3-15
僕の振るう刃が、巨獣の纏う鎧の隙間に滑らかに滑り込む。
バキリ
皮膚一枚隔てて、岩の鎧が剥がれ落ちる。
剥がれ落ちた巨岩はズシリと重い音を立てて地面を揺らす。
その音が聞こえる時にはすでに、刃は新たな部位に牙を立てる。
一太刀ごとに鎧を剥ぎ、内部の分厚い皮膚に傷を入れていく。
それを幾度、幾十度繰り返しただろう。
止まることなく、地面に降りることもなく、ひたすらに剣を振るった。
気付くと、猪の姿をした巨獣は傷だらけで、立っているのもままならない状態にまで追いつめられていた。
温いな。
と僕は思う。
巨大なだけで動作は遅く、刃が通らないほど硬い岩の鎧も隙間に剣を突き刺せば岩を剝ぐことも内部に攻撃を通すこともできる。
途中から召喚し始めた眷属と思しき小猪だって、出てくるたびに〈ジャガランダ〉で串刺しにしているので、眷属召喚は幾らも脅威ではなかった。
光剣を空中に出せるだけ出しておけば技を出す手間が省けるし、後は小猪が出てくる魔力の光をタイミングよく打ち抜けばいいだけだ。
〈ジャガランダ〉を維持することは大して負担ではない。
ただ、小さく複数ある目標を正確に打ち抜くためには集中力がいる。闘いながらそれをするのは、普段の僕であれば難しいだろう。
だが、今の僕にはそれが可能だった。
どういうカラクリで同時に別々のタスクを熟せるのかというと、それは以前手に入れたスキル〈可変思考野〉のおかげだった。
このスキルは、思考速度を上げるだけの単純なスキルではなく、思考方法までも可変させることができた。
ぼくはこのスキルで、思考の大部分を小猪の発生の察知とジャガランダの発射・誘導に割き、残った思考で個人戦闘を行うように意識を分けたのだ。
分裂意思。並列思考。そんな名前が付きそうな思考回路を自分で任意に変えられるのだ。
改めてスキルというもののすごさを実感する。
迷宮が作り出したスキルという力は、どこまでも荒唐無稽で、ファンタジーで、僕の心を躍らせる。
もっと知りたい、解明したい。そんな気持ちが沸き立たつほどに。
ここまで文字通り思考を割いて戦っていた訳だが、もうその必要もなさそうだ。
巨獣はすでに、眷属をほとんど召喚できないほど弱っているし、少しぐらい出されたところで十分対処できる。
僕は空中に出していた光剣を操り、すべてを一点に集め小さな剣を作った。
剣はその小ささに見合わず、凝縮された闘気によって強い圧と眩いばかりの輝きを放っていた。
僕はそれを、鎧のはがれた巨獣の胴体めがけて打ち出した。
過たず巨獣の背に突き刺さった光剣は、体の奥深くにまで突き刺さり、巨獣の内部で爆発した。
大量の剣が体の内側から無数に飛び出し、巨獣は瞬く間に巨大な剣山と化した。
『ピギィイイィィィィィ』
巨獣はひと際大きな鳴き声を出すと、そのまま倒れ込み、動かなくなった。
【ピロリ】
【レベルが上がりました】【レベルが上がりました】【レベルが上がりました】
お、久しぶりのレベルアップだ。しかも三連続。
迷宮街に入る前が最後だったから、前回のレベルアップは一か月以上前になる。
その間も戦闘経験は積んできているし、数百匹の狼魔獣を倒してもレベルが上がらなかったことを考えると、経験値が累積されていくような仕様ではないのかもしれない。あるいは、自身よりレベルの低い魔獣を倒すと、貰える経験値がカットされるのか。
どちらにせよ、やはり強敵を倒さねば自身の成長にはならない、ということだろう。
巨獣を倒した後、僕のすぐ近くで魔法陣が展開され、そこから宝箱が現れた。
塔の迷宮では、魔獣を倒すとこんな風に確率で宝箱が出現する。
中にはダンジョンコインや武器、アイテムが入っている。
けど、今回現れたのは特別仕様の豪華な宝箱だった。
宝石を鏤めたような煌びやかな宝箱は自動で開き、中から大量のダンジョンコインといくつかのアイテムが出てきた。
その中で、ひときわ目に付くアイテムがあった。
卓球玉サイズの赤く透明な玉だ。
手に取ってみると、中央に何か文字が書かれていた。それは、見たこともない文字のはずなのに、不思議と意味が分かった。
3。と書かれている。
これは、他の巨獣も倒せば、別の数字の玉もドロップするのだろうか。集めれば何かもらえる?
塔の迷宮は、どこかゲームのようだなと僕は思った。
宝箱の中身に気を取られて、僕は皆が見ていることに暫く気が付かなかった。
「あ、みんな!見てるなら声かけてよ。来るの遅いから一人で巨獣倒しちゃった……よ」
言葉に詰まってしまった。
僕を見る皆の顔が、決して楽しそうな顔ではなかったから。
驚いている。そう、驚いている顔ではあるのだけど……どこか怖がっているようにも感じられた。
そんなはずはないのに、不安な気持ちになる。
ジザに至ってはこぶしを握り込み、僕を睨みつけるように見つめていた。
どうして、そんな顔をするの。
「……イ」
話しかけようとしたのか、リルの口が開く。だがそのタイミングで、リルの横からウーフェンが歩み出てきた。
僕の前まで歩いてくると、ウーフェンは片膝を付き拳の甲を僕に見せるように頭を垂れた。
「ガモウ イツキ殿。我々を助けていただき感謝いたします」
ウーフェンに続いて、他のパーティーメンバーも同様に膝を付き礼をする。
「戦士の礼だ」
アグリがつぶやいた。
「殿だなんて、そんなに畏まらないでください。そんな大したことはしてないですから」
僕が照れ隠しに否定すると、ウーフェンは大真面目な顔で言う。
「大したことです。大したことですよイツキ殿。ここにいる誰も、この魔獣に太刀打ちなどできませんでした。あなたがいたからこそ、我々は死の運命を逃れ得ることが出来たのです」
「大袈裟ですって。僕がいなくても、何とかなったと思いますよ」
「仮にそうであったとしても、我々を助けてくださったのはイツキ殿です。そのことに、最大級の感謝を」
ウーフェンはもう一度深く頭を下げた。
「……」
こんなに他人に感謝されたことなんて今までなかったから、どうしたらいいかわからなくて困ってしまう。
けどウーフェンの言う通り、ここで否定したとしても、僕が彼らの命を救ったという事実はなくならない。
ここはちゃんと彼らの感謝を受け止めるべきだ。
僕は彼らが頭を上げるまで、静かに彼らを見つめていた。
下げていた頭を上げると、ウーフェンは話し出す。
「素晴らしいポーションも使わせて頂いて、これからどう恩を返せばいいか」
「恩なんて、そんなの気に……」
気にするな、というのは酷か。
逆の立場で考えれば、何もしないではいられないだろうことは容易に想像できた。
……それなら少し、僕の調べものに付き合ってもらおうかな。
「なら少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「もちろんです。我々が答えられることであれば、なんでも」
ウーフェンは快く承諾してくれる。
「魂を集めているっていう名前のない集団を知ってる?僕の世界ではエレクスなんて呼ばれてるんだけど」
「魂……過分にして存じ上げません。おい、誰か知っている者はいるか」
ウーフェンさんは水滸の蛟のメンバーに問いかける。しかし、誰も口を開く人はいなかった。
「申し訳ありません。知っていればいくらでも答えて差し上げたいのですが」
「知らないならいいんです。でも僕はその集団の情報を集めているので、何かわかったら教えてくれませんか」
「もちろんです。我々も、情報がないか周囲の者に聞いて回ってみます」
「ありがとうございます。でもあまり深入りしないでください。危険な集団ですから」
「肝に銘じます」
僕らは握手を交わし、それから水滸の蛟のメンバーと別れた。
彼らが去った後、リルたちを振り返ると、彼女らは一様に険しい表情をしていた。
「あー、……さっきからどうしたの?」
疑問を口にするが、彼女らは表情をさらに深くするばかりで言葉を発さない。
「……ダンジョンコインも手に入ったし、僕らも帰ろうか?」
沈黙に耐えかねてもう一度話しかけた時、アグリが徐に口を開いた。
「イツキは、私たちをだましてたの」
だんだん更新が不定期になってきてますね。なるべくこのままのペースを維持していきたいのですが……。




