幸せな日々を、あなたの隣で
――朝陽が地獄にて、将来にかかわる冒険を繰り広げたあの日から、三年の月日が経過していた。
あれから色々あり、朝陽は大学を退学、柊と結ばれ、主婦となった。
そして、今日は朝陽が産んだ子の誕生日――朝陽が地獄の次期閻魔大王となる子を産んだ日だ。
「ほら、来てあげたよ!」
そういって、胸を張るのは五、六歳ごろの幼子。本日は珍しく洋装だ。きっと、先日朝陽の子が「お洋服着ないの?」と聞いたことが事の発端に違いない。そう思い、朝陽の頬は自然と緩んだ。あの日、地獄にてさんざん朝陽をもてあそんでいた頃を思えば、なんて可愛らしい反応か。
「なに、なに? なにか失礼なこと考えてない〜?」
頬をぷっくり膨らませ、朝陽の顔を見る朱色童子に、朝陽はにこにこと笑みを浮かべて首を振った。
朝陽は、幸せだ。
顔を緩ませながら、朝陽は子の誕生日のケーキやご馳走を準備していく。
自分の子供の頃、骸骨や叔父に会うまでは、誰にも祝ってもらえなかった、誕生日。そんな自分が、自分と愛するひとの間に産まれた子の誕生日を、愛するひととともに祝う、なんて幸せなんだろう。
「ママ、たぁいま!」
玄関の方から、舌足らずな声がし、たったっと走る小さな足音がリビングに近付いてくる。
「おかえりなさい、手は洗った? うがいは?」
朝陽は、リビングに顔を覗かせた愛娘に声をかけながら、愛娘を洗面所へ誘導する。
――朝陽が産んだのは、女の子だった。てっきり閻魔大王になる定めだからと、朝陽と柊は勝手に男の子を想像していた。
朝陽と柊の子は、ひかりと名付けられ、すくすく育っている。彼女はいつかは成人の儀を迎えた後、閻魔大王の職に就くことが運命で定められている。
朝陽と柊は、将来を選べない我が子に、それまではたくさんのことを経験させようという教育方針をとった。いつかは地獄を住まいとし、地獄の長となる娘のために。
「あ、しゅーくん来てる!」
お外から帰った時のお約束、手洗いとうがいを終えたひかりが、居間にいた朱色童子に目敏く気付いた。
ひかりは、「き、来てあげなくもなかったんだ、予定が空いたから」とどことなく素直になりきれない朱色童子にタックルをしかける。
「ぐぇ」
三歳女児の全身タックルの不意討ちに、朱色童子としては珍しい奇声をあげた。地獄の官僚や獄卒鬼たちが見たら何というのだろう。
「あー、およーふくだ!」
ひかりはタックルから抱き締める体勢に移り、朱色童子の服を誉めていく。繰り返される「かっこいー!」「にあうー!」に誉め殺しされていく朱色童子は、顔を真っ赤にさせていた。
朝陽はそんな戯れに、あの日地獄にて(中略)頃を思えば(以下略)どんなに可愛いかと、目を細めた。
――朱色童子は、朝陽が出産して以来、何かにつけてひかりに会いに来ている。
アマチカ山の頂にて、朱色童子は朝陽に「待ってろって伝えてよね!」と叫び、姿を消してから、ひかりが産まれるその日まで姿は見せていなかった。
ひかりが産まれたとたんに、「待ってたんだけど!」とどこからともなく姿を現した。
それから、一ヶ月に何日かの割合で顔を出している。
ひかりと過ごしていくにつれ、閻魔大王やセラといった地獄の面々は、あまりいい顔をしなかった。一言でいえば、朱色童子は問題児だからだ。ひかりに何の影響を与えるかわかったものではないと。
でも、朝陽は首を横に振った。
「この子が、望んでいるんです。お腹にいたときから」
ひかりは覚えていないが、お腹にいたときから――まだ朝陽が柊と結ばれる前から、朝陽は「朱色童子と会いたい」と漠然とだが、ひかりの思念のようなものを聞いていた。
それから、実は朱色童子が男児だったと長年の謎が解明されたり、実は朱色童子がツンデレ気質のようだったとか、実は朱色童子は照れ屋だとか、いろいろなことも判明した。
そんな朱色童子を見て、脱衣婆は笑っていったものだった。
「ひいっひっひっ、これから朱色童子は“成長”していくんだろうねぇ」
――昨年あたりから、朱色童子は確かに成長していた。身体も、少しずつ人間の子のように大きくなり、心も、成長しているようだった。昔のように「おもしろい」か「おもしろくない」かの二択で行動しなくなってきているし、何よりもひかりの面倒を嫌がらずに率先して見る辺り、情緒面が別人のようだった。
「もうひとり子供ができたみたい」
というのが朝陽の率直な感想だ。
「でも、娘の隣に男がいるのは許しがたいものがあります」
そういって、柊が玄関から入ってきた。
「おかえりなさい」
柊は、セラを祭る神社の――大河の中洲の神社の宮司の職を得た。
柊に与えられた任務により、柊は生身の肉体を再び得て、此岸での身分と戸籍を得たのだった。
朝陽は、いまセラを祭る神社の横で暮らしている。毎日、毎日、柊と愛娘と、たまに朱色童子と暮らしている。
あの頃とは違い、いまの朝陽はひとりではない。
――それはきっと、この先ずっと、朝陽はひとりではない。




