もう一人の魔導師
新魔道暦九九二年
シンが生まれた地を追放され、商人と行動を共にするようになってから二年の月日が経過していた。
シン、現在八歳。ルル、現在十二歳。
あれから、いくつもの街に寄り、いろんなものを見てきた。
道中、ブレイは極力シンの魔導師としての力を頼らないようにしていた。
それどころか、シンをルルとほとんど同じように、家族のように接してきた。
また、シンとルルはほとんど四六時中一緒にいたため、シンはルルを姉のように慕っていたし、ルルもシンを弟のように感じていた。その絆は一緒に育ったヴェルマやシャルマに対するものと比べても勝らずとも劣らないものだ。
シンは旅の間、よく商人達と会話をし、少しばかり明るい性格になっていた。
さらに、シンは時折冒険者達と一緒に魔物と戦い、魔法についての研究を自己流で行っていた。
少なくとも、シンの使うあの本に書かれていた魔法と冒険者が使う魔法が完全に別のものであることくらいは理解していた。
その中で、魔術師から術式や呪文について学び、冒険者が使う魔法に関するいろんな知識や技術も身に付け、今では冒険者の魔法の改良点をしてきしてやることができるまでになっていた。
ただ、唯一ブレイが携帯している魔道具だけは強力な隠蔽魔法と封印魔法がかけられていて、まだ魔法についていろいろ確認している段階のシンには全く仕組みがわからなかった。
ブレイは商会を立ち上げた時の記念に友人から貰ったと言っていたが、これはまた別の話。
そうこうしながら、一行はヤツバに来ていた。
旧ヴァルキ王国の辺境にして、現ヴァハラ帝国の辺境に位置する街。
ここより北は人間の手の入っていない大森林と、大陸に刻まれた壁のようにそびえる巨大な山脈が連なっている。
また、西に向かえばすぐに国境が見えてくる。
一行は街に入ると支店に向かう。
冒険者達とはここでお別れである。
この辺境では、ヴァルキ周辺と比べて出てくる魔物が強い。
そのため、ここの冒険者の実力はランクが示す実力より高い。
実際、前の街からここまで護衛で雇っていた冒険者達は皆ランクCだが、シンの見立てでは一番弱い者でもいつぞやの“水乱舞”のメンバーよりも強い。
なにより、全員二属性以上の魔法を使えるのだ。それも、シンが指摘する余地がないくらいには完璧に使いこなしている。
そうして支店に到着すると、ブレイが指示をだし、他の皆がそれに従って動く。
いつもの、もはや見慣れた光景だ。店の入り口には‟ハンデル商会”と書かれた看板があるのもお馴染みの光景である。
ただ、この街の支店はヴァルキにあった支店をやや上回るくらい大きかった。
「大きいね」
「ん? ああ、ここは記念すべき初号店だからな。二回くらい改築して結構でかくなったんだ」
シンの呟きを耳にしたブレイが答える。
ルルは自主的に荷物の整理を手伝う。シンはルルの手伝いだ。
ルルはまだ、商人としての仕事を学んでいる最中である。
基本的には他の人の手伝いをして、商人の下っ端の仕事から会長の仕事まで少しずつ幅広く覚えていく。よってシンがやることも多くはない。
「さて、じゃあイプラさん、後は任せる」
あらかた片付いたところで、ブレイがイプラに時空袋を渡していた。
シンは数日前に聞いたのだが、この街でブレイとルルは商隊から離脱するのである。
当然シンはルルについていく。
この店で、店舗経営についてルルに学ばせることが主な目的らしい。
このヤツバ本店は全大陸各地に存在するすべての店舗の中でも三番目に繁盛しているらしい。
その理由は主にここが辺境だからである。
辺境であるため、街の周辺にいる魔物が強いのだ。
従って、他の街に比べて冒険者や警備兵になる者が多い。
それは、農民になる者が少ないということになるが、そもそも街壁の外は魔物の襲撃が多いため他の街と比べて農地が狭い。
その分、魔物の肉がたくさん手に入る。しかも、そのお肉は美味しい物が多い。
つまり、ここヤツバは他の街と逆で、穀物が高く売れ、肉が安く手に入る地となっている。
加えて、ハンデル商会はその肉を腐らせることなく遠くまで運べる。
よって、ハンデル商会にとって、ここは利益の地なのだ。
また、ハンデル商会の抱える数少ない商隊が頻繁に通り、中には燐国であるヴィシュ帝国の商品を運び込む隊もある。
ブレイの予定では数年はこの街に留まるらしい。
✩ ✩ ✩ ✩ ✩
三日後の朝、イプラ率いる商隊はヤツバを出立した。
それを見送り、一度宿に戻ると、ブレイはおもむろにルルとシンに声をかける。
「あー、二人とも、特にシン、今から会わせたい奴がいるんだ。ちょっとついて来てくれ」
そう言ってブレイはスタスタと歩いていく。
特に断る理由もないため二人はブレイの後を追う。
宿を出て、商店街通りを通り過ぎ、住宅街に差し掛かる。
何度か道を折れ、次第に周囲に廃れた建物が増えていき、薄暗く陰気臭い空気が広がる。
ルルは、以前立ち寄った街での一件を思い出しブレイに声をかける。
「ね、ねぇ、お父さん。どこまで行くの?」
「もう少しだ」
しかし、ブレイに説明する気はないのか、歩みを止める様子は見られない。
だが、その数分後、不意にブレイが足を止めた。
そして、周囲を見回したかと思うと、周辺の建物と比べて明らかにきれいで浮いている小屋めがけて真っ直ぐ進む。
家と呼ぶことが憚られるような建物が並んでいる中で、唯一家と呼べそうなきれいな建物が建っている様子は明らかに異彩を放っているが、一見何の違和感も抱かせないその建物には明らかに隠蔽魔法がかけられていた。
ブレイはその建物の前に立つときちんと作られたドアを叩く。
しばらくするとドアが開く。
しかし、そこには誰の姿もない。
「え?」
勝手に開いたドアに対してルルが驚きの声をあげる。
因みにシンは魔力の流れを感じ取っているため特に驚くことはなかった。
「大丈夫だ。ここには俺の友人が住んでいるんだ。さぁ、入る許可も下りたし、行くか」
ブレイはさっきまではこの高度な隠蔽魔法のかけられた家をみつけるため、ルルの様子を窺う余裕がなかったが、きちんと見つけれてようやくルルに声をかけれた。
三人がドアをくぐると今度は勝手にドアが閉まる。
再びルルが驚きの声を上げ、振り返る。
その間に一人の男が三人の前に突現出現する。
ブレイはドアが勝手に開閉するのは当然のことのように受け流し、男の出現も知っていたため全く驚かない。
シンはドアについては魔力の流れが見えていたため驚かなかったが、男の出現には、いつもでは考えられないほど驚きが顔に出ていた。
ルルは再三驚き、ついに声を出せなくなり、口を開けたり閉めたりしていた。
「よう、よく来たな」
「久しぶりだな、エランド」
ブレイとその男、エランドは数年ぶりの再会に握手を交わし、拳をぶつける。
その様子を見て、ルルは落ち着きを取り戻し、シンはいつもの無表情に戻っていった。
隣の部屋に移動しながらシンはブレイの友人であるエランドのことを興味深そうに見ていた。
(全く魔力が感じ取れない。この人は本当に人間だろうか……あるいはもしかして……)
考えながらもルルに手を引かれて移動し、ルルが座った隣に座る。
「さて、早速だが、こっちが俺の娘、ルルだ。そんで、こっちはここに来る途中であったシンだ。もう気づいてると思うが、魔導師だ」
「は、初めまして」
「……どうも」
ブレイの紹介を受け、ルルとシンはお辞儀する。
「そんで、ルル、シン、こっちは俺の昔からの友人で、エランドだ。シンは気づいてるかもしれないが、こいつも魔導師だ」
「二人とも、よろしくな」
こちらもブレイの紹介に続いて挨拶をする。
ニカッっと歯を見せて笑った感じの明るい感じがどこか抜けている雰囲気を醸し出していた。
シンはエランドからただ者ではないという感覚とどこか頼りない感覚を抱いていた。
実際、エランドは魔導師としてほぼ頂点に君臨しているが、ときどき考え足らずなところがあるのだった。
「それでだな。お前にちょっと頼みがあってな」
「おう、いいぞ」
ブレイが頼みを言う前に承諾する。
「お前ならそう言ったくれると思ってたよ。それじゃあ、シンを頼むな。たまにルルも寄こすかもしれないから、その時はよろしくな」
早すぎるエランドの承諾にブレイは苦笑し、頼みの内容を告げる。
頼みの内容を聞いて、エランドは、じーーーっとシンを見据えていくつか質問する。
「お前、歳はいくつだ?」
「八歳」
「今までで何回くらい魔法を使った?」
「たくさん回」
「よし、試しに簡単な魔法を使ってみろ」
エランドにそう言われ、シンは両手を前に突き出すと、魔力を動かす。
風で球状の幕を作り上げ、その中に極小の水滴を生み出す。一つ一つの水滴は霧状になっており、決して視認できるようなものではない。その一粒一粒を生み出すと同時に凍らせる。それは、本来ならばダイヤモンドダストとなり幻想的な景色を作り上げるはずだ。しかし、その幻想的な細氷はそこに光が当たる前に爆発する。だが、その爆発が周囲に与えた影響は一切ない。生じた光は直接見ても目を傷めることはなく、風圧は幕の外に漏れることはなく、熱や音すら相殺しきる。
この一連の魔術を一瞬にして同時に発動させたその光景は、幕の中で目を傷めない程度の光が発生したという結果に終わる。
見たとおりにしか受け取ることができないルルとブレイはシンどんな魔法を使ったのか分からず、不思議そうな顔でシンを見る。
対するエランドはシンが使った魔術を見て、目を丸くして驚いていた。
「お前、……何だそれは?」
「エランド? どうした?」
ブレイは何故エランドが驚いているのか分からず、尚且つ、魔導師として博識なエランドが驚くといった事態に思わず訊ねる。
「あぁ、うーーーん。なんつーか、あぁー! 説明すんのめんどくせーから説明しなくていいか? つーか俺もよくわからん」
エランドはひとしきり唸った後、説明するのを放棄する。
シンは今まで疑問だったシンの使う魔術と一般的に広まっている魔法の違いが聞けるかと期待していた分、少し沈んだ表情になる。
「お前、今のどうやったんだ? 世界に干渉する魔法陣が無かったが……って、その様子じゃお前も分かってなさそうだな。……よし! 研究するか!」
「お、おう。それじゃあ、俺らはここらで退散するとするか。街にいる間はよろしく頼むな。シン、店の場所と宿の場所は分かるな? 日中は店、夜は宿に居るから手が空いたら顔を出せよ」
エランドはシンを担いで家の奥へと向かう。
ブレイはその背中に声を投げかけるが、おそらく聞いていないだろう。だが、ブレイは気にした様子もなく、ルルに帰るように促し、家を出る。シンは手を振っていたから問題はないはずだ。
「もういいの?」
「あぁ、ああなると長いんだよ、あいつは。話も聞かなくなるしな。三人用の部屋を取ったけど、シンはしばらく帰ってこないだろうな」
そんなぼやきを聞きながら、ルルはブレイの後について商会の本店に向かう。
まだ日は高く、これから商人として様々な勉強をしていかなければならないのだ。




