朝陽と猫神
地獄にて天に近い山、アマチカ山の上空に突如「彼ら」は出現した。
その出現に最初に気付いたのは老婆だった。きちんと自身の読み通りの相手が登場したことで、老婆は満足げに笑っていた。老婆は宝木のこともアムリタのことももちろん詳しかった。
だって、朝陽にアムリタを唆したのは老婆だ。老婆は自身が他種族同士の婚姻――異類婚の当事者だから、迷うことなく、老婆心から朝陽を手助けしたのだ。そこには、腹が立ってならない朱色童子への嫌がらせも含んでいるけれど、七割は老婆心からだ。
だから、朝陽の想う相手が降ってくることは予想の範疇だった。アムリタが降るとき、願いを叶えるまで、願いを成就するものを邪魔するものから守る力を持つ存在が天より選ばれる。その存在に息子の大切な大切なセラが選ばれるとは、予想外だったけれど。
「あにゃああああん!!」
そのような裏事情から老婆がどや顔を決めている頃、朝陽はまず悲鳴に反応し、首をかしげて上空を仰ぎ――……仰天した。
柊が、降ってきた。
会いたいと願う相手が降ってきた。照れながらも、いつか生まれる子供の父にと願う相手が、降ってきた。
……ここでおさらいをしよう。
朝陽は、最近ようやくお友達ができたくらいのレベルの、筋金入りの「人見知り」だ。
それゆえか、朝陽はぴゅあだ。骸骨以外に接したこともあまりないため、真っ白である。
そんな朝陽はもちろん奥手だ。繰り返す、奥手だ。間違いなく奥手だ。
そんな朝陽が、恋したう相手が降ってくるこの状況でどんな反応を見せるか。
「◎※〒→⊂⊇⊆※〒→←?!」
まず、赤面しつつ言葉にならない悲鳴をあげる。
次に、茹で蛸へと進化する顔色を両手で覆い隠し、しゃがむ。
次に、いやいやとしばらく首を降るも、「降ってくる」つまり落ちてくる状況に気づき、立ち上がってあたふためき――目と鼻の先で難なく着地した柊と目が合い、ぷしゅーと湯気を噴いた。
猫を抱き、朝陽を見つめる柊は、呆気にとられつつも、次第にその視線に熱が帯び始める。
朝陽は、見つめられる時間が長引くにつれ、さらにさらに赤面していく。まるで熟れたトマトである。
熱い眼差しで見つめあう二人。その二人だけの空間に、
「ねぇ、ねぇ。おふたりさん。忘れてにゃい、忘れてにゃい?」
セラは少し遠慮しながら声を投じた。ほうっておけばいつまでも続きそうだったから、セラは突っ込んだのだ。
話は先へ進めねばならない。けれども、ふたりの空気はいい雰囲気である。結びの神としてはそっとしておきたいが、そういうわけにもいかない。現状はそんなふたりに関係なく進んでいくのだから。
だからセラは、お邪魔をすることに罪悪感を感じつつ言葉をかけたのだ。
セラは、鼻をひくひくさせながら周囲を見た。すぐそばに大きな宝樹がそびえたっている。
セラは、この場所へ辿り着いた途端、「呼ばれた」場所がどこかを瞬時に理解した――宝樹に「呼ばれた」ゆえに、「呼ばれた」理由も、わかっていた。
「いま、どんにゃ状況にゃのか、確認しにゃいと」
セラは、わかっていた。自分が――アムリタが降るとき、願いを叶えるまで、願いを成就するものを邪魔するものから守る力を持つ存在として、天より選ばれたのだと。
天より選ばれた、つまり朱色童子の手の内から離れたことを意味する。
天は、朱色童子より上の存在だ。ゆえに、朱色童子より上の存在に選ばれたのならば、自然と朱色童子の影響下より抜け出せるということで。
つまり、セラはやりたい放題。
「どんと任せにゃさいー!!」
――小さな猫神は、どや顔でやる気に満ちていた。




