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交際6日目

交際を始めてからというもの、アリサとは毎朝ホームで行き会う。

まあ、帰路とは違って途中で誰かが乗り込んでくる可能性を踏まえ、電車内では話しさないが。


 しかし、アリサは知り合いが多いな。

 毎朝、誰かしらと会って話している。クラスメートだったり、別のクラスの友人だったり、先輩だったり。

 俺によく見せる仏頂面ぶっちょうづらとは違い、常に明るく楽し気だ。

 やはり陽キャは陽キャといる時が自然体なんだろうな。


 昨日の寝る前にアリサのことを考えたからかもしれないが、ふとした瞬間に彼女のことが頭に浮かんだ。数学の問いを解いていた方が有意義なのだがなあ。


 昼休み。

 席で一人、弁当を食べていると、隣の席の女子たちが某有名テーマパークの話をしていた。

 それでだろう、アリサと交際開始した当初、小学校の時に飼っていたペットのことを話したことを思い出した。小4の時のハツカネズミ。

 彼女も同じ学校だったならペットがかぶるのも当然だろう。

 

「奥山、マジで捕まえて来いよ」


 唐突に、そんな声が脳裏によみがえる。

 俺を非難する声、視線。


 ああ、そういえば俺が逃がしたんだったな、ハツカネズミ。

 そのことでずいぶん顰蹙ひんしゅくを買ったのだ。やたらと責められた気がする。あのクラスは他人に優しくないクラスだったしな。担任からしていかにも陽キャという感じで。

 まあ、すでにイギリス行きが決まっていたから、どうでも良かったんだが。


 弁当を食べ終わり、ライフワークたるJMOの過去問に取り掛かる。だが、どうも集中できない。なにか、頭の中で引っかかっているのだ。その何かがはっきりしない。


 集中だ、集中。

 エルデシュ・パルを思い出せ。

 なぜ俺は立ち止まるのか?

 永遠に走り続けなければならないではないか。


 どうも、アリサと交際を始めてからというもの、ペースが乱れている。当初の予定では『運命の赤い糸』が信憑性しんぴょうせいのない仮説にすぎないと気付いたアリサから別れ話を切り出されるはずだったのだ。

 だが、そちらは不発に終わった。我ながらなんと甘いプリプロセッシング(前処理)だったことか。

 しかし、真に交際終了を目指すならばそのためのアルゴリズムを考えなくてはならない。

 今更ながらに、その労をおこたっていたことに気付いた。

 本当にペースが乱されているようだ。


 真に交際終了を目指すなら、か。

 そもそも俺はそれを望んでいるのか?

 そう自問した瞬間、足元が崩れるような心地がした。

 この感覚は、よく馴染んだ感覚だ。

 前提条件の欠如による論理体系の全単射的な崩壊。

 闇の中、唯一の光を追いかけていたのに、それが自分の網膜のバグだったと気づいた時のような。


 普通ならば、一から解法を組み立てていくべきなのだろうが。


「ねえっ、聞いてる?」

 電話口からアリサの尖った声が俺を思考から引き戻す。


 そうだ。もはや恒例となった夜の電話。その最中さなかだったな。


「すまない。まったく聞いていなかった」


「はあ? なによ、それ」

 途端に剣呑けんのんな声となる。


「考えごとだ。思考のイテレーション(反復)をしていた」


「はっ?」


「どうも、今日は調子が悪いんだ」


「そういえば、なんかボーとしてたけど。大丈夫? 風邪とか引いちゃった? 早く寝た方がいいんじゃない。来週、中間テストだし。それまでに治しちゃわないと」


「それよりも、アリサはなにを話していたんだ? 重要事項ならすまないが、もう一度、話してくれ」


「べ、別に重要事項ってわけじゃないけど。ただ、サキ、友達が彼氏できたんじゃないかって怪しんでるっていう話」


「そうなのか?」


「うん。一応、誤魔化しといたけど。いろいろ、これから難しいかなって」


「そうか。まあ、行動パターンが変わるわけだからな。周囲からすれば違和感はあるだろう」


「だ、だからさ、いっそ……」


「うん?」


「話しちゃったらって……」


「話す? おおやけにするということか?」


おおやけって、ほどじゃないけど。友達には話してもいいかなって。その、条文に抵触してるけど」


 アリサが交際終了を切り出しやすいように盛り込んだ条文だが、彼女が問題ないようなら別に構わない。

 しかし、そうなると、完全に交際終了は遠のく。俺はそれでいいのか?

 いかんいかん、また思考の海に飛び込んでしまうところだった。


「彼氏できたって言ってもいいかな? あ、あんたの名前は出さなければ」


「まあ、いいんじゃないか? アリサにも体面があるだろうし。陰キャで孤立している俺と交際関係にあるとは言いづらいだろう」

 言いながらも口調に少し乱れがあることを自覚する。


 なんだ、俺はなにを苛立いらだっている?


「そ、そういうつもりじゃなくて……」


「やはり、今日は調子が悪い。すまないが切るぞ」


 攻撃的な言葉を口にしてしまうかもしれない。感情というのは時として意味不明な言葉を生み出すからな。特異点への衝突だ。


「う、うん。ごめんね」


「おやすみ」


「お、おやすみ」


 通話を切る。

 苛立ちはなおも継続している。

 そもそも、なぜ、俺は感情を乱された?

 すぐに解が出る。恋人の存在はおおやけにするが俺の名前を出さないというところに引っかかったようだ。

 なにが問題なんだ? 俺としては願ったりのはずだが。

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