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2-27


 §〈凪〉


 夜。

 明かりも絶えない街の中を、俺はイトと一緒に歩いていた。

 季節はそろそろ梅雨時期で、暖かい日も増えたが、夜はまだ寒い日が多い。

 袖の長い服を着ていても、春の夜風が体を冷やす。

 俺は、時折吹く強いビル風に体を震わせながら、友人の後ろを歩いていた。

 

「もうすぐだよ」

 先導するイトを追いかけながら、ビルの合間を歩いて少し。

 路地を抜けた先の道に、目的の場所はあった。

「あれっぽいね。目撃情報のあった廃ビルは」

 イトは道を挟んだ奥のにある建物を指さした。

 背の低い建物が多いこの地域で、そのビルはぽつんと突き立っていた。

 ガラスは割れ、中の鉄骨がむき出しのそのビルは、暗がりの中で今にも倒壊しそうな雰囲気を醸している。

「行こう」

 躊躇なく敷地内に侵入して行くイトを見て、俺はため息を吐く。

 どうしてこんなこと、やってんだったかな。

 廃ビルに入っていく友人を追いかけながら、俺はこんなことになった経緯を思い出していた。



 



 


 今週に入って、モリミツが学校へ登校するようになった。

 それはすげぇ朗報で、これでやっといつもみたいな毎日が戻ってくるって思った。

 俺とイトとモリミツ、それに蒲生。

 四人でまたバカやって遊べるって、そう思ってた。

 でも理想通りにはいかなくて、今度は蒲生とぎくしゃくしちまってた。


 あの雨の日の部活から、俺は蒲生になんて顔して話せばいいか分からないままだった。

 どうして俺はあの日、あんなことしちまったんだろうか。

 

 静かに寝息を立てるあいつの顔を見ると、なぜか胸が沸騰したようなバカみたいな気持ちになった。

 あいつの顔に、あいつ自身に、どこまでも惹かれていくようだった。

 あんなに顔を近づけて、俺は一体、何を……。

 

 ……わけわかんねぇし、俺らしくねぇ。

 うだうだ考えてたってなんも始まんねぇ。

 とりあえず話しかける!

 後のことは、それから考えればいいんだ。

 そう思った。

 

 だが、今日に限って蒲生は遅刻ギリギリに来たので朝は話しかけられなかった。

 だから一時間目が終わってすぐ、俺は蒲生に話しかけに行った。

 

「き、今日はギリギリだったな」

 一発目からどもっちまった。

 バカみてぇ。

 けど、あいつは俺のことを笑うでもなく、どこか暗い表情をしていた。

「……寝坊しちゃって」

 蒲生は苦虫を噛みつぶしたみたいに笑った。

 やっぱり、あの日の事気にしてんのかな。

「そっか……見てわかると思うけど、モリミツ来てるぞ!」

 変な調子で話しちまう。

 どうして、いつもみたいに出来ねぇんだよ。

「うん、よかったよ。いつも気にしてたもんね」

 モリミツのことを喜んでくれているみたいだが、やっぱり暗い印象が拭えない。

「まあな……どうしたんだ、暗いぞおまえ。ほら行こうぜ」

「……うん」

 無理やり誘ってみるが、蒲生の気は晴れない。

 まずったなぁ。どうしてこんな上手く話せねぇんだよ。




 それから、部活はモリミツに付き沿うだとかなんだとか言ってサボっちまった。

 あいつから、逃げちまってた。

 

 今週ずっとそんなんだったから、金曜には何とかしようって思ってた。

 金曜はちょうど午前授業だったから、蒲生を誘ってどこか遊びに行こうと思ってた。

 あんまり遊びに誘ったこともないし。

 四人で遊んだことなんて一度もなかった。

 だから、この機会に挽回して。またいつもみたいに、一緒に笑いあえたらって。きっと上手く行くって、そう思ってた。

 

 けど、いざその段になって、イトが放課後に時間を作ってくれと言ってきた。

「ああ。ちょうど蒲生も誘おうと思って――」

「遊びの事じゃない。例のやつ」

「……なんだ、それか」



 放課後になり、俺はイトと二人で空き教室にいた。

「新しい目撃情報が上がったんだ。那須乃坂市の端にある……このビルだ」

 スマホの地図にピンを立て、俺に見せてくる。

「これで七件目だ」

「そうか……だいぶ増えたな」

 

 空き教室なんか使って一体何をしているかというと、それは一か月ほど前にさかのぼる。

 

 モリミツが学校に来なくなった時、俺らはモリミツから蒲生が人を殺していた、という話を聞いた。

 にわかには信じられなかった俺らは、事実確認をしようと情報を集めることにしたんだ。

 イトは裏を取るだとか言って、いろんなところに話を聞きに行っていたし、俺もそれに協力していた。

 

 最初は、モリミツが勘違いしていただけだって証明して、あいつを安心させてやりたかった。 

 だが調べれば調べるほど、どうにもきな臭い事実が見えてきちまってた。

 市内で起きている殺人事件と、モリミツの証言が似通ってたんだ。

 もしかしたら、モリミツが見たというのはその犯人だったのではないかという可能性まで浮上してくる。

 だから慎重に背後関係を探るしかなかった。でも、時間がかかっちまってたんだ。

 俺はそれがじれったくなってフライングしちまったんだが、イトはその活動を、今だに続けていた。

 


「この情報が正しければ、大分行動範囲が特定できる。だから――」

「なぁ、もうやめにしないか」

 のめり込むように地図を見るイトに、俺はそう言葉をかけた。

「……どうしたんだよ。急に」

 イトは怪訝そうな表情を作る。

 こいつが真剣にこの事件を追っているのは知っている。

 だが、言わずにはいられなかった。


「だってよ。蒲生はもう犯人じゃねぇってことになっただろ。モリミツも勘違いだったって言ってたしよ。それにモリミツも学校に来れるようになったじゃねぇか。これ以上やって、何になるんだよ。もう危ないだけだぜ」

「だけど、モリミツは犯人を見たかもしれないんだよ。口封じに遭う可能性だって――」

「口封じならこんなに時間かけたりしないと思うぜ」

 俺は、イトの言葉を遮るように否定する。

 俺が犯人なら、目撃者の口はすぐにでも封じに行く。

 こんな長期間放置しておく訳がない。

 それに、モリミツが犯人を見たという証拠が出た後にも、殺人は起こっているんだ。

 今更襲われる心配をする必要なんて、ないと思う。

 

「でも、危険が近くにあるなら、少しでも遠ざけようとするのは変なことじゃないだろう」

 そうかもしれない。だが――

「それで俺らが危険な目に合うなら意味ねぇじゃねぇか」

 モリミツを助けたい気持ちはわかる。

 だが、イトは最近行動が大胆になりすぎている。

 この前だって、殺人のあった現場を覗きに一人で夜中に家を抜け出していったのだ。心配もする。

 

「……集めた情報が全部が正しいとも限らない。あいつの証言だって……」

 苦し紛れのように、イトは反論してくる。

 それを聞いて、俺は少し苛立った。

「じゃあ何か?お前、蒲生が犯人だって言いたいのかよ」

 少し難癖付けるような言い方をすると、イトは険しい表情を作る。

「……でも僕は、モリミツが嘘を言っているようには、見えなかったんだ」

「あいつだって嘘は言ってねぇよ!」

「わかってる!だから調べてるんじゃないか!」


 叫び合う声が、教室内にこだました。


「僕だって信じたいよ。でも、どうしても猜疑心が消えないんだ」

 静まり帰った教室で、イトは静かに思いのたけを口にする。

「こんな状態で、あいつらの友達でいるなんて、僕にはできない」

「……イト」


 そんなこと考えてたんだな。

 この事件を追っているのは、あいつらのためだと思ってたが、お前のためでもあったんだな。

 

「それに……あいつは今でも、怖がってるよ」


 最後の言葉は、蛇足だ。

「……」

 その言葉は、少し卑怯だ。


「……はぁ。あんまり危険なことはしねぇからな」

「……ありがとう。助かるよ」

 

 しょうがねぇ。

 お前の気持ちに整理がつくまで、もう少しだけ付き合ってやるよ。






 ◇◆◇◆





 ここの太陽は、僕のいる世界と何も変わらないようだった。

 朝に日が昇り、夕方沈んでいく。

 月は出ないが、代わりに夜空は星々が綺麗に瞬いた。月がなくとも、夜のクレオストルフォは明るい街だった。

 

 そんな街で二日を過ごし、三度目の太陽が真上に来た頃、僕は診療所の中庭に立っていた。

 何故こんな所にいるのかというと、ベンさんが作ってくれた義肢の性能テストをするためだった。

 


 ちなみにこの二日間、何もしていなかったわけではない。

 ベンさんの仕事を手伝いながら、いろんなことをして回った。

 最初にこの街に来た時に居た建物は、次元宮と呼ばれる場所らしく、そこから地上に戻ることも、さらに深い階層へ潜ることもできることを知った。

 そこで魔法陣(魔力回路の書かれた図を、ここではそう呼ぶらしい)に乗り、ボス部屋の宝箱を回収してきた。

 見たことのない宝箱だったので期待していたのだが、宝箱には白い玉が付いたシンプルなネックレスしか入っていなかったので、少しがっかりしてしまった。

 診療所に戻ったあとベンさんに話してみると、武具を鑑定してくれる鑑定屋という職業の人がいると話を聞いた。

 早速行ってみると、ネックレスは『ラディアージュの卵』という名前が付いていた。

 鑑定屋のマングース似のおじさんは渋い顔で、強い守護の力が宿っているだろう、と言っていた。

 ちなみに防具も見てもらうと、皓月花の青鎧フィクティシャス・ブルームシリーズという名前が付いていた。かっこいい。

 キアミ師匠からもらった本も見てもらったが、こちらは残念ながら詳しいことはわからないと言われてしまった。

 ただ、幾つかスキルが付いているようで、〈浮遊〉〈物質同定〉〈簡易錬金〉の三つのスキルがあることが判明した。

 その後は、本のスキルやネックレスの性能を確かめたり、遊びに来たリルたちとお茶をしたりして過ごした。

 

 

「義肢の調子はどうでしょう。うまく動かせますか?」

 足をつけてくれたベンさんは、立ち上がる僕にそう聞いてくる。

「すごいです……こんなに動かせるなんて思いもしませんでした」

 足を素早く動かしながら、僕はその性能に驚いていた。


 ベンさんの作ってくれた義肢は、思った以上に性能がよく――というか普通の義肢ではなかった。

 材質は木でできていたが非常になめらかな質感で、僕の足を模したように外見と重さをそっくりに作ってくれていた。

 そこも十分驚きに値するのだが、真に驚くべきは、太ももの下、つまり関節の部分だった。

 膝の関節は複雑な作りになっているし、自分で動かせるわけでもないので、決められた動きをするだけの仕組か、最悪この前まで使っていたような棒状の固定された足になるかなと思っていた。

 だが、ふたを開けてみるとびっくり、自由に動かせるのだ。

 膝関節だけじゃなく、足首や指の先まで自分の意志通りに動く。

 まるで神経が通っているかのようだった。

 ただ、右の足ほど自在には動かせないようで、すこし動かすのにラグがあった。

 それでもすごい。

 革命的な使いやすさだ。

 その場で膝の屈伸運動をしたり、飛び跳ねていると、ベンさんがとても褒めてくれる。

「素晴らしいです。随分上手に動かしますね」

「ありがとうございます。でもこの足、どうして動かせるんですか」

「それは膝の基盤にフラクトラスを組み込んでいるからです」

 

 んん?なんだか聞いたことがある名前だな。

 確か、スライム先生の本にちらと書いてあった気がする。

「フラクトラスって何なんですか?」

「フラクトラスですか?」

 ベンさんは、そうですね。と少し考えるように手を鼻の前に持ってきた。

 かわいい。

「魔道具を作る基礎的なパーツの一つなんですが、魔力を通して、命令を実行させるもの。と言いましょうか」

「命令?」

「はい。この義肢でいうと、曲げる、伸ばす、捻る。この三つを魔力を通すことで実行させることができるのです」

 魔力で動く、半導体のようなものだろうか。

「魔力の操作がうまい人ほど、上手に動かすことができるのですが、その点イツキさんはすばらしく上手です。さぞ魔法を使うのが上手なのですね」

「いや、僕魔法使えないんですけど」

「ん、本当ですか?」

 疑うようなその言葉は、またまた嘘ばっかり、といったニュアンスが含まれていそうな、優しい問いかけだった。

「それが本当なんです」

「ふむ。どういうことでしょう」

 

 魔力が必要な物を、どうして動かせるんだろうか。

 僕が持っているのは、闘気だけなのに。

 ……そういえば、この前リルは闘気のことを、生きる意志、生命力そのものだと言っていた。

 闘気が魔力の代わりに流れているとして、意志が具現化したような力なら、思い通りに動かせるのも納得できる。

 そのことをベンさんに確認してみると、彼女は深くうなずいた。

「なるほど、とても興味深いですね。そのような力があるのなら、ありえるかと思います」

 それからベンさんは、少しの間熟考する。

 

「その闘気というものを、フラクトラスに流すだけでなく、義肢全体へ浸透するように使うことはできますか。もしかすると今以上に動かしやすくなるかもしれません」

「……やってみます」

 僕は少し思う所があったので、ベンさんの提案に乗ってみる。

 

 剣に闘気を宿すのと同じ要領で義肢に闘気を集めてみた。

 でも、やはり愛用の剣とは勝手が違うようで少し抵抗を感じる。けど、粘り強く義肢の素材である木材に闘気を浸透させ続けていると、そのうち闘気が全体に生き渡っていった。

 この時、僕は直感的に、これは纏いのスキルだと理解した。

 この前見たステータスの闘技スキル欄に書いてあったのだ。


 そろりと足を動かしてみる。

 違う。

 少しのラグもなく動かせる!

「やりました!自分の足のように動かせます」

「思った通り、うまく行きましたね」

 我が事のように喜んでくれるベンさんとハイタッチしながら、喜びを分かち合った。

 これで、()()()()()()()()()()()()()

 

 ん?何か、違和感があったような。

 ……気のせいか。

 

 

 義肢はダンジョンコインで、金貨百枚だという。

 僕が持っているコインを数えると、金貨が三十枚、銀貨が百二十枚あった。

 銀貨は十枚で金貨と同じ価値らしいので、僕の全財産は合計で金貨四十二枚と全然足りなかった。

 代金はいつでもいいと言ってくれたが、借金したままなのは忍びないので、なるべく早く返せるように頑張ろう。

 リル達とダンジョンに潜る約束もしているので、その時に探してみようと思う。

 

 ベンさんはせっかくだからと、もう一泊するよう勧めてくれた。

 時間はまだ余裕があるので、急いで帰る必要もない。

 僕はご厚意に甘えて、もう一泊してから家に帰った。



 家に帰ると、日曜の夕方だった。

 僕はいつも通り宿題を終わらせて、床に就いた。

 いろんなことがあったが、それでもまた、僕は日常に戻ってきた。

 そしてまた、同じことを繰り返して行くのだろうな、と思った。

 色々あったことをノートに書き留めておこうと思ったのだが、ペンを持つと直ぐうとうとと眠気が襲ってきた。すぐに耐えきれなくなり、僕はベッドに潜り込んで部屋の電気を消した。








 




 真夜中。

 真っ暗な一階のリビングで、消し忘れていたテレビからニュースキャスターの声が響いていた。


『続いてのニュースです。那須乃坂市で発生している連続殺害事件で、新たな死体が発見されました。若い男性とみられるその遺体は、損傷が激しく、まるで獣にかみちぎられたような跡があったとして、警察は身元の特定を――』




 


 ケヒッ




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