005:ダブル・トラブル
「ノックしてもしもーし」
店内のフロアには気絶した二人が倒れており、イオンは亀甲縛りにされたまま机の上に寝そべっていて、おまけに俺はチンコから大量の血を垂れ流している。
(あの借金取りも、まさか店内がこんな地獄絵図になっているとは思わないだろうな)
パニックになってもおかしくないところだが、さっきの戦闘でアドレナリンが分泌されたせいか、俺はわりと冷静だった。
「いまノックしてる人って、この二人からお金を取り立てに来たのよね。ワタシたちは関係ないんだし、裏口からこっそり逃げればいいんじゃないかしら?」
「いや、仮にこの二人が取立人に捕まったとしたら、間違いなくお前がアンドロイドであることをチクるだろう。息の根を止めておけば、その心配もなくなるが」
「悪いことをしたとはいえ、子どもに手をかけるのはちょっとね……」
イオンは声を震わせながら言った。
俺は子どもだろうが特別扱いはしない主義だが、どのみちいまからでは遅すぎると思った。
「中にいるのはわかってるんですよー。開けるつもりがないなら扉を壊しちゃいますけど?」
債権者が居留守をすることなど日常茶飯事だろうし、こういう場合に対する備えを持っていても不思議ではない。
取立人はおそらく、本当に扉をこじ開けてくるつもりだろう。
「もしもーし。あと十秒だけ数えますから、そのあいだに出てきてくださいね。十、九……」
もう考える猶予は残されていなかったので、俺はすばやく二人の体をソファの後ろに隠し、血塗れのチンコをしまいながら入り口に向かった。
イオンの縄を解いてやる時間はなかったが、なんとか取立人を追い返すしかない。
「あー、どうも。こんばんは」
そう言いながら扉を開けると、そこには白いチャイナドレスを着た男の娘がいた。
なぜ男の娘だとわかったのかというと、ドレスの股間のあたりに小さな膨らみが見えたからである。
「こんばんはー。お兄さんはどなたですか?」
男の娘はドレスの袖で口もとを隠しながらたずねた。
さっきのロジィといい、やけに美少年との遭遇率が高いのは気のせいだろうか。
「俺はこのバーで飲んでただけだが、こんな夜遅くにどうしたんだ。迷子か?」
俺はNHKの集金人に対応するときのように、ドアを少しだけ開けて応答した。
「ボクはここで友だちと待ち合わせをしてるんです。ボクくらい小柄でカワイイ顔の二人組を見ませんでしたか?」
「あぁ、あいつらならさっきまでいたけど、ずいぶん慌てた様子で店を出ていったよ。なにか想定外のトラブルが起きて、席を外さなきゃいけなくなったみたいだが」
「そうでしたか。ボクが来たときこの扉に木の杭が打ちこまれていたんですが、これもあの二人の仕業でしょうか?」
店の外から扉にかんぬきをしたのは、バーのマスターの仕業だろう。
混乱に乗じていなくなっていたあたり、二人組の仲間ではないのかもしれないが、一時的な協力関係にあった可能性は高いだろう。
「うーん……それはたぶん、店の主人がやったことじゃないかな? あのマスターは気まぐれだから、客の来ない日なんかは俺たち常連に店を任せてどっかに行っちまうんだ。きっと一見さんが間違って店に入ってこないように、わかりやすくしておいたんだろう」
「なるほど……?」
男の娘はふむふむとうなずいている。
いまのところ納得してくれているようだが、あまり喋りすぎるとボロが出てしまうかもしれない。
「念のため、お店の中を見せてもらうことはできますか?」
「あぁ、もちろんだ」
俺は男の娘を店のなかに招き入れた。
断りたいのはやまやまだが、変にゴネて不審に思われるよりは、サクッと中を見せて帰らせたほうがいいだろう。
「あれ、おかしいですね……。床に誰かの血がついてるみたいですが」
男の娘は店に入るなり、足元の血痕を発見して目を細めた。
どうやら気づかないうちに、チンコから垂れた血が床についてしまったらしい。
「あぁ、それはその……」
俺はとっさに上手い言い訳が思い浮かばず、頭が真っ白になった。
答えあぐねていると、店の奥から妙になまめかしいイオンの声が聞こえてきた。
「あら、ずいぶんカワイイお客さんを連れてきたのね、アナタ」
まだロープを解く時間がなかったので、イオンはテーブルの上で亀甲縛りになったままなのだが、そんなイオンの姿を見て男の娘は面食らったようだった。
「はわわっ!? 何やってるんですか、こんなところで……」
「驚かせちゃってごめんなさいね。お店に誰もいなくなって暇になっちゃったから、彼と一緒に大人の遊びをしてたのよ。ねっ、ダーリン?」
「……あぁ、そうだったな」
「この人ったら普段は優しんだけど、スイッチが入ると一気にドエスになっちゃって大変なのよ? それはもうスゴいテクニックで、気づいたら次の日だったなんてこともざらにあるんだから」
「はぁ、そうですか……」
男の娘はテーブルの上にあるスタンガンや血塗れの酒瓶を見て、ドン引きしたような顔をした。
俺たちがよほど激しいプレイをしたと思いこんだようだ。
「まったくもう。お二人とも、そういうのは家でやってくださいよ……」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、お隣さんが何かとうるさいのよね。ワタシがあまりにも大きな声で喘ぐせいで、おたくの家ではずいぶん大きなペットを飼ってるんですね、なんて皮肉を言われちゃったり……」
「コイツの喘ぎ声はすごいからな。どうだ、たまには趣向を変えて3Pというのも――」
「――遠慮しておきます、失礼しました!」
男の娘はぺこりと頭を下げると、いそぎ足で店を出ていった。
俺はその背中が完全に見えなくなるまで見送ってから、安堵の息をついて、店内にもどった。
「やれやれ。まさかあんな対応の仕方があるとは。……お前が機転を利かせてくれたおかげで助かったよ」
「あんなのどうってことないわよ。アナタがひとりであの兄弟倒してくれたおかげだもの。あのとき何もできなかったのが悔しくて、作戦を立ててたの。上手くいってよかったわ。これで一件落着と言いたいところだけど……」
俺はイオンの体を縛りつけていたロープを解いた。
よほどキツく縛られていたようで、イオンの白い肌にはところどころにミミズ腫れができている。
だが、腫れているという点では俺のチンコのほうがひどい有様だった。
「アナタのオチンポが心配ね。ひとまずこの場で止血だけでもしたほうがいいんじゃないかしら?」
「あんまり痛くしないでもらえると嬉しいんだが」
「ワタシはアンドロイドだから、応急手当の知識はあるわ。任せてちょうだい」
イオンはエプロンの布をビリっと千切ると、それを包帯のように俺のチンコに巻きつけた。
チンコを見られるのが恥ずかしいという感情さえ湧かないほどの痛みである。
「ぐずぐずしてると、あの兄弟が目を覚ますかもしれない。すぐアパートに帰ろう」
俺は両手でチンコをかばいながら、出口に向かった。
それから俺はイオンに肩を支えてもらいながら、どうにかアパートに帰還した。
$ $ $
俺とイオンは顔を見合わせて、そっと扉を開いた。
外出してから数時間が経ち、日付もまわってしまったので、シーナはもう寝ているかもしれないと思った。
「おかえり、ハルト。それにイオンちゃんも」
ところが、俺たちが玄関のドアを開けると、寝間着姿のシーナが目をこすりながら出迎えてくれた。
イオンはシーナと目を合わせて、若干恥ずかしそうにしながら、「ただいま」とつぶやいた。
「ごめんなさい、シーナ。話さなきゃいけないことがたくさんあるんだけど、いまは彼の怪我の手当てをさせてくれないかしら?」
「怪我って、どこを怪我したの?!」
「チンコだ」
「チンコ!?」
一瞬冗談なのか本気なのかわからなかったようだが、血だらけの俺の股間を見ると、シーナは血相を変えて廊下の奥に走っていった。
そしてシーナはドタバタと足音を立てながら、救急箱を片手にもどってくる。
「できれば痛み止めがあると助かるんだが……」
「わりと強力なやつがあるよ。昔のだから期限切れかもしれないけど」
俺はシーナから渡された錠剤を飲んで、リビングのソファに横になった。
イオンがズボンのチャックを下ろして俺のチンコを露出させると、シーナが静かに悲鳴をあげた。
「うわぁっ、ひどいね……」
「変なバイ菌が入ってないといいのだけど」
イオンは慣れた手つきで俺のチンコにガーゼを巻くと、その外側に冷えピタシートのようなものを貼りつけた。
「応急処置としてはこれが限度だと思うわ。あとは病院に行くしかないわね」
「でも、ハルトが病院に行ったら、おちんちんがおっきくなることがバレちゃうよね? そしたら最悪、その場で連行されちゃうかも……」
イオンとシーナは深刻そうに顔を見合わせている。
チンコが原因で空気がお通夜になるのは嫌だったので、俺は痛みをかみ殺しながら何でもないような顔で言う。
「出血は止まってきたし、放っておきゃそのうち回復するだろ。しばらく様子を見てそれでも何とかならなかったら、病院に行こう」
「本音を言えばすぐにでも行って欲しいのだけど、少し様子を見るしかなさそうね。そのあいだはワタシが看護するから、して欲しいことがあったら何でも言ってちょうだい」
イオンは俺の怪我に負い目を感じているようだ。
「ハルトのおちんちんはこの世界に一本しかない天然記念物なんだから、わたしにもお手伝いさせて」
シーナもイオンに負けじと意気込んでいた。
正直あとは俺の体の治癒力の問題なので二人にできることは少ないと思うのだが、その気遣いはありがたかった。
「今日のところはもう寝させてくれ。鎮痛剤も効いてきたし、疲れもたまってるから爆睡できそうなんだ」
俺がソファの肘かけに頭を乗せると、シーナが毛布をかけてくれた。
なんとか痛みに注意が向かないように頭の中で羊を数えていると、思いだしたようにシーナが口を開いた。
「あれっ……? てゆうかハルトって、アンドロイドなんだよね? 睡眠よりも充電したほうがいいんじゃない?」
その言葉を聞いたイオンが、ハッとした顔で俺を見た。
シーナはまだ、俺が異世界から来た人間であることを知らないのだ。
(どうせバレることだし、この際だから言ってしまおうか? 実は人間だったからと言って、怪我人を追いだすようなことはないだろ)
俺はある程度の打算にもとづいて、このタイミングでシーナに事実を伝えることにした。
結局俺もイオンも正体を偽っていたわけだし、この件は二つまとめて片付けたほうがスッキリするだろう。
「俺はアンドロイドじゃなくて、異世界から来た人間なんだ。騙すつもりはなかったんだが、勘違いに乗っかる形でここまで来てしまった。……すまなかったな」
「イセカイからきたニンゲン?」
シーナはポカンと口を開けている。
イオンは転生モノというジャンルを知っていたが、シーナはピンとこなかったようだ。
「ワタシからも言わなきゃいけないことがあるわ。実はワタシは本物のアンドロイドなの。いままで騙していてしていてごめんなさい」
「ええっ? アンドロイドだと思ってたハルトが人間で、お手伝いロボだと思ってたイオンちゃんがアンドロイドなの? 頭がどうにかなっちゃいそうだよ……」
シーナは明らかに動揺していたが、時間をかけて説明すればきっとシーナなら理解してくれるだろうと思った。
「まぁ、とにもかくにもそういうことだ。ほかにも色々訊きたいことはあるだろうが説明は後日するから、いまは休ませてくれないか?」
「……わかったよ。イオンちゃんから詳しい話を聞いておくから、ハルトはぐっすり休んでね。早くおちんちんがよくなりますように」
シーナはそう言うと、ソファに寝転んでいる俺に毛布をかけてくれた。
俺は気絶するように深い眠りに落ちていった。