転生紀行:2242年

Season:1

001:ホール・イン・ワン

「目的地周辺です」

　カーナビのような声が聞こえて目が覚めた。

　視界がガタガタと揺れていて気持ち悪いし、周囲はまっくらで、ここがどこか見当もつかなかった。

(さっきのアレは夢か？　何がどうなってるんだ)

　エンジンが止まる音がして、視界の揺れがおさまった。

　どうやら俺は車で移送されている最中らしい。

(周囲にあるのは……ゴミ袋か？)

　手探りで周囲を探っていると、ピー、ピー、ピー、という音がした。

　そしてその音に合わせて、車体が斜めに傾きはじめた。

(マズい、このままだと……！)

　俺はゴミ袋をかきわけて這いあがろうとしたが、時すでに遅しだった。

　パカッと後ろのドアが開いて、俺は無数のゴミ袋と一緒に、巨大な穴の中へと放りだされてしまった。

　幸いにも下にあったゴミ袋がクッション材となって落下の衝撃を和らげてくれたが、あとから落ちてきたゴミ袋がつぎつぎと頭に当たり、俺はゴミ袋の中に生き埋めになる寸前だった。

(下水の次はゴミ溜めかよ。つくづく汚物扱いだな)　

　俺は悪態をつきながらゴミ山の下から顔をだした。

　腐りかけの生ごみから粗大ゴミまで、ここにはありとあらゆる不用品が捨てられているみたいだった。

「助けてくれー、なかに人がいる！」

　さっきのドライバーが気づいてくれるように声を張り上げたが、俺の声はむなしく反響するだけだった。

　俺はこの穴のなかでたった一人きりなのかと思ったそのとき、カサッ、カサカサッと衣擦れのような音が聞こえた。

「……誰かいるのか？」

　俺がつぶやくと、しんとした静寂がかえってきた。

　ひょっとしたら聞き間違いかもしれないが、俺の声を聞いて、あわてて気配を消したような気もする。

(この感じは正月に親戚が家に集まっているとき、自分の部屋でじっとしている俺の気配に通じるものがあるな)

　ネズミやゴキブリの可能性もあったが、俺はダメもとで声をかけてみることにした。

「おーい、でてこーい」

　暗く大きな穴の中で、でてこーい、でてこーい……という俺の声が反響する。

　俺はもう一度だけ声を張りあげてみる。

「おーい、でてこーい」

　今度は引きこもりの俺にしては上出来なくらいの大声だったが、それでも何の反応もなかった。

(気のせいだったか？　しかたない……)

　無視されるのには慣れているとはいえ、意気込んだだけに少しむなしい。

　そもそも俺に手をさしのべてくれる人間などいないのだと思い、ゴロンと横になって天を仰ぐと、ゴミの山の上から不思議そうに俺を見下ろしている少女と目が合った。

「……」

　驚きのあまり、瞼をぱちぱちさせる。

「……」

　もう一度。

「……」

　少女はストンとゴミの上から飛び降りると、まるでお辞儀するような恰好で俺をしげしげと眺めた。

「あっ、どうも。こんばんは……？」

　少女はピンク色のキャミソールに丈の短いホットパンツという恰好だったが、背丈が俺の半分くらいしかなく、まだ小中学生くらいに見える。

「ずいぶん立派なおちんちんだね……」

　少女は俺の股間を凝視しながら、ボソッとつぶやいた。

　そこで初めて気づいたのだが、俺はチンコ丸出しの状態だったのだ。

（他のことが気になってそこまで頭が回らなかったが、これじゃ露出狂じゃないか）

　俺は頭が真っ白になりながら、立ちあがった。

　すると少女は自分の口を手でおさえて、驚いた顔で言う。

「そっか。たしかアンドロイドのおちんちんって、コーフンするとおっきくなるんだっけ」

　少女はそう言うと、俺のチンコを覗きこむように腰をかがめた。

　俺はとっさに股間を手で覆い隠したが、すると少女は顔を四方八方に動かしてなんとかチンコを盗み見ようとしてきた。

「やっぱりおっきくなってるよね？」

　前屈みになっているせいで、少女の胸の谷間がチラチラと垣間見えている。

　俺は肯定も否定もできず、ただ顔を赤くすることしかできなかった。

（いくら幼いとはいえ、初対面の男のチンポを躊躇なくガン見しすぎじゃないか？　というか、この子はどうしてこんなところに？)

　困惑していると、少女が俺を安心させるように口を開いた。

「わたしは通報したりしないから、隠さなくてもいいんだよ？」

「その気づかいはありがたいが、チンコは隠したほうがいいだろ」

「わたしが言ってるのは、おちんちんじゃなくて、おじさんの正体の話」

　何か核心めいたことを言われた気がして、俺は一瞬ドキッとした。

　すると少女は俺の反応を見て疑惑を確信に変えたのか、

「……おじさんはアンドロイドなんでしょ？」

　と言った。

(いや、俺のスマホはリンゴ製だが……。ってこの少女が言ってるのはそういう話じゃなさそうだな)

　俺は少女の言葉から、なんとなく自分が置かれた状況について察しながらも、冷静に事実を伝えることにした。

「もしかして、俺がロボットじゃないかと疑っているのか？　こんな陰気な顔のアンドロイドがいるはずないだろ」

「でも、おちんちんはおっきくなってたよね？」

「それとこれに何の関係があるんだ」

「おじさんは知らないかもしれないけど、いまの時代の人間には生殖能力がないの。だからおちんちんがおっきくなるのは、アンドロイドだけなんだよ」

「なんだって……」

　俺が絶句していると、少女はそれを憐れむような目つきになった。

「ところで、おじさんに名前はあるの？」

「俺はハルトだ。ハルに生まれた人だからハルト。単純だろ？」

「……素敵な名前だね」

　少女は合言葉を唱えるみたいに、ハルト。と何度もつぶやいた。

　俺は少しばかりこそばゆい気持ちになってきて、その気恥ずかしさを誤魔化すために同じ質問を尋ねかえすことにした。

「そういう君はなんていうんだ？」

「わたしには、名前がないの」

「そんなことあるのかよ。名無しで許されるのは匿名掲示板の住人か天皇くらいじゃないのか」

　俺は何気なくつぶやいたあとで、しまったと思った。

　いままでずっと無邪気な表情をしていた少女が、引き攣ったような作り笑いをうかべたのがわかったからだ。

「ないならないで、適当な名前を自分でつければいいじゃないか」

「でも名前って、誰かにプレゼントしてもらうから意味があるものじゃない？」

「……それなら、リンゴはどうだ」

　俺が反射的につぶやくと、少女はキョトンとした顔をした。

「いや、いくらなんでもリンゴはないな。リンゴ、林檎、椎名林檎……シーナはどうだ？　俺の好きな歌手の名前なんだが、よくよく見ればどことなく、シーナって感じの印象もあるし」

　俺はしどろもどろになりながら言った。

　とにかくこの場の空気を変えたいという一心だったが、当の本人は放心したようにポカンと口を開けている。

（そりゃそうだよな。初対面のチンコ丸出しの野郎にいきなり名前を押しつけられても……）

　俺が気まずくなって目を伏せていると、しばらくして少女が顔をあげた。

「その名前、わたしにくれるってこと？」

「あぁ、でも……君が気に入らなかったら変えていいんだぞ。やっぱりこういうのはもっと慎重に考えたほうがいい気もするし……」

「君じゃなくて、シーナって呼んでみて」

「シーナ」

　遠慮がちにつぶやくと、シーナは勢いよく俺の胸もとに飛びこんできた。

　危うくチンコが触れそうになり、俺はシーナを抱きかかえたまま背中を丸めて硬直する。

「ありがとね、ハルト」

「どういたしまして。水をさすようで悪いんだが、この体勢はちょっと……」

　本来なら感動的な場面になるはずだが、俺が全裸なせいで、傍から見ると通報ものの絵面になっている。

　俺が遠回しに指摘すると、シーナもそのことに気づいたようで、

「あ、ごめん……」

　と言って、顔を赤らめて俺から離れた。

　二人で赤面しながらもじもじしていると、やがてシーナが空気を変えるように明るい声をだした。

「それじゃあ、はじめましての挨拶もすんだことだし……ひとまずわたしの家で来る？」

「俺としてはありがたいが、もうちょっと警戒したほうがいいんじゃないか？　俺は初対面の男だぜ」

「だって、ハルトはアンドロイドでしょ？　それを言ったらハルトのほうこそ、いまはアンドロイドを狙ってる賞金稼ぎの人たちがいるような時代なんだから、気をつけたほうがいいよ」

　シーナはまだ俺のことをアンドロイドだと思いこんでいる様子だった。

　とはいえここで本当のことを話しても信じてもらえるかわからないし、よけいに話がややこしくなりそうなので、この誤解を訂正するのは後のほうがいいかもしれない。

「……それじゃあお言葉に甘えさせてもらうとするか。しかし、どうやってここを出るんだ？」

「向こうに昇降用のリフトがあるの。それを使って地下に降りて歩けば、わたしの家まですぐだよ」

　シーナは足元のゴミ袋を飛び石のように踏み越えながら、暗闇の奥へ進んでいく。

　俺もその後に続こうかと思ったが、とちゅうで横たわったクローゼットがあるのに気づいて足を止めた。

「ちょっと待ってくれ！　服を探してくる」

　藁にもすがる思いでそのクローゼットを開くと、使われていない衣服がポールにかけられたままになっていた。

　俺はとりあえず一番近くにあったバイク用のライダースーツに着替え、シーナの後につづく。

「準備はできた？」

「あぁ……下着はないが、覚悟はあるよ」

　俺が答えると、シーナは微笑んで壁についていたスイッチを押した。

　するとスライド式のドアがプシューッと開いて、管理室のような部屋が見えた。

「こっち、こっち！」

　シーナは部屋を素通りしてリフトに乗りこんでいたが、俺はそこから見える光景に目を奪われていた。

　管理室の窓ガラスには、まるでSF映画から飛びだしてきたような、近未来的な都市が映っていたのだ。

「なあ、シーナ。ひとつ聞いておきたいことがあるんだが」

「なあに？」

「いまはいったい、何世紀なんだ？」

　地下を覆う鉛色の空には電線が血管のように張り巡らされており、その下には幾筋ものネオンライトに彩られた高層ビルが建っている。

　その光景は、俺の知る世界のものではなかった。

「いまは東歴二二四〇年だよ。二十三世紀へようこそ、アンドロイドのお兄さん！」