47話 霊体
『あれ、なんか俺透けてる? というかここはどこだ? 俺何してたっけ? そもそも俺は誰だ?』
ダニエルの幽霊は急な展開にあわてている。
本来幽霊は人に恐怖を与える対象だが、おろおろしている姿はとても恐怖を感じることは無い。
「ダニエルですの?」
『ダニエル? そういえば俺はそんな名前だった気がする、君は……」
「私は『ああ、リアちゃんか。2年ぶりくらい?』
「私が分かりますの?」
『そりゃ見れば分かるよ。髪が伸びたのと大人っぽくなったくらいしか変わってないよ』
リアは驚いていた。
自分の名前を良く分かっていない様子であったダニエルが自分のことを覚えていてくれたからである。
「はい、久しぶりですわね」
『いやあ、俺死んでるんだよね? 何でここにいるのかな? あ、幽霊か! 見たことあるし』
「変わっていませんわね。自分が幽霊になっているのに状況に慣れるのが早すぎではございませんこと?」
『あれれ? 何で泣いてるの? なんか悪いこと言った?』
「いいえ、こういった形とはいえ、またダニエルとお話できることがうれしくて仕方ないのですわ」
『俺も驚いてるよ』
「彼の力ですわ、ダニエルには紹介しておきたいと思っておりましたわ」
多少雑談を挟んだ後、ダニエルにリアムを紹介した。
『やぁはじめまして、幽霊のダニエルです。君が今のリアの旦那さんなんだってね。いい子でしょ。頭もいいし、2年経って見た目もすごく美人になってさ。当時はまだ子供の約束だったけど、リアと将来を誓い合う中だったなんて驚きだよ。リア? 今は幸せかい?』
「はい、つらいこともありますけど、マリジアの皆はよくしてくれてますわ」
『マリジア? ああ、じゃあやっぱりシニジアを追い出されたんだね、あの後に』
「はい……」
『じゃあここはマリジアなのかい?』
「ラムザですから元マリジア領ですわね。今はシニジアの領地ですわ」
『ん? どういうことかな? シニジアを追い出されたリアちゃんが、マリジアで結婚して、元マリジアの領地で今はシニジアの領地のラムザにリアちゃんがいるのはおかしくない? 言ってて良くわかんなくなっちゃった』
自分の言った言葉に自分で混乱するというよく分からないことにダニエルがなっていた。
「リア、時間がそろそろ厳しい。用件をすませてくれないか?」
「あら、申し訳ありませんでした」
ダニエルと話す時間はとても楽しく、本来の目的を忘れて会話に花を咲かせすぎていた。
『幽霊に時間制限とかあるの? まぁそうだよね。ずっといたらおかしいもんね』
「ダニエル、今回は無理に幽霊として呼び出して申し訳ありませんでした。でもどうしても聞いておきたい事がありましたの』
『ん? 何かな?』
「あの時、ダニエルが……、お母様に死刑にさせたられた時のことですわ」
『……、うん』
さすがのダニエルもここは真剣な表情になる。
「あの時ダニエルは一切の抵抗なく刑を受けておりました。私はあなたの死が原因で約1年目が見えなくなるほどのショックを受けました。そして奴隷身分にまで落ちました」
『そんなことに……、ひどすぎるね』
「その後リアム様に助けていただいて、今は不自由ない生活を送っております。そして、先日にあなたが生きておられるとシニジアに呼ばれました」
『俺は死んでるよ』
「ジョシュアという人間があなたを生き返らせていたのですが、記憶に無いんですか?」
ここでリアムがはじめて口を挟む。
「ええ、俺はリアムさんに今幽霊として生き返らせていただくまでは、一切の記憶がないです」
「なるほど……、ごめんリア、話を止めちゃって」
「いいえ、かまいませんわ。それでようやく今になってあなたがどのような思いで死んでいったのか、それだけが知りたくて……、とても無念だったでしょう」
『んー、まぁ死にたくは無かったけど、リアちゃんが取り乱してるのを見て、リアちゃんを安心させてあげたくなったら、いつのまにかあんな感じになっちゃったっていうかな?』
「私の……?」
リアは驚くしかなかった。
死を直前にして、人の心配をするなど王族として誇りを持っている彼女でもできない。
「ダニエル……、自分が危ない時に人の心配をしてどうしますの……、でもそんなあなたですから私は……」
『まぁ、抵抗しても無駄っぽいかなって思ったら、そうなっちゃっただけだし。リアちゃんと会って毎日過ごせて、好きになってもらってすごく楽しかったからさ。もし自分のせいで俺が死んだと思ってるんなら気にしないでいいんだよ。今リアちゃんが幸せそうで俺もすごく安心した」
「ありがとうございますですわ」
『さっきよりなんか意識がぼやけてきたな……、リアムさん、これがタイムリミットってやつかな?』
「そうですよ」
『ありがとうございました。後、リアちゃんのことお願いしますね』
「心配しなくて大丈夫だ」
『じゃあリアちゃん。さよなら、会えて本当にうれしかったよ。俺もリアちゃんに気にしないでいいってずっと言いたかったんだと思う。だから幽霊で出てこれたんだ』
「私のほうこそ本当にありがとうですわ、さようなら……」
『うん、幸せにね』
その言葉を最後にダニエルの姿は見えなくなった。
リアは涙を流していたが、話したいことが話せたことで流す安心の涙であることは分かっていたので、それが落ち着くまでリアムはそっと待っていた。