街の探索
ルルとシンは街の商店街を歩いていた。
「どこから行こっか?」
ルルが尋ねる。
シンはこの街に何があるのか知らないし、基本的に興味がない。
そのため、いつもなら首を傾げるだけのところだが、今回は違った。
シンはゆっくりとその手を上げ、あるものがある方向を指さす。
そのあるものとは、領主の館であった。
しかし、この街の領主の館は決して高い建物ではなく、建物が建て並ぶこの商店街からは見ることができなかった。
つまり、ルルの視点から見れば、シンの指さした先には一つのお店があるわけである。
さらに、そのお店は無口なシンにぴったりの本屋だった。
「ふーん、本屋ね。……分かったわ、買えないかもしれないけど行くだけ行ってみましょう」
そう言うとルルはシンの手を引いて中に入っていく。
✩ ✩ ✩ ✩ ✩
シンとルルは商店街を歩いていた。
本屋を出てからルルの目がとまったお店やシンが指さしたお店に片っ端から入っていき、あまり買ってはいないものの、いろんなものを見てきたのである。
なお、実際はシンはすべて領主の館の方向を指さしていたのだが、ルルは移動しながら聞くため毎回違うお店を示すことになり、ルルがシンの真意を知ることはなかった。
商店街には食品店や服飾店、武器屋、本屋をはじめとするその他各種専門店までいろんなお店が展開しており、とても充実していた。
中には当然似たようなお店もあったが、お店ごとに特徴があり、それはそれで楽しめたのであった。
「さあ、次はどこのお店に行こっか」
シンはたとえどれほど自分の興味を惹かれるものに出会ってもあまり自分の感情を表現しない。
それに対し、ルルは自分の好きなように街を見て回ることができ非常に楽しんでいた。
ハンデル商会でもいろんな物を取り扱っているが、メインとなる商品は食品である。
そのため、専門店なんかにはルルから見ても珍しいものがあったりするのだ。
因みに、既に各地を渡り歩いてきたブレイからしてみたらそこまで珍しいものはなかったりする。
閑話休題。
満足そうな笑みを浮かべながらルルが尋ねると、シンがある方向を指さす。
だがその方向にはお店は建っておらず、細く薄暗い道が続いていた。
「そっちに何かあるの?」
ルルが尋ねると、シンは頷く。
「ふーん。じゃあ行ってみよっか」
ルルは特に気にした様子もなくシンの手を引いていく。
いろんなお店を巡りながら、商店街の端の方まで来ていたため、一本裏に入るとさっきまであった活気がなくなりグッと雰囲気が暗くなる。
さらに奥まで進んでいくと、通りからの喧騒も聞こえなくなり、辺りもどんどん暗くなっていく。
廃れた建物が目に付き、時折吹く風が不気味な音を奏でる。
「ね、ねぇ、こっちに何があるの?」
ルルが不安そうに尋ねる。
周囲の不気味な雰囲気に当てられ商店街を楽しんでいた時の気分は既に抜けていた。
ルルは今まで一人で買い物に行くことはなく、どの街にもある裏通りについても詳しくは聞かされていなかった。
対して、シンは裏通りのことなど全く知らず(そもそもスラムという裏通りに接した場所で暮らしていた)、当初の目的地である領主の館は道なりに進んでいる間に方向が変わっている為、首を傾げるだけだった。
「じゃあ戻ろ。何か怖いよ」
ルルが戻ることを提案する。
シンが頷くと、ルルが手を引いて、今来た道を戻ろうとする。
しかし、後ろでは如何にも悪そうな人達がお店から出てきて道を塞ぐかのように屯していた。
それを目にしたルルは戻るのをためらう。
周りは進むにつれて廃れていき、戻ろうにも後ろには怖そうな人たちがたくさんいる。
どうしたらいいかわからなくなり、その場で立ち往生するルルに屯していた男たちの中から何人かが近寄ってきて声をかける。
「へっへっへ。お嬢ちゃん達、こんなところで何してんだ」
「こんな裏路地の奥まで来ると危ないよ」
声をかけてきた男達は、さっきまで酒を飲んでいた様で、高揚した様子が見受けられる。
大人の男達に囲まれたシンとルルだが、ルルは完全に怯えて委縮しているのに対して、シンは男達の酒臭さと高圧的な態度に僅かな苛立ちを覚えていた。
男達はルルの怯えた様子を見て困ったような顔をしながら、その距離を詰めてくる。
後ろで屯していた他の男達は特にこちらを気にした様子もない。
「や、やぁ、来ないで」
ルルは近寄ってくる男達に怯え、弱々しく声を出す。
しかし、男達はそれを気にせず詰め寄り
「そんな事言ってないで、一緒に行こうか」
おもむろに手を伸ばしてくる。
逃げようにも既に取り囲まれているため、逃げ場はほとんどなかった。
その手がルルに届こうとした時、ルルが魔法を唱える。
「『身体強化』」
ルルが唯一使える魔法だ。
だが、魔法は発動しなかった。
ひどく怯えているため魔力制御が出来ていないのだ。
また、体を動かしながら使おうとしたのも悪く影響していた。
今まで、ルルは止まった状態で集中してから魔法を発動させる事しかしてこなかった。
そもそも、ルルが魔法を使うような状況はそうそう起きることがなく、身の危険が伴う案件は数日前のゴブリンの森での一件が初めてである。
しかし、ゴブリンの森ではルルは冒険者が守っている内に魔法を発動させた為、実際、体を動かしながら魔法を使った事はないのであった。
ルルは魔法が発動しなかったことで更に混乱した。
今まで使えていた魔法が急に使えなくなったと錯覚したのだ。
同時に男に腕を掴まれる。
「うぃー、さぁ行こうか」
「あっ、いや! 放して!」
ルルが反射的に叫ぶが、男はルルの腕を引き寄せる。
「痛っ」
「おっと、ごめんよ」
体を捻った状態で無理矢理引っ張られたルルは腕に痛みを感じ、声を漏らす。
だが、男はルルの体を完全に引き寄せる事は出来なかった。
なぜなら、もう一方の手をシンと繋いでいたからだ。
そう、今までシンはルルと手を繋いだまま突っ立っていただけだった。
ルルと手を繋いでいるものの、シンは全く身動きを取らず、その様子はまるで置物の様だった。
そのため、ルルが痛みを感じた腕は引っ張られた腕だけではなかった。
「ほら、小僧も行くぞ」
ルルの手を掴んでいる男がシンに声をかけて移動を促すが、シンは動く気配すらない。
「あ? 何だ? この子全く動かねえな」
「お前があんまりにも恐い顔してっからびっくりして気絶しちまったんじゃねえの」
ルルの腕を掴んでいる男が困り顔でシンの様子を伺っていると、他の男がからかう。すると周りの男達は声を上げて笑う。
「チッ、しょうがねえ。担いでいくか」
ルルの腕を掴んでいる男は明らかに不満そうな表情を浮かべ、舌打ちをするとルルの手を放し、シンを抱き上げようと手を伸ばす。
「っ……シン!」
思わずルルが声をかけるが、それでも動く様子は見られない。
そして、男の手がシンに触れた瞬間、
「ガッ」
男は短い叫び声を上げると、気絶してその場に倒れ込んだ。
ルルは突然の出来事に困惑する。
いや、困惑しているのはルルだけではない。
周りの男達も何が起きたのかわからず困惑していた。
だが、明らかにシンに何らかの要因があることだけは理解できた。
「わぁお、一撃かよ」
「ひゅー、俺らより強いんじゃね」
「ははっ、声かけるだけ無駄だったってか」
酒を飲んで高陽していた男達は酔いが醒めたのか冷静に状況を判断し倒れた男を引きずって連れていく。
「お~い、シン?」
周りの恐怖が去ったルルは、シンの目の前で手を振りながら呼びかける。
すると、シンがルルの方に顔を向ける。
「……何?」
「え? あ、いや、あの、えっと……。」
シンが反応するとは思っていなかった為言葉に詰まる。
「何の騒ぎだ! こりゃあ!」
すると背後から大きな声が聞こえる。
「あ、リーダー。実はかくかくしかじかなんですよ」
すると遠巻きに見ていた男の一人が事情を説明する。
説明を聞き終えたリーダーは嫌そうな顔と面倒くさそうな顔をし、最後に興味深そうな視線をシンに向ける。
「あ~、ぼうず、それとお嬢ちゃん、うちのバカどもが迷惑をかけたみたいで悪かったな。まぁ、ちょっと酒を飲みすぎたみたいでな、お詫びつっちゃあなんだが、これでも受け取ってくれ。あんたらが大人になったときにでも使ってくれりゃあいい。あと、うちの連中に悪い奴はいないはずだが、バカどもに絡まれたくなきゃこんな場所には来ないことだな。 おい! こいつらを表通りまで送ってやれ!」
その男が渡してきたのは一枚の券だった。
「行くぞ。付いて来な」
その後、先程シン達を囲んでいた中で一番不愛想な男に送られ活気ある商店街まで戻ってくるとシンとルルは店に帰ることにしたのだった。
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「あ~、疲れた~」
一度店に戻ったシンとルルはブレイと共に宿に来ていた。
ルルは部屋に入るなりベッドに腰かけ、盛大なため息を吐く。
「そんなに歩き回ったのか。街は楽しめたか?」
「え? あ、うん。街は楽しかったよ」
ブレイから注意されていたことを守れず裏路地で怖い目に会ったことは、当然ブレイには話していない。
貰った券についてはシンが持っている。
「そうか、それは良かった。明日は仕事だからな。今日はしっかり休んで明日に備えろよ」
ブレイは特に何をしていたかは聞かず、書類を広げ始めていた。
「は~い」
既に作業を始めているブレイの背に返事を返すとルルは立ち上がり宿にあるお風呂に向かう。
この宿はヴァルキを出る前にブレイがここの店長に連絡を入れて取っておいてもらったのだ。
この世界では、旅人用の宿がほとんどなく、どこも高価である。
しかし、その分設備やサービスは充実している。
特に、水と光である。
これは、シンが領主の館にたどり着いたら記載しようと思っていたが、
各町に一つある、水を生み出す魔道具と光を生み出す魔道具は、どの町でも領主の館の内部か周辺に置かれている。
だが、これらの魔道具は何もないところから水と光を生み出しているわけではない。
冒険者が毎日集める魔石の魔力を元にしているのである。
つまり、その生み出せる総量は冒険者達が集めてきた魔石の数に比例するといってもいい。
上限が決まっているため、一般の家ではきちんと税を納めても使える量が決まっているが、この宿では、追加でお金を払うことでその量を増やしているのである。
その分また宿泊費が高くなっているがそうでもしないと宿はやっていけないのである。
ちなみに、安い宿もあったりするが、そういうとこに泊まっている連中はスラム落ち直前のような者である。
そういうわけで、この宿には風呂が付いているのだった。
「あ、そうだ、シンもお風呂行く?」
思い出したように振り返ると、既にベッドで横になってスヤスヤと寝息をたてているシンの姿があった。
その様子に自然と口元に笑みを浮かべる。
「お前どんだけ連れ回したんだよ」
ブレイは顔を上げ苦笑していた。
ルルは乾いた笑いを返すと、そっとそのドアを閉めていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌朝
シンがいつもの時間に目を覚ますと、隣でルルが健やかな寝息をたてていた。
その向こうでは、ブレイもまだ眠っていた。
シンはまともな生活を求めてルル達と行動を共にすることにした為、ルルやブレイのやることがないと特にやることがない。
やりたいことがないわけではない。
シンはスラムで暮らしていた六年を経て衣食住の重要さと、それを揃えることの大変さを理解しているのだ。
シンは体を起こすと二人が起きるのをジッと待つ。
しばらくすると、二人とも目を覚まし、朝食を取りに行く。
今日は他の商人は一日休日となっている。
ブレイは次の街までの護衛を頼む冒険者を選定しに冒険者ギルドにいかなければならない。
ルルはその手順や様子を見学に、シンはルルに付き添って行くことになっている。
その様子はここでは割愛させてもらうとしよう。
午後には出立の準備をし、翌日朝早くに街を出たのであった。




