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なんと、貧乏そうなのにこの山賊たちは手錠を持っていました。なんの抵抗もしていない、か弱い私にすら手錠がされたのです。用心深いというか、なんというか。油断しないというのはいいことですよね。


「お前はここだ」


「うわっ!」


山賊の一人に押されるまま、私は洞窟の奥のようなところに押し込まれました。もしかしてイメージするところの一般的な牢屋ってこんな感じなんですかね。檻はないんですけど、狭い入り口に見張りが居ます。それにしてもまさかルドガーさんと同じところに入れられるとは。アートがよかったような、逆に好都合なような。助けに来てくれますもんね、ときめきですよね。


ここに来る途中、みんなはバラバラに分散して連れていかれました。結託して逃げ出そうとするのを阻止するためでしょうか?


「ロイス様!」


驚いたような、困ったような顔のルドガーさん。妻子持ちの成人男性をこんな目にあわせて申し訳ないです。でも、死にはしないと思うので許してほしい。本当にすみません。


「ルドガーさん。怪我は大丈夫ですか?石投げるなんて酷いですよね。恐ろしいことになりましたねえ」


「なにを呑気(のんき)な……私たちがいながら、こんなことになってしまい本当に申し訳ございません。まさかあそこまでの人数とは……軍人だから大丈夫などと言った手前、情けないばかりです」


仕方ないですよ本当に。多分、あの場にアートとルドガーさんしかいなければ何とかなってたでしょうし。1から100まで全て、我々足手まといのせいですとも。


「いえ全然、ルドガーさんのせいでもアートのせいでもないですよ。ちなみに、ここからどうするとかの策はありますか?」


ルドガーさんだって手錠がつけられてるのでどうしようもない気もするんですが、一応聞いておきます。


「いえ……しかし、私もアーチボルト様も体術は心得ておりますので、夜になったら隙を見てなんとか抜け出せるとは思います。ただ時間が経つと、馬車などをさっさと売り払われてしまう恐れが」


「え?!それは困りますね」


「ええ……それに、馬車に大事なものも積んでいますから……」


妻帯者の言う大事なものって、結構重い感じがします。ここで想像するのは、金持ちなんでしょうし家族写真であるとか、あるいは子供が描いた「おとうさんのにがおえ」とか?思い出の品とかでしょうかねえ?ねっそうですかルドガーさん?


「身分証とか財布が……」


「それは……」


なんか、謎の深読みをしてしまったようでお恥ずかしい。普通になくなると困るものでしたね。


「それは困りますよね……」


私も困るしルドガーさんも困る、みんな困ります。


少し考えましたが、ここは、もうわがままな意地を張っている場合ではありませんね。旅の恥はかき捨てという言葉もありますし。


「ここから出ましょうか、ルドガーさん」


「は、え?い、いや、ですから、今は外に敵も多いですし手錠が……」


そう、そうなんですよね。


私もまさかこんなところでセドリックさんたちに言った〝女の子としては恥ずかしい能力〟をばらすことになるとは思いませんでした。


アートに助けてもらってときめきを感じたりするのも捨てがたい経験ではあるんですけど。馬たちはみんなの相棒であり、心ある生き物ですから。売られては困りますし、荷物を回収してたりしたらまた旅が長引いてしまいます。


いや、しかしここにはアートが居ないので、ルドガーさんを口止めすれば、あるいは全てを内緒のままでおさめることも出来るかもしれません。


「あのですね、それは大丈夫なんですけど……私が今からすることを、アートには言わないでもらいたいんです」


「な、何をなさるつもりで?」


当然ルドガーさんは、何言ってんだコイツって顔で見てきます。


私はルドガーさんと目を合わせたまま、鋼鉄(こうてつ)の手錠を左右に引っ張ると、腕力で引きちぎりました。アートが居ては絶対に出来ない芸当です。ついでに足の(くさり)も手で引きちぎりました。飛び散った鎖の破片が地面に小さい音を立てて転がります。


「……?!」


ルドガーさんが言葉を失ってらっしゃいます。ドン引きです。うーん、今まで人に見せたことなかったので新鮮な反応なんですが、多分これが普通の反応なんでしょうね。私もあんまりに手錠が簡単に壊せたので驚いてますし。


「私、力が強いんです。怪力だなんて女の子としては恥ずかしいので隠して生きてきたんですけど、馬たちが連れて行かれるよりはマシですから」


「力が強いとかいうレベルの話なんですか!?」


力が強いとかいうレベルの話です。考えれば、私の古いご先祖様の醜い男アゼルも、怪力を村の人に利用されてたみたいですしね。変なとこだけ受け継いで嫌なような、今回は役に立ったから良かったような。


「ルドガーさんの手錠も切りましょう。」


「あっちょっ……」


私は座っていたルドガーさんに歩み寄って手錠の左右を掴むと、同じく引きちぎりました。ルドガーさんはより一層、真っ青になっています。ああ、やっぱり。女の子らしくないですよね、でもそんな目で見ないでください。悲しくなってきますから。


「ここの人たち貧乏なんでしょうに、なんで鉄の手錠なんて持ってるんでしょう。それも人数分」


まあ、アートたちがされてるかどうかは分かりませんが。でも、1番暴れそうなアートにつけてないのに私に手錠をつけてるんだとしたら、それは頭が悪いとしか言えません。あるいは縄で縛られているとか?


「ハインは金属加工の発達した街ですから、手錠も製造しています。大方、以前襲った旅行客か何かから奪ったものでしょう」


旅行の記念に手錠を買うなんて、一体なにに使う気なんだか。あ、でも警備隊とかの手錠もハインから買ってるんだとすれば、仕事で運んでた人もいたのかも。


「なるほど。……ルドガーさん、案外冷静ですね。驚いてないんですか?」


「驚いてますよ、当たり前じゃないですか」


「そうですかあ?」


最初は驚いてるみたいでしたけど、結構すぐに元の空気感に戻りました。レオンさんが喋った時もそうでしたよね。驚きはするけど、すぐ慣れるのがルドガーさんのすごいところです。


「しかしまあ、アーチボルト様のお嫁さんですし、こういうこともあるのかなと。アーチボルト様ならギリギリ出来そうですし」


「そ、そうですか」


アート、手錠まで引きちぎれちゃうんですか?あの人、本当に人間なんですか?いや、私に言えたことでもありませんけども。


思い返せばアートに初めて会った日、馬車を追ってくるアートに対して「人間相手にしてはかなり強めのデコピン」を食らわせたのに尻餅ついただけで立ち上がって追いかけてきましたもんね。


人間に攻撃したのは人生でまだ2度目だったので、弱かったかなあ、もうちょっと強くやったほうが良かったかなあ。だとしたら男のくせに弱いなと内心失礼なこと思ってたんですが。


でも、あのデコピンもアート以外にやってたら致命傷だったのかもしれませんね。危ない危ない。


1回目は確か小さい頃、王都のパーティに行った時に何かの理由で男の子の顔面を軽く殴ったら、鼻血を出させてしまったんですよね。その時はなんとか親にもバレなかったんですが、バレてたら厄介者扱いに拍車がかかってたに違いありません。見世物小屋に売り飛ばされてた可能性まであります。


「あっ!あの、もう出るんですか?」


「ええ。ここで待ってても仕方ないでしょう」


どうせやるなら、なにごとも早くです。馬が心配ですしね。さっさと馬を先に死守しましょう。できればレオンさんたちも。善は急げ。


「あの、もう一ついいですか?」


「はい?」


「なんでこんなことを隠してたんですか?」


ええ?女の子としては恥ずかしいからってさっき言ったじゃないですか。なにを言ってるんでしょう、この人は。そんな理由じゃ納得いかないって言いたいんでしょうか?


私が殴ったり蹴ったりしてきた家族に復讐しない理由には、もう一つ理由があったのです。それは、私がスッキリするレベルで父親を殴ったりなんかしたら、殴った場所が吹き飛んで四散するなり骨がボキボキに折れるなり、死ぬなりしてしまうから。


蹴られたり殴られると痛いけど、私から相手にそんなことをしたら人殺しになってしまいますからね。私は平穏主義者で事なかれ主義なのです。


「あなた、自分の奥さんが自分より怪力だったらどう思います?」


「どうって……強いなって思いますけど……」


なんですかその回答は。


「嫌じゃないですか?私、アートにはか弱い女の子だと思っててもらいたいんです。黙っててくれますか?」


「え?!え、ええ。命令であればもちろん……しかし、ロイス様。私は自分の妻が怪力でもそれはそれで好きだと思いますし、アーチボルト様はそんなこと気にする方じゃないと思いますよ」


かぁ〜〜分かってないです、ルドガーさん、全然分かってない。


「私が自分で戦えたらアートが迎えに来る必要なくなるじゃないですか!女としてはこう、かっこよく助けに来ていただきたいというか。これを知られてアートに嫌われるとは思いませんけど、守られたいんですよ私は!普通の女の子なので!」


「普通?そ……そうですね!」


なんというか、童話とかの王子様とかへの憧れみたいなものなんですよね。せっかくあんなかっこよくて自分を好きと言ってくれる男の人が現れたんだし、お姫様側に徹したいというか。


「なに騒いでやがる!」


「あっ!」


「テメーらて、手錠……!ウグッ!!」


私は会話に反応して洞窟に入ってきた見張りの男の腹に、とっさに右拳みぎこぶしを叩き込みました。男は次の言葉を発する間も無く気絶してしまいます。


ああ、つい驚いて強く殴りすぎてしまいました。死んでないといいのですが。……あっ、息はしてますね。でも、道も聞きたかったのに。


「あっ笛だ。これで仲間と連絡とってるんでしょうか?」


笛を吹かれては困るので、私は見張りの男が首から下げていた木彫りの笛を右手で粉々に砕きました。乾いていたので、簡単でした。ほんとですよ。きっと普通の人にもギリギリ壊せる固さでしたとも。


「ロイス様は今までに何人ほど殺しました?私は戦争で50人ほど」


「殺した人数で張り合おうとしないでください!殺したことないですから!」


というか、温厚な妻子持ちのくせにさらっと50人ほど殺してるルドガーさん恐ろしい。有能な帝国の軍人だったわけですから戦争でそのくらい殺してても仕方ないのかもしれませんけど、それにしては随分早く引退したんですね。あっ、公爵様の推薦で護衛になったからか。


「あっそうだ!見張りなんですし、手錠の鍵持ってそうですよね」


「私が探しましょう」


「お願いします」


流石に私が男の人の体をまさぐるのはね。嫁入り前ですから。


手錠の鎖部分は引きちぎりましたが、腕には手錠の腕輪部分が付いたままでした。無理やり叩き壊せないこともないんですけど、ちょっと痛いですからね。人間の体は柔らかいので殴っても痛くないんですけど、岩とか金属はちょっと……


「ありました!先にロイス様の手錠を解きましょう」


「ありがとうございます」


ガチャガチャ。なんだか慣れない手つきでルドガーさんが私の手錠を外してくれました。私は手首をブンブン振って伸びをします。実質のところ手錠されていた時間は20分に満たなかったわけですが、なんとなく開放感がありますね。


そうして、今度はルドガーさんを先頭にして私たちは洞窟から出ました。


あたりは薄暗い森が広がっていて、どちらに何がいるのか全く判断は出来ません。近くに他の見張りだっているのかもしれませんでした。そこまで警戒する必要はないのかもしれませんが、念には念をです。


「本当に今のことアートには言わないでくださいよ。言ったらタダじゃすみませんからね」


「分かってますよ!息をするように脅さないでください!」


ヘンテコなペアでの、馬と人質、奪還作戦がはじまったのでした。



変な奴しかいない

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