第四話:ライブラリの解放と、五属性の壁
三歳の幼児にとって、屋敷で最も情報の密度が高い場所。それは父さんの書斎、ひいてはそこを管理する執事ダスの脳内だ。
俺は「もっとお勉強したい」という、親にとってこれ以上ないほど健全な建前(対外的な理由)を武器に、ダスの執務室を訪れた。
「ダス! ご本、よんで! このせかいのこと、もっとしりたい!」
「……おやおや、ジオ坊ちゃま。その向学心には恐れ入ります。よろしい、公務で多忙な旦那様に代わり、私が講義いたしましょう」
ダスは眼鏡のブリッジを押し上げ、一枚の大きな地図と、王家の系譜が書かれた羊皮紙を広げた。
「我々が住むこの大地は、マグナテラ大陸。そして我らが忠誠を誓うのは、マルコ・フォン・ウィンクルム国王陛下が統治する、歴史あるウィンクルム国です。王家は現在、陛下と王妃フィンブリア様、そして四人のお子様方の計六名で構成されております」
ダスは指先で系譜をなぞる。
「第一王子のオカシオ様、第二王子のノックス様、第一王女のルミナス様、第二王女のミスティカ様。……この方々が、我らウィンクルムの光です」
(ふむ、直系の継承権保持者は四人か。……スペアも含めてシステム構成は標準的だな。周辺諸国との力関係による脆弱性(弱点)がなければいいが)
「この国はどうやって、ごはんを食べているの?」
俺が次に尋ねたのは、国の生存戦略――産業についてだ。
「ウィンクルムは豊かな農地と、北方の山脈から採れる『魔石』の輸出で成り立っています。特に魔石は、街の灯りや暖房の燃料となる、この世界の心臓部と言っても過言ではありません」
(なるほど。農業という第一次産業と、魔石というエネルギー資源の外貨獲得。……なら、その魔石を効率よく使う『技術』こそが、この国の最重要インフラ(基盤)というわけか)
「その『ませき』のちからが、まほうなの?」
自然な流れで、俺は本題であるエネルギーの仕様へと問いを繋げた。
「鋭いですね。魔石は、自然界の魔力が結晶化したもの。我々が使う魔法も、本質は同じです。この世界の理は、大きく分けて火・水・風・土、そして清らかなる聖の五属性に基づいています」
ダスの説明は、まさに前世で遊んだゲームの基本設定そのものだった。 火属性なら攻撃や調理、水や聖属性なら『ヒール(回復)』といった具合だ。
「……五つだけ? ほかにはないの?」 「ありません。これら五つの元素こそが世界の基盤。六つ目の属性など存在しません。それが神が定めたこの世界の『型』なのです」
(……おかしいな。物理的に考えてあり得ないだろ)
俺は脳内で、母さんの魔法を解析した時のデータを参照する。
(火と言っても、それは単なる酸化反応か分子運動の加速だ。だとしたら――)
「ダス、あのね。火のなかに、もっとちっちゃい『なにか』があるとおもうの。あつい火とか、ピカッて光るやつとか…...、ないの?」
俺が口にした未知の概念に、ダスは動きを止め、困ったように眉を下げた。そして、俺の目線に合わせるようにゆっくりと腰を落とした。
「……ジオ坊ちゃま。あなたは本当に聡明だ。ですが、そのお考えは少し、行き過ぎてしまっています」 ダスは大きな手で、俺の頭を優しく撫でた。
「例えば『雷』なら、風と火が重なり合った時に現れる現象。いわば属性同士の『混ざりもの』です。それ自体を独立した属性として細分化しようとするのは、世界の調和を崩しかねない考え方なのですよ」
「でも、お水も『こおり』と『ゆげ』にわけられるし、もっと細かくできるんじゃないかな……?」
「坊ちゃま、いいですか」
ダスは俺の両肩をそっと掴み、静かに諭した。
「理を細かく分けすぎることは、迷いに繋がります。一を二に、二を四に分ければ、いつか世界の美しさが見えなくなってしまう。ジオ坊ちゃまは賢すぎます。今はただ、定められた五つの理を、正しく愛することを学びなさい」
(……チッ。やはり中世レベルの文明観だと、原子や電子の概念は『異端』か。優しく、だが断固として、それ以上先へ行くことを禁じられたな)
「……ごめんなさい。ジオ、わかんないから、きいただけなの」
俺は慌てて「無垢な幼児」のシェルを被り直した。
ダスは「お分かりいただければ良いのです」と微笑み、再び本に目を落としたが、俺の脳内ノートには確信が刻まれていた。
(五属性なんてのは、解像度が低すぎる。この世界の連中が見落としている『属性の細分化』……それこそが、俺がチーフダークホースを、そして現代の科学技術を再現するためのバックドアになるはずだ)
優しく諭されながら、俺の理系魂は、ますますこの世界のデバッグに燃え上がるのであった。




