさか会わせてくれるのか?
「ついてきなさい」
俺は女王の言われるままに後をついて行った。
部屋を出て少し廊下を歩き、別のドアの前で止まる。
女王は俺に視線を一瞬だけ向けてドアを開ける。
部屋の真ん中に大きなベットがあり、そこには幼い女の子が眠っていた。
「この娘が第二王女セイネルケルナナよ」
痛々しい程にやせ細っていた。
もうすぐにでも死んでしまいそうな程衰弱している。
点滴等の医療機器がないこの世界では致命的な状況だ。
「これは魔瘴による生命力の欠乏ですね」
肩の上にいたトムがそう告げた。
「まさか、貴方セイネルケルナナの治療方法を知っているのですか?!」
しかしトムは無情にも首を横に振る。
「この病気に掛かってしまったら後は衰弱して死ぬだけです」
死刑宣告とも言えるトムの言葉に女王は激しい落胆をみせた。
「嘘よ…」
女王はベッドに手をついてうなだれた。
「なあ、本当に治療方法はないのか?」
折角病状が判明したんだし何とかならないのか。
「…」
トムは少し考え込んでいる。
ガンを治せないのかってレベルなのかも知れないしやはり厳しいのか。
「ところで魔瘴って何だ?毒薬を飲まされたんじゃないのか?」
「魔瘴とは樹齢200年以上の樹木からまれに発生します。樹木の表面が腐りそこから瘴気を放つようになります。その腐った表面の樹皮はいろんなことに使えます」
…いろんな事か。
録でもないことにしか使えないんだろうな。
「武田様も考えていると思いますが大抵は陰な事にしか使われません。煮汁は無味無臭なので毒殺にはうってつけです」
やっぱりそうか。
「大抵って事は良い事にも使えるのか?」
「はい。燻すと虫が寄ってきません」
「それって人体には影響あるよな?」
「たぶん無いとおもわれます」
無いんだ。
まさかの虫よけ。
「それを使ってる人物を知っているわ」
うつむいていた女王が突如声を上げた。
「ドワルナンゴ侯爵…まさかあの男の仕業なのか」
あのおっさんか。
「そういや俺を焼き殺そうとした犯人はどうなったんだ?」
「貴方はあれをドワルナンゴ侯爵がやったと言っていましたがそれは本当なのですか?」
「悪い、あれは嘘だ。演出上しかたなくあのおっさんを犯人にしたんだ」
女王はため息を吐いた。
「侯爵はあの事件については否認していますよ」
「ただ俺が知る中では俺を殺したがってたのはあのおっさんだけだったよ」
他には決定的な動機がなかったとも伝えた。
「この王女を救える方法がひとつだけ思い浮かびました」
「それは本当ですか!」
女王は藁にもすがる思いでトムの言葉を待った。
「それは武田様だけが可能です」
え、俺?
「どういう事だ?」
「武田様には無尽蔵と言えるほどの魔力があります。その魔力を王女に注ぎ込むことが出来れば救えるかもしれません」
まさか…。
王子様の熱いキッス的なやつをやれって事か?
待てよ?
「生命力の欠乏なんだろう?魔力を注ぎ込んでも意味ないんじゃないのか?」
「そんな事はありません。普通の者が魔物に名前を付けると死んでしまうと以前教えましたよね?」
「そうか。魔力がなくなると死ぬんだったな」
「そうです。だから武田様が王女に魔力を注ぎ込むことが出来れば救えるのです」
じゃあ…キスしかないのか?
「厚かましいお願いかも知れないけど、娘をセイネルケルナナを救ってあげてくれませんか」
女王は俺に深々と頭を下げた。
女王という立場の人がこんな姿を見せるなんて…。
「あんたに言われなくても元から助けるつもりだったさ。そかしいったいどうやって魔力を注ぎ込めばいいのかがな」
トムが考えていた意見を述べてきた。
「肉体的接触ではどうでしょうか」
「却下だ」
「では魔力の塊を口から飲ませるはどうでしょう」
「そんな事が可能なのか?」
「わかりません。後は手から直接体に注入とかはどうでしょうか?」
出来るのか?
右手を王女の頭に載せて魔力を注入してみる。
…。
「何も起こりませんね」「
トムが無情にもそう答える。
「君は相変わらずイメージが下手だね」
不意に別の声が聞こえた。
聞いた事のある声だ。
「ネズミか?」
「やあ久しぶり」
ネズミがどこからか姿を現した。
トムが緊張したが手で押さえた。
「何だ、もう会わないんじゃなかったのか?」
ネズミはその言葉に大笑いする。
「あははは、確かにそう言っちゃったね。でも君のその不器用さを見ていると見て見ぬ振りが出来なくてね」
「それは申し訳ないな」
俺は肩をすくめた。
「お前は一体どこから来たのですか!」
女王が声を荒げたけど俺が割って入った。
「悪いな。こいつは俺の知り合いなんだ。王女を救う手助けをしてくれると思うので今日のところは見逃してくれないか?」
「…今日だけね」
何とか収まってくれたようだ。
「王女を助けに来た訳じゃないよ。君の手助けに来ただけだよ」
「同じ事、とはちょっと違うがまあよろしく頼むよ」
「それにしても君は本当に面白いね」
「何がだ?」
「魔王の事さ。君は大いなる者なんだろう?まさか魔王に転職するとは思いもしなかったよ」
「そういえばお前は最初に俺の事を大いなる者だって言ってたな?」
「この城の話を盗み聞きしたのさ。でもまさか君まで魔王だったとはさすがに驚いたよ」
「君まで、か」
ネズミはくすくすと笑っただけだった。
「手をさっきのように王女の頭にかざして」
言われた通りにした。
「そしてイメージをするんだけど…そうだなぁ。頭を手で包み込むような感じでやってみて」
包み込むようにか…。
難しいな。
両手を使ってやってみよう。
……。
出来ているのかよくわからない。
「お、いいね!」
え、そうなのか?
「いい感じで王女に魔力を注いでいます」
ん?
何だこれ?
王女の体の一部が…光ってるよな?
「武田様、どうかしましたか?」
俺の不振な表情を感じたのかトムが聞いてきた。
「いや、この子のお腹のあたりが光ってるんだけど?」
「え?」
トムもネズミも女王もその場所を見るが全員首をひねった。
「いやいやいや、ここんところ光ってるだろ?」
右手をお腹の位置に移すとその光は大きく舞い上がった。
「まさか…それを早く握りつぶすんだ!」
ネズミの言葉に急かされてあわててその光を捕まえた。
捕まえると同時にその光は手の中で霧散した。
「…何だったんだ?」
驚く俺とは別でトムと女王は何が起きたのかわからないようだ。
「何があったのですか?」
さすがに女王が聞いてきた。
「何と言われても…光が王女のお腹のあたりにから出てきてそれを握りつぶしたんだけど?」
「私には光など見えませんでしたが?」
トムもうなずく。
とりあえずネズミに説明してもらおう。
「今のはトレーサーという魔法だね」
「魔法だと?」
「そうだよ。その魔法は簡単に言えば覗き見をする魔法だよ」
…誰かが見ていたって事か。
「ここでの出来事や会話はすべてその魔法を使った者に筒抜けになってしまったね」
「犯人は…さすがにわからないか」
俺の言葉にネズミは不敵に笑った。
「そうでもないさ。動いているトレーサーを破壊すれば術者は目を痛めてしまうんだ」
「だったら今すぐそいつを探せば…ってさすがにこの時間じゃあ招集は無理か」
「後遺症も出るんだ。1日程度だけどね」
「では明日調べさせましょう」
「それがいいね。特殊な魔法だから術者は限られると思うし」
それは良い情報だ。
是非とも犯人を見つけて何故監視をしていたのかを問いただしてほしい。
とりあえず今やれることをやろう。
「武田様、けだるいや疲れたなどの症状はありますか?」
「いや全然。ってかまだ注入し始めたばかりだし」
「いえ…すでにかなりの魔力の感じています」
まじか?
「もうそのくらいでいいと思うよ」
両手を放すと…あれ、一瞬クラっとした。
「だだだ大丈夫ですか!?」
肩に乗っているトムはさすがにダイレクトに伝わったのかかなり心配してくれている。
「さすがにちょっと疲れたかな」
女王がふらついた体を支えてくれた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すぐに回復するよ」
「……ありがとうございました」
急にお礼を言われてびっくりした。
「どういたしまして」
「貴方にならピニョリナミナルの事も任せてもいいのかもと思います。どうか娘達の事をよろしくお願いします」
「わかった。こちらでもいろいろ動いてみるさ。いろいろ決まったらまた来るよ。今度は立花を連れてな」
そう言って窓へと歩き出す。
「ネズミもありがとうな」
ネズミは軽く肩をすくめた。
「また会おう」
「私はもう会いたくはないけどね」
笑いながらそう答える。
「冷たいやつだな」
そう言い残して空へと消えていく。




