-第2話- 深淵への誘い
赤く燃え上がり煙に包まれた森の姿は、もうすでに僕たちの知る世界とはほど遠いものになっていた。
森の中心部には大きな炎を纏って悲鳴を上げている世界樹、アグシュヴァルトの大樹が今にも燃え尽きそうにそこでただ佇んでいる。ダグラスおじさんはその光景を見つめ、ただ大きな声を上げると燃え盛る森の中へ駈け込んでしまった。
轟音を立てて燃え上がる森と狂暴化する動物達。世界樹の加護が消えた今、我を忘れた動物達の本能が蘇り、森と住処を燃やされた怒りにとらわれている。だめだ、このままだと皆の命が危ない。早く何とかしなければ・・・!
「ユメ・・・!そうだ!ユメはどこだっ!」
大きな声で叫んで今すぐユメを探したい。普段の僕ならまずそうするだろう。だが今は妙に冷静だった。狂暴化した動物達で森が溢れかえっている状態で大きな声で叫ぶのはかえって刺激してしまい危険だ。ここは慎重に行動するべきだろう。人間、危機的状況に追い込まれた時こそ冷静になるというのは本当のようだ。
僕は頭をフル回転して、まず森が燃える前の状況を確認した。寝る前に部屋の窓から確認した時、間違いなくそこに人影があった。ここの森で夜中に徘徊する住人はいない。十中八九、その人影こそ犯人と言って間違いないだろう。
そして大きな光を放ち、森に火を放ったんだ。あの時、伏せろという言葉が聞こえたような気がしたが・・・。森の焼け具合からまだ時間はあまり経過していないようで、恐らく中心部にいた『犯人』はまだ森に残っているはずだ。
今すぐ探し出したいのだが、ほかの住人やまだ見つかっていないユメが心配だ。それに、森の加護を受けずにコミュニケーションをとることができるのはユメ一人だけだ。彼女ならきっと何かわかるはずだ。今はただそう信じたかった。
「頼む、無事でいてくれ。」
きっとユメならいつもの不思議な能力を使って何とかうまくやっているに違いない。いつの日か「あの時のツバサ凄かったんだよ!」と笑い話になるんだろうな。そしてまたダグラスおじさんと3人で食卓をかこむんだ。くだらない話をしながらいつもみたいに一日が終わっていく・・・。
・・・まだ頭が混乱しているんだろうか。無理やりにでも楽しい未来のことばかり考えてしまう。我を忘れたダグラスおじさんや安否不明のユメ。そして森の世界樹やそこに住む住人や動物達。まずは目の前の状況を何とかしないと。僕は自分に喝を入れるため顔をパシパシと軽く叩いた。
「・・・それは自傷行為か?」
寒気のするような声でびっくりして後ろを振り返るとそこには紫のコートのようなものに身を包み、背丈の高い男が佇んでいた。森の服装とは似合わない紋章のような模様がコートにびっしりと描かれている。フードを深くかぶっており、顔つきまではわからない。ただ、分かったのは間違いなくこの男が犯人だ。
「まったく、人間ってのはわからんなぁ・・・。悪魔教に誘っただけで攻撃してくるし、しまいには自傷行為に走る少年にあってしまうし・・・。はぁー、森って怖いわぁ」
「お前なのか!!森に火を放ち世界樹を・・・みんなを狂わせた犯人は!!」
「狂わせただなんて人聞きの悪い。私は彼らを自然に返しただけさ。創られた自然は滅び、また自然が蘇るんだ。・・・ステキだと思わないかい??」
ふざけるな。何が自然が蘇るだ。皆を、皆を・・・
「皆を返せ・・・ッ!!!!!」
「まぁまぁそう殺気立たないでよ。僕だってキミに恨みがあるワケじゃないんだしさ。それに・・・。」
そういうと男は今まで担いでいた「それ」を赤子を抱きかかえるように持ち替えた。
「この子の命が危ないよ?」
それは見間違えることのない、確かなものだった。毎日のように顔を合わせていた幼馴染のユメだ。
「貴様・・・ッ!!! 殺す!!!殺してやる!!!」
「まぁまだこの子が死んだワケじゃないんだしさ。それに君だって彼女を解放してあげたいでしょう?だから君と僕で今、取引をしよう。」
そういうと男は手を差し出し、静かに、そして囁くように言った。
「この子と引き換えに、悪魔教の生贄になってよ。」