第1話「最強事務員・佐藤進」
ここは西暦2026年の「ヒノカ国(火華国)」。
嘗て一度は時流で傾いたこの国は、大幅な技術革新により発展した為、
希望の光る国という意味を込めて、その名を改めた。
(……)
そんなヒノカで日々を過ごす、しがない事務員の青年──佐藤 進(24歳)は、
仕事を終えて夕方の街を歩いていた。
その時、天気は小雨であった為、進は折り畳み傘を右手に早歩きで駅に向かっていた。
彼の目的はただ一つ。少しでも早く家に帰り、自由を謳歌する事であった。
(…やっと今日の仕事が終わりましたね。さて…帰って狩りのゲームをやらなければ。
折角ですので、ログインボーナスは外せません。)
──ドッゴオオォォン!!
その時、遠くから凄まじい轟音が聞こえてきた。
聞こえてきた方角から察するに、進が利用している駅までの道からであった。
普通の人間であれば、堪らずその場から逃げる者もいるかも知れない。
(酷い事故でしょうか…電車は確実に止まってしまいますね。)
(それよりも、せめて何が起きたのかを知っておきませんと。)
(取り敢えず、駅の様子だけでも確認しましょう。)
進はそう考えながら、轟音のした方へと走っていった。
そして、現場である駅前の交差点に到着した進が見た光景は──
──まさに「地獄」そのものであった。
ひび割れた道路、崩れた建物や街灯の瓦礫、荒れ果てた植木。
そして、何人ものヒーローが無惨にも傷を負って倒れていた。
「そんな...つっぱり太助さんも、Shockパン男さんも負けちゃった...!」
逃げながらヒーローの行方を見ていた子どもが、悲痛そうに言う。
──ドゴォォン!!
しかし、悲痛な声をかき消すかのように、またも凄まじい衝撃音が響く。
今度は毛皮を身に纏った屈強なマッチョが、勢いよく地面を転がってきた。
「嘘だろ…Aランクの『山賊バズーカ』さんまでやられたぞ...!」
「もう駄目か…あの魔王を止められるものはいないのか!!」
その阿鼻叫喚の現場の中心では、巨大な怪物が笑っていた。
「ふん…『ヒーロー』とやらもこんなものか。
どんなものかと期待したが、所詮はこの吾輩の敵では無かったな!」
5mの背丈、小豆色の癖毛、金色の鋭い目、そして豪勢な青紫の装束。
その姿は、まるでおとぎ話の魔王そのものであった。
因みに、このヒノカ国では怪人の出現は日常茶飯事である。
改造生物や未確認の種族、幽霊みたいな超常的な存在、
暴走した危険な機械、果てには宇宙人など、その脅威は多岐に渡る。
それに対抗するのが「ヒーロー」──
──鍛え抜いた肉体や武術、異能を用いて悪を討つ戦士達である。
名高き彼らは、ヒノカ国における花形職業の一員でもあった。
そんな一騎当千のヒーロー達であったが、
この日の相手は、今までにない絶望そのものであった。
怪物はヒーロー達をせせら笑うと、倒れたヒーローと、
怯え逃げ惑う民衆を交互に見て言った。
「ふむ…まあ、あのヒーロー共も、吾輩の準備運動くらいにはなったわ。
さて…その礼として、都市を容易くぶっ壊す、吾輩の力を披露してやろう!」
圧倒的な強者の余裕。誰もが最悪の結末を予感したその時──
進が遅れて、その地獄の現場へとたどり着いた。
ヒーロー達は皆動けず、他の民衆は逃げる事で精一杯であり、
折り畳み傘を持ち歩いてくる青年を止める余裕など、誰一人として無かった。
そして進は現場にたどり着くと、周囲の惨状、
そしてその真ん中で笑い声を挙げる怪物を見た。
(…成る程、先程の轟音はあの怪人が原因だったのですね。)
そこで怪物も、現場へと近づいてきた進の存在に気付いた。
怪物は、只の人間である彼を鼻で笑いながら言った。
「…ふん、何だお前は?この吾輩へと自ら向かってくるとはな。
余程の馬鹿か、それともヒーロー気取りか?」
しかし進は、怪物の威圧感に負けず、丁寧に質問を返した。
「失礼いたします、私は通りすがりの事務員です…。
今のこの騒ぎは、明らかに貴方の仕業ではないのですか?」
(…あぁ?何を馬鹿な事を言っているのだ、この人間は?)
怪物は思わぬ返しに面食らうも、直ぐに調子を取り戻して笑った。
「ハッ…おかしな事を言うものよ。吾輩以外にこんな事ができる者がいると思うか?」
「…そうですか、貴方の仕業だと分かれば結構です。」
進は丁寧でありつつも、感情の起伏が見えない声で言い、怪物の方に向き直る。
「私は、無意味な馬鹿騒ぎのせいで色んな人や電車に迷惑を掛けた貴方に、文句を言いに来ました。」
(何だこの馬鹿は…『電車の遅延』で文句を言いに来ただと…?)
怪物は一瞬面食らうも、直ぐに高笑いを掲げながら言った。
「はーはっはっは、実に見上げた根性だ!
このアンコドリア様を前に、ここまで大口を叩けるとは!
だが、その減らず口もここまでよ!この吾輩の恐ろしさ、とくと見せてやるわ!」
巨大な怪物──もとい、アンコドリアはそう言い放つと、
右手に炎、左手に冷気の塊を生み出し、進の方を睨み付けた。
「吾輩は100年前、陰陽師どもに後れを取って封印されたのだがな…!
先日、祠の周りで慌てていた愚民が、カバンをぶつけてくれたお陰で復活できたわ!」
しかし、進は臨戦態勢のアンコドリアと向き合いつつも、
内心冷ややかにツッコミを入れていた。
(随分とセキュリティ体制が甘い封印ですね…話を聞く限りですと。)
「どうした…絶望し過ぎて声も出ないか!さあ、来ないのならばこっちから行くぞ!」
アンコドリアが力を溜めて攻撃を繰り出そうとした刹那、
進が折り畳み傘を閉じたかと思うと、伸び切った形のまま、
それをアンコドリアの胸元へと投げ付けた。
「ふん…破れかぶれの抵抗か。」
アンコドリアが進の傘投げを鼻で笑った、次の瞬間──。
折り畳み傘は空気を切り裂く轟音を立てながら、
レールガン並みの剛速球となって真っ直ぐに飛んでいく!
そして──
ズドオオォォン!!!
轟音と共に、アンコドリアの胸元に深々と突き刺さったのだ!
「……な……え…!?」
アンコドリアは、胸元に刺さった傘を見て、我が目を疑った。
(な…何故、この吾輩が、あの弱そうな人間に…!)
(…というか、傘って、あんなに強い武器だったっけ?)
そして、アンコドリアは現実を受け入れられないまま、上半身から塵になって消え去った。
アンコドリアの最期を見届けた進は、一息ついて言った。
「ふぅ…これで問題解決、でしょうか…。」
そう言い終えると、進は目立っても面倒だと思い、
周囲の倒れたヒーローや民衆があぜんとしている内に、駅へと走っていった。
しかし、進の乗る予定であった電車は、アンコドリアの暴れた余波で遅延した為、
別の路線をアプリで調べて帰る事となった。ついでに、定期券の残高も減った。
(はぁ…思わず、「とっぴんぱらりのぷう」とでも言いたくなりますね。)
・佐藤 進
不器用だけど真面目で謙虚な24歳のサラリーマン。
一件冴えない青年だが、戦闘力は規格外レベルで有り、
その力たるや、拳でコンクリートを砕けたり、投げた傘で敵を昏倒できる程。
山賊バズーカ:ランクA
毛皮を着た、昔の野山の山賊親分みたいな服装の男。
自慢の無精ひげが特徴で、笑いながら鍛えた肉体とバズーカで敵を一周する。
猪突猛進なのが良くも悪くも個性。
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