特訓
エランドに担がれたシンは家の一番奥の部屋に来ていた。
そこには数々の魔道具や魔本が部屋のあちこちに飾ってあり、じっくり見ていると一種の法則性があることが窺えた。
その膨大な数の魔道具や魔本に目を奪われていると、エランドがシンを下に下ろす。
「シン、何か気づいたか?」
「魔法陣?」
シンが答えるとエランドは感心した様子で首肯する。
「正解だ。なんだ、普通の魔法も十分できるのな」
そう言いながらエランドは部屋の中心辺りの床に触れる。
するとエランドが触れた部分に穴が開き、下に続く螺旋階段があった。
「じゃ、行くか。あ、横や上には触らないようにしてくれよ」
エランドに続いて階段を下りていく。
横や上部にはよく分からない模様や文字が刻まれていて、刻まれた部分が光っていた。これも何らかの魔法陣なのだろう。
五分ほど階段を下りていくと、ドアがあった。
エランドがドアを開くと、そこから強い光が漏れ、そこには、果てしなく続く青空と、遠くに見える巨大な木、それと自然がそのまま形を変えたような建物が広がっていた。
「ここは?」
「ここは俺が創った世界だ」
「創った?」
「ま、詳しい話はその内してやるよ。それより先にお前の使ってる魔法の仕組みを調べようぜ」
そう言うとエランドは真っ直ぐ、広がる自然の景色の中で一際目立つ超巨大樹を目指して歩いて行く。
巨大樹の麓には一軒の立派な家が建っていた。
しかし、エランドは中に入ることなく、シンの方に振り返る。
「さて、早速だがやるか。まずお前の使う魔法をもう一回見せてくれ。今度はシンプルな奴な」
言われるがままにシンは魔術を発動させる。
するとシンの手元に手のひらサイズの水球が発生する。
エランドはその現象をまじまじと見つめ、
「うーーーん。やはり呪文も魔法陣も術式もないな。現象としては単純に水球を出しただけで、魔法でも同じことは容易だ。だがそもそも魔法は術式を世界が読み取ることで発動するものの筈だ。世界の方に決められた値がある時点で術式なしには事象を起こすこと自体不可能なはずだが……」
ぶつぶつと呟きながら思考の海へと沈んでいく。
シンはその呟きを半分聞き流しながら、創り出した水球を操り、縦横無尽に動かして遊んでいる。
それを見たエランドはシンに疑問を飛ばす。
「お前、それはいつまで制御下にあるんだ?」
「ん? 制御するのを辞めるまで、かな」
急に質問されたため、少し反応に遅れたが、すぐに答えを返す。
「それも術式はいらないのか?」
「うん。魔力制御だけで出来るよ」
「魔力制御ねぇ……」
またエランドが何かを考え込んでいく。
そこで、ぐぅぅぅ~~、とシンのお腹がなった。
「ねぇ、ご飯は? 僕お腹空いたよ」
「ん? ああ、そうか。もうそんな時間か。じゃあ飯にするか」
シンが空腹を訴えると、エランドは考え込むのを止め、家の中へ向かう。
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昼食を摂ってから、二人は再び家の前に出ていた。
「さて、そんじゃ、俺が使える魔術を見せてやるよ」
そう言ってエランドは真面目な顔になり、構えを取る。
すると、エランドの体内から魔力が溢れてて、その肉体に纏わり、なおも溢れる魔力が界力を叩く。シンが使っている身体強化とは完全に別次元。単純な身体能力向上と肉体の強化だけに留まらず、保有魔力の増加、溢れ出る魔力による空間への干渉など、強い迫力を感じ取っていた。
「ふぅ……。どうだ? 俺の魔術は。体内の魔力を強引に肉体に纏わせるから結構疲れるしめんどいが効果は見ての通りだ。魔法で真似するのは無理だろ」
「うん。僕も身体強化は出来るけど今のとは完全に別物だね。僕が使う身体強化の魔術は魔法で真似できるものだから」
「なに? 今のは身体強化の魔術とは別物なのか?」
そこでシンは身体強化の魔術を使って見せる。
単純に身体能力上昇と肉体強化だけである。エランドの見せた魔力が溢れ出るようなこともなく、体内で魔力が巡っているだけだ。
「あぁん? 確かに俺のとは別物だな。つうか、魔力が巡っているようにしか見えねえんだが? それなら俺でもできるぞ」
そう言ってエランドもシンと同じ魔力の動きを再現して見せるが、魔力が動くだけで何も発動しない。
「イメージが大事だって書いてあったよ?」
エランドが首をかしげているとシンが本に書いてあったことを伝える。
だが、結局エランドは身体強化の魔術を使えなかった。
「まぁいいか。個人差があんだろうな。俺にはこの……身体強化じゃないなら、俺のこの魔術はなんなんだ?」
「身体能力だけじゃなくて魔力の増加とかも起こってたから、存在強化ってとこじゃない?」
「そうか。……存在強化ね。悪くないな」
「ねぇ、その魔力の増加はどうやってるの?」
「さあな。やったらできたって感じだからな。よくわからん」
シンが訊ねるが、エランドも自分の魔術の仕組みはよく分からない様だった。
「ま、互いの魔術の習得とその仕組みの解析が目先の目標だな。間の息抜きとしてお前が知らない魔法や魔法陣の使い方なんかを教えてやるよ。この世界についてとかもな」
こうしてシン(とエランド)の魔術習得の特訓が始まるのだった。
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エランドの創ったというこの世界だが、エランドの説明によれば、空間魔法と世界魔法と呼ばれる魔法を術式化して組み合わせることで作り上げたもので、高度な隠蔽魔法を術式化したものを重ね掛けして隠しているらしい。
空間魔法とは、その名の通り空間に関する魔法だ。
その主な分類は二つあり、一つは空間を座標として認識して、ある点から離れた点に干渉するものであり、もう一つは空間を点として捉え、一つの点そのものに干渉するものだ。
世界魔法とは、エランドがオリジナルで編み出し、確立させた魔法であり、この世で使えるのはエランドともう一人しかいない。
その効果は世界中の界力が示す、自然の摂理を完全に変更するというものだ。
本来魔法とは自らの魔力を用いて構築した術式を界力が読み込み、そこの物理的、科学的、生物的現象を書き換えるというものである。
しかし、界力には読み込んだ術式を発動させる前の基準術式が存在し、術式への魔力供給が無くなった時点で基準への再書き換えが行われる。
例えば、ある地点Aに火を発生させるように術式を書いたとする。その時に、その地点Aに発生した火は術式への魔力供給が無くなった時点で消える。
ここで、エランドは再書き換えの事実を発見し、その力に干渉する魔法を世界魔法として確立させたのだ。
だが、同時に、自然の摂理を完全に変えてしまうこの世界魔法は使うことが危ぶまれる。
上記の例に世界魔法を使うと、火は発生させる術式がその空間に残り続ける、ということになる。つまり、その術式の示すとおりに火が存在し続けるわけだ。
風が吹く、物が落ちる、水が蒸発する、などといったことと同じ基準で火が存在するわけだ。それがどれだけ異常な事であるかは容易に理解できるだろう。
故にエランドは空間魔法と組み合わせることで効果範囲を閉じ込め、切り離し、安定させたのである。
この世界には人の姿をしながら獣の部位を持ち合わせている獣人が居たり、低い身長とは裏腹に強い力を持つドワーフが居たり、尖った耳が特徴の魔力を多く持つエルフが居たりする。
外の世界では人族から異人と呼ばれ迫害されており、その多くは人の立ち入らない森の奥や山奥で暮らしている。
なぜエランドが創ったこの世界に彼らがいるのかはまた別の御話である。