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第六話:予測不能なマルチタスク

 披露宴の合間、父さんに連れられてマーカス将軍の元へ挨拶に行った時のことだ。


「ガッハッハ! ブルック、こいつが噂の末っ子か。いい面構えをしておるな! ジオ、これが俺の自慢の孫、アリアナだ。仲良くしてやってくれ!」


「アリアナです。よろしく……ね」


 将軍マーカスが、丸太のような腕で俺の肩を叩く。侯爵という高位にありながら、少しも偉ぶらないその態度は、まさに「現場主義のリーダー」といった風格だ。


 将軍の隣で、アリアナは顔を赤くしてそっぽを向いていた。


 だが、俺が「よろしく、アリアナ。さっきはジュース、ごめんね」と笑いかけると、彼女はなぜか雷に打たれたような顔で硬直した。


(解析不能な反応だが……まあ、将軍の孫娘とのコネクションは確保した。これでいい)


 そう思って一人テラスで休んでいたのだが、スリープモードはすぐに解除されることになった。


「ジオ・グラフィ。逃げても無駄よ」


 モネだ。


 彼女は翡翠色の瞳を鋭く光らせ、詰め寄ってきた。


 至近距離。エルフ特有の知的な圧力が、俺の心理的な境界線を土足で踏み越えてくる。


「さっきのテーブルの図。あれ、五属性の力の方向性を意図的に歪ませていたわね。既存の理論では説明がつかない。あなた、何を隠しているの? 根拠を教えなさい」


(マズい。この子は好奇心の塊だ。理屈で煙に巻こうとしても、それ自体を解析材料にされる。完全にデバッグ対象がデバッガーを逆探知している状態だ)


「あ、あれはただの落書きだよ。モネ、近すぎる……」


 たじろぐ俺の背中が、テラスの手すりに当たる。モネがさらに一歩踏み込んできた、その時だった。


「ちょっと! そこまでよ、泥棒猫!」


 突風のような勢いで、アリアナが俺たちの間に割り込んできた。彼女は俺を背中に隠し、モネを指差して仁王立ちになる。


「何よ、さっきからジオを責め立てて! ジオが困ってるじゃない。さっきから見てれば、弱そうなのをいいことに……! ジオは私が守ってあげなきゃいけないんだから!」


(……弱そう? 俺のことか? まあ、五歳児のガワとしては正解なんだが)


「苛めてなんていないわ。私は真実を共有したいだけ」


「しらばっくれないで! ジオ、大丈夫!? 怖かったわよね、こんな小難しい女。安心して、このアリアナ様がついてるわ!」


 アリアナの瞳には、義務感を超えた「守護対象を見つけた」という、ある種の熱狂が宿っていた。対するモネは、邪魔をされた苛立ちで温度を下げていく。


「……アリアナと言ったかしら。あなたの非論理的な割り込みのせいで、彼の思考が読み取れないわ。どきなさい」


「どくわけないでしょ! この理屈屋!」


(ああ……論理がクラッシュ(崩壊)している。アリアナはお節介な正義感でオーバーヒート中。モネは好奇心が暴走して周囲が見えていない。これは……厄介なデッドロック(処理不能状態)だ)


 二人の口喧嘩がヒートアップし、周囲の招待客もチラホラとこちらを気にし始めた。


 放っておくと、屋敷のセキュリティ(ガル団長)が飛んでくる。


「二人とも、落ち着いて! 喧嘩はやめてよ!」


 俺は「困り果てた五歳児」を全力で演じながら、二人の間に割って入った。左手でアリアナの服の裾をギュッと掴み、右手でモネの袖を引く。


「アリアナ、守ってくれようとして、ありがとう。嬉しいよ。モネ、ごめんね。さっきの図は、また今度……みんなで一緒に考えよう? 難しい話より、今はあっちにある、オリーが作った特別なタルトを食べにいかない?」


 感情を優先するアリアナには「感謝」を。知識を優先するモネには「検討の継続」を。そして共通のタルト(物理報酬)で話を逸らす。


「……ジオがそう言うなら、許してあげるわ。でも、次も私が守るんだからね!」


「……タルト。それも一つの収穫ね。わかったわ、ジオ」


 ようやく二人の電圧が下がった。俺は安堵の息を吐きながら、二人を厨房方面へと誘導する。


(ふぅ……。前世のサーバー障害対応より胃が痛いぞ。だが、これで分かった。この二人は、俺の秘密を共有するには危うすぎるが、同時に、俺を外敵から守る最強のファイアウォールにもなり得るってことだ)


 左右に美少女(変故要因)を連れ歩きながら、俺は心の中で、これからの多難な共同研究生活のログを保存するのだった。

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