変数と宣言
夕飯時、母と妹から本日の様子について根掘り葉掘り聞かれた。
アリサとシントシンへ行くということは話してあったからな。
特に隠すようなこともないので、彼女たちの好奇心を満たしてやる。
「お兄ちゃんって彼女さんにもそんな感じなの?」
「なんだ、そんな感じとは?」
「なんか淡々としてるっていうか。熱がないというか」
「それほど違いはないだろうな。他者からの評価は違うかもしれないが」
「うわっ、私が彼女だったら、絶対、ヤダ。こんな彼氏」
「そうそう。アリサちゃんに捨てられないようにしなさいよ。あんたのことがいいなんていう物好きなんだから。希少な存在よ。あんなに可愛いくて男の好みがマニアックな子、いないわよ」
ずいぶんな言い草だ。
アリサが物好きだというのは同意するがな。
その話を入浴後の電話ですると、アリサは声をあげて笑った。
「うんうん、自分でもマニアックな趣味だって思うもん」
「自覚はあったのか?」
「それはまあ……。でも……トオルのカッコ良さは私だけが知ってればいいかなって」
スマホにつけている頬が熱くなる。
「トオルがモテモテだったら、困るし。私、マジで嫉妬深いから」
「そうなのか?」
「うん。中3の時なんか、トオルが女子と話しているのを見るたびに妬いてたから」
「それほど女子と話した記憶はないが」
なにせボッチだったからな。
「そう? 佐藤さんとかに教えてなかった? 数学」
「まあ、質問されたら答えはしたが」
「リナともよく話してたじゃん」
「誰だ?」
「保坂里奈よ」
「ああ、同じ委員会だったからな」
他人事をよく覚えているな。俺など最後まで顔と名前が一致しなかったというのに。
本当に注視されていたらしい。まったく気づかなかったが。
「トオル、いつも何か集中してたもんね」
当時、時間がある時はひたすらJMOの過去問を解いていたからな。周囲に目が向かないのもいたしかたない。
あくびがでた。時計を見ると23時を回っていた。思った以上に時間が経っているな。
「さて、そろそろ終わりにしよう。いい時間だ」
「えー、もう?」
「夜更かしは美容に響くぞ」
アリサが、うう、と唸り。
「でも、そっか、トオル、明日、バイトだもんね」
「そういうことだ」
「頑張ってね」
「ああ、ありがとう」
「じゃあ、また明日、電話するから」
「分かった、おやすみ」
アリサからのおやすみを待つ。
「……大好き」
か細く消えそうな声。
直後に、かき消すような、おやすみ、と大きな声で言って、電話が切れた。
まいったな。
眠気が一気に飛んでしまったぞ。
翌日はアルバイトに精を出す。午前中は混雑していた店内も14時台にもなると落ち着き、余裕ができる。
調味料の品出しをしていると、キョロキョロと挙動不審な若い女性が目に入った。万引きにしてはあまりにもあからさまだが。
うん? いや、アリサじゃないか。
ちょうど、アリサがこちらを見た。俺が小さく手を挙げると、輝くような笑顔になって寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「えっ、えーと、ちょっと様子を見に来たっていうか。ほら、私もバイトしようかって、考えてたし」
「そうか。仕事中だから相手をすることはできないが。店長に紹介してもいいが、そうするとバイト要員として確保されるだろうしな」
「う、うん、もうちょっと考えてみる。邪魔しちゃ悪いから、もう少し見て回ったら帰るね」
「ああ、すまないな」
「頑張ってね」
「ああ、ありがとう」
アリサは店を出る前にもう一度、俺に声をかけた。
そこをパートの女性が見ていたらしい。
「さっきの彼女さん?」
「はい。様子見に来たようです」
「すごく可愛い子じゃない。奥山君、やるー」
そのまま色々と質問された。
それがパート仲間、さらには社員と伝わり、最終的に店長にもアリサのことを聞かれたので、ついでに軽くアルバイトを考えているらしいことも話しておいた。
「ぜひ、頼むよ。秋田君がもうすぐ辞めちゃうからさ。日曜日だけでも」
などと懇願された。
夜。電話でそのことを話すとアリサが喜んだ。
「じゃあ、トオルと同じ時間に入れるってこと?」
「まあ、そうなるな。午後だけでも助かるそうだ」
辞める秋田京子は大学生で土日勤務だったから、その穴を埋めたいんだろう。実際、土日の混雑は凄まじいからな。
「じゃあ、明日電話してみようかな。電話番号教えて」
「しかし、俺と同じ職場というだけで決めてしまっていいのか?」
「だって、どうせバイト考えてたし。それなら一緒の方がいいじゃん」
「恋人関係が破綻した際に気まずくなるんじゃないのか?」
返答はない。奇妙な緊張感のある沈黙となった。
なんだ? なにか失言したか?
「……別れないもん」
ようやく聞き取れるかどうか、という声。
「うん?」
「なんでもないっ。とにかく、決めたから」
不機嫌そうな声。
「そうか。俺としても日曜日にアリサと会えるならそれに越したことはないが」
「えっ、トオル的にも嬉しいの?」
一転して明るい声音。感情の起伏が激しいな。
「当たり前だ。今日もずいぶん元気づけられた」
「そ、そうなんだ…………そっか、当たり前なんだ」
以後、アリサは上機嫌だった。
アリサの感情はどのような数式によって導きだされるのか、興味深いところだな。
月曜日。
朝、自宅最寄り駅の丘ノ下南駅でアリサと合流し、そのまま学校まで一緒に登校した。もはや隠す意味もないからな。
「ていうか、私、最初から隠そうなんて思ってなかったからね。トオルが変な条文作るから、なんか流されちゃったけど」
「そうなのか?」
「うん。だって、去年のこと、すごく後悔してたし。周りのこと気にして馬鹿だって」
「確かに、俺から言い出したことだったな」
「それで売り言葉に買い言葉みたいな感じになっちゃって」
なにしろ手をつないで歩いていたものだから、よそから見れば一目瞭然だ。さらに金曜日の騒動もあり、朝からクラスメートたちに問いただされる事態となった。
「奥山君と古野見さんて付き合ってるの?」
などと聞かれ、俺はそのたびに肯定した。
中にはアリサに好意を持っていた男子もおり、マジかよ、と衝撃を受けていた。
まあ、異色の取り合わせである上に、アリサが小倉先輩と噂になっていたからな。
その小倉先輩とは廊下ですれ違ったが完全に無視された。
俺もまったく絡みたいとは思わなかったから結構なことだが。
やがて放課後。
ホームルームが終わると同時にアリサが教室に入ってきた。
クラスメートたちの視線を引き付けたまま俺のところへやってくる。
「トオル、帰ろ」
「ああ」
別に見せつける意図はないがアリサと連れ立って教室を後にする。
「やっぱ、聞かれた? 私たちのこと」
「ああ、よほど特異な組み合わせに思えてんだろうな。交際に至る経緯まで聞いてくるやつもいた」
「それで、なんて答えたの?」
「嘘をつく必要もないからな。『運命の赤い糸』がつながっているらしいから付き合うことになった、と事実を答えた」
「実はそれ……さ」
なんだ? とアリサを見ると、彼女は困ったような顔をしていた。
どうやら最初の変数の中身は予想と違っていたらしい。まあ、途中で別の数値が入っているから特に影響はないが。
そもそも信憑性の低い仮説だしな。
「えっと」
なおも言い淀むアリサの手をつかんだ。
「付き合う経緯を説明する役にはたったんだ。『運命の赤い糸』の仮説も無価値というわけじゃないな」
「う、うん」
学校を出るまでアリサはなにか言いたそうにしており無言だった。
そして駅へと向かう坂道で、ついにアリサが言葉を発する。
「トオル」
「うん?」
「私の運命の相手はトオルだから。絶対」
それは確認ではなく、宣言のようだった。
全世界で起こった怪現象『パトス』。突如、空から降ってきた黄金の花びらは、さらに多くの怪現象を起こした。
俺には何の影響もないと他人事のように思っていたが、そんなことはなかったようだ。初期値鋭敏性、よく知られた言い方をするならバタフライエフェクトか。
「ともかく、まずは中間テストだな。運命の相手が赤点をとっては一大事だ」
「うっ。嫌な返しね」
「なんならこの後、テスト勉強してもいいが」
「マジ? トオルの部屋で?」
「ああ、それが合理的だろう」
「ヤバッ。なんか、緊張してきた」
「なぜだ。勉強をするだけだぞ」
「トオルの部屋ってところ。言っとくけど、まだ、そういうことはなしだからね。付き合ったばっかだし」
アリサが顔を赤らめて言った。
「そういこと?」
「察しなさいよ、それくらい」
「まあ、文脈から考えるに予想はつくが」
「もう、この話、終わり」
アリサは耳まで赤くなっていた。
俺が急遽開催することとなったテスト勉強会について思いを馳せていると、ポツリ、とアリサがつぶやいた。
本当に小さな声で。
「少しくらいなら……」
さて、この変数にはなにが入っているのか。
FIN
これにて完結です。
今作で『ペトルシリーズ』も第3弾になりました。
そろそろ『赤い糸事変』以外も書こうかな、と思いつつも、他の事変が思いつかない、という。
ヒロインもヤンキー、クーデレ? ツンデレ、ときて、さて次どうしよっかなあ、と途方にくれているところです。
それはさておき。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。




