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番外:願い事

本編11話辺り、七夕のお話です。


「おい一葉、あれは何だ」



 七月初旬のある日のこと。

 高校近くのショッピングモールを訪れていた私に、調査だと言って勝手に着いてきたライがいつも通り偉そうな態度でそう尋ねて来た。



「あれって?」

「あの大きな植物だ。紙切れがたくさん吊り下げられている」



 言われるがままライの視線を追うと、円上に広くスペースを休憩所の中央に大きな笹が飾られていた。緑が映える長い葉をいくつも伸ばし、色取り取りの短冊が空調によって揺れているのが見える。

 そういえばもうすぐ七夕だな、ということを思い出した。もうこの年になると七夕で何かするということもなく、いつの間にか過ぎていることが多いのだ。



「あれは七夕の笹飾り」

「七夕?」

「七月七日にある行事で、笹に願い事を書いた短冊を吊すの。あと織姫と彦星がなんやかんやあって再会する日」

「誰だそれは」

「自分で調べて」



 実に適当に説明した私にライの眉間に皺が寄る。が、一から全部説明するのは面倒だし正直完璧に説明出来る自信もない。色々突っ込まれても困るので、仮にも工作員を名乗るのならば自分で勝手に調べて欲しい。



「……しかし」



 ライは一度私から視線を外すと胡乱な目で子供達が群がる笹を見上げる。



「あんな紙に願い事を書いたところでどうにもならないだろ。無意味だ」

「出た、魔法使う癖に現実主義者」

「だからあれは科学だと何度言えば分かるんだ貴様。いい加減その空っぽな頭に刻み込め」

「ちょ、痛いって!」



 ぐりぐりと頭の上から拳を押しつけられる。それから逃げるようにライから距離を取った私は頭を押さえて仏頂面の自称兄を睨み付けた。



「それに、別に皆願いが絶対に叶うと思ってやってる訳じゃないし。願掛けとか、イベントに乗っかって好きに書いてるだけ」

「ふうん、成程な」

「せっかくだからあんたも書いてみる? そこで書けるみたいだけど」



 笹の側には長い机が置かれており短冊が積まれており、自由に書いて吊していいらしい。

 まあ書くとは思わないけど、と予想しながら一応尋ねて見たが、やはりというべきか酷く馬鹿にしたような目を向けられながら「必要ない」とばっさり切られた。



「ふーん……じゃあ私はどうせなら書こっかなー」



 願うだけならタダである。私はライを置いて笹に近付くと、親子や女子高生、それに恋人らしき人々に混じって短冊とペンを取って机に向かった。

 何を書こうかと黄色の短冊に目を落としながら考える。そして数秒経って真っ先に思いついた願いに、私はペンを動かし掛け……少々躊躇った。



「……いいや、書いちゃえ」


 

 しかし結局、私は片手で短冊を隠すようにしてからこそこそと願い事を綴った。



「よし……」

「どれどれ」

「あ」



 できるだけ目立たない場所に吊そうと前屈みになっていた体を起こした瞬間、唐突に私の手の中から短冊がするりと抜け出した……いや、奪われたのだ。



「“先生と両思いになれますように”……ねえ」

「ちょっと、勝手に見るな!」



 背後からいきなり短冊を取り上げて願い事を読み上げたライは、言うや否や突如眉間に皺を寄せ、そしてはっ、とこちらを貶すように鼻で笑った。



「……何よ、何か文句でもあるの?」

「別に……せいぜい無駄な努力でもしてろと思っただけだ」

「無駄ってそんなの分かんないじゃん!」



 吐き捨てるように告げられた言葉に私もイラッと来て思わず言い返す。普段は自分でも相手になんてされないだろうな、と心では思っていたものの、この男に指摘されるとつい反射的に噛み付いてしまう。



「分かるに決まってんだろう、お前みたいな特別可愛くもない生意気な小娘が相手になんてされるか」

「言わせておけば……!」



 実際にそうだとしても言っていいことと悪いことがあるだろう。突然妙に機嫌が悪くなったライに口答えしようとしたその時、少し離れた場所から「七夕限定スイーツはいかがですかー?」と店員の声が耳に入ってきた。



「七夕限定スイーツ……」



 直後、ライの思考があっという間に余所へ向いたのが手に取るように分かった。いつの間にか眉間に刻まれていた深い皺も無くなっている。



「七夕はどうでもいい……が、あの店は行くぞ。どんな物でも調査しておけば後々役に立つことがあるかもしれんからな」

「……スイーツの情報が一体何の役に立つんだか」

「何か言ったか」

「別に。スパイさんは大変ですねーって言っただけですー」



 一気に機嫌を戻してさっさと歩き出すライに、私も気が抜けて先ほどまでの苛立ちが収まってしまう。やれやれと肩を竦めて、私も小走りに“兄”の背中を追いかけた。














「……」



 偶然だった。本当に意図したわけではなく、たまたまである。


 “ライ”を追いかけていった彼女の後ろ姿を遠目に見つめて、私は彼らに見つからなかったことに小さく安堵した。

 仕事も休みでたまには買い物でもと訪れたショッピングセンターだったが、まさかここでちょうど彼らの姿を見つけてしまうとは思いもよらなかった。記憶力には自信があった――とはいえ長い間記憶喪失だったのだから撤回した方がいいのかもしれない――が、流石に十年以上前の今日ここに来ていたということなんて一々覚えていない。



「七夕、か」



 人混みの中を進んで先ほどまで一葉が居た笹の側に立つ。あの頃の自分は七夕がどういう行事なのかこれっぽっちも知らず、よく分からない風習だと首を傾げていた。後に詳しく調べてみたものの、結局織姫と彦星は自業自得だと、一年に一度しか会えない相手との恋愛など非生産的だと突っ込みを入れただけだったような気がする。


 ……後に自分が、時間も次元も記憶も隔てた、織姫と彦星もびっくりなある種の遠距離恋愛をする羽目になるとは思いもしなかった訳だが。



「そういえば、あの時一葉が書いた願いは……」



 笹に短冊を付ける人々に紛れて、私はそっと先ほど一葉が書いていたらしい短冊を探す。二人に見つからないように離れた場所に居たため会話は聞き取れなかったが、うっすらと昔の記憶を辿って彼女が何の願い事を書いたのかはなんとなく思い出していた。

 指先が黄色の短冊に触れる。それを表返してみればやはり彼女のものだった。匿名だが、一葉の筆跡は提出されたノートで見慣れているから見間違えるはずもなく、そもそも内容が内容だ、あの子以外にあり得ない。



「……まったく」



 思い出した通りの願い事を見て、私は自然と笑ってしまっていた。何しろこんな願い、わざわざ七夕に願う必要のないことなのだから。


 ……ああ、思い出して来た。あの時一葉のこの願いを見て無性に腹が立ったのだ。短冊をぐしゃぐしゃに握りつぶしたい衝動に駆られて、つい彼女に向かって憎まれ口を叩いた。

 まだまだガキだった。自分の気持ちも自覚しないまま嫉妬して、それを一葉に八つ当たりして、本当にあの時の自分は子供だった。思わず自嘲するように小さく笑い声を零す。

 私は短冊から手を離すと、あの二人が向かったカフェとは正反対に歩き出した。



「馬鹿だなあ、あいつは」



 あんなこと書かなくたって、一葉の願いはとっくに叶っている。


 ――それこそ、十年以上も前から、ずっと。




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