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竜人皇太子の番は庶民の私だそうです~前世の記憶を胸に、今世は番と一緒に生きていきたい!と思ったら既に溺愛されています~  作者: 青野ひわ


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18/20

18 ヴィクトー学校最終日

 翌日。ヴィクトーが学校へ来る最終日。

 オリヴィエはなぜか体の内からぽかぽかするような、熱っぽいような感覚を感じていた。

(昨日はしっかり寝たし、大丈夫なはず)

 昨日はたまたま調子が悪くなっただけで、本来は元気な子なのだ。


(ん~森から流れてくるような空気の匂い。良い匂いだわ)


 今までも肌にあたる風が右から吹いているのか、左から吹いているのか、向かい風なのか、追い風なのか気にする程度で、空気の匂いや湿度まで察知した記憶はない。

 空気の匂いと言っても、人ごみに行った時の匂いや、出店で売っている食品の匂いが分かる、ということではなく、目に見えない地上を流れる空気そのものが持っている匂いが分かる気がするのだ。


 教室に入った途端、アリシアに声をかけられた。

「昨日は大丈夫だった? あっという間に皇太子殿下がお姫様だっこで医務室に連れてっちゃったから,

 何もオリヴィエに声をかけることができなかったの」


 アリシアは周りを見渡してからひそひそと言った。

「しかも、なんか全然皇太子殿下に近づけなくて。今日はもう元気になったの?」

「うん、心配かけてごめんね。医務室まで鞄を持ってきてくれたみたいで、ありがとう。もう大丈夫なんだけど、体の中が燃えてるようにポカポカしてるのよね。変な感じよ」

「もう、今日は無理しちゃだめよ?」

「うん、おとなしく過ごすことにするわ」


 そんな会話をしているとヴィクトーがアルノーを連れて教室に入ってきた。

(ん? んん? 今空気が揺れた?)


 ほんの小さな違和感に困惑するオリヴィエ。

 気のせいだろう。何かに敏感な体質でもないのに、そんな細かいことが分かるはずがない。分かるはずがないのだけど、分かる気がする。


「今日は体調は大丈夫かい?」

「はい、元気になりました」

「よかった。今日がここに来られる最終日だから、よろしくね」

 ヴィクトーは柔らかく微笑んだ。

 教室の端の方で、きゃ~! っと女子生徒から小さい悲鳴が上がったのは気づかないふりをした。


 ヴィクトーに声を掛けられ、慌てて返答をするオリヴィエ。

(皇太子殿下の香水かしら? ほんのり良い匂いがする)

 昨日は気づかなかったから、つけていなかったのかな?


(とにかく今日一日、無事に過ごせますように)

 そんな会話をして、二人は自席についた。


 そしてその短い二人のやり取りを、既に登校していたクラスメイトは少し離れたところから少しも見逃さないぞというような、好奇心あふれた目で見ている。


 昨日お姫様抱っこまでして、誰も、何も言うことのできないような強烈な竜気を発してオリヴィエを医務室まで連れて行ってしまったのだ。

 オリヴィエを心配しつつも羨ましく思う子や、わずかな嫉妬心を持つ者もいた。


 後から知ったことだが、ヴィクトーから発された強烈な竜気を知ったクラスメイト達は、絶対にヴィクトーを怒らせてはいけない、というのが共通の理解となったらしい。

 この時のオリヴィエは、そんなことを知る由もなかった。


 オリヴィエは昨日の出来事があったからか、どうしてもヴィクトーに目が行ってしまう。

 オリヴィエももう気づいている。

 ヴィクトーにとって番だから優しくしてくれるのだとしても、そこにはオリヴィエに対する優しさがあるし、そんなヴィクトーに少しずつ惹かれている。


 ヴィクトーの番だと言えるほどの自信も確信もないけれど。


 元々、ヴィクトーは見目麗しいのだ。その美しい瞳で見つめられるだけでドキドキするのに、昨日はほぼ一日ヴィクトーを独占し、帰り際にキスまでされれば意識しないでいられるわけがない。


「どうしたらいいんだろう」

 思わずぽそりと呟いた言葉は、始業のベルの音にかき消された。


 オリヴィエはヴィクトーが気になって仕方がなくなってきた。

 授業中はオリヴィエの後ろの席にいるから見えないが、移動教室や休み時間には、チラチラと目で探してしまう。

 あまりばれないように、と思っているけれど、なぜか目が合う回数が多い。

 しかも目が合うたびに、微笑まれてしまう。

 絶対に、見ていることがばれている……


 番と判明して二週間ほど。その権力、肉体的な力強さから、王族が望んで手に入らないものはないと言っていい。


 ――――――――


 学生が実験のため教室を移動して出ていったため、空になった教室で二人が話している。

 アルノーは、ヴィクトーがオリヴィエを攫ってしまうのではないかとさえ思っていたが、この三日間を通してみると意外にも紳士的な距離感を保っていることに驚いていた。


「ヴィクトーはこの三日間でオリヴィエ嬢と距離感を詰めると思ったんですけどねえ」

 アルノーはにやにやとしている。


「まだ番だと公表していない段階で距離を詰めたら、オリヴィエ嬢にいらぬ面倒をかけることになりかねないからな」

「まあ、そうですね。妬み、嫉妬、やっかみ。嫌というほど見てきましたからねえ……」


 竜の血を引く者は子が生まれにくく、そのため数が非常に少ない。

 それに加え、その見目の美しさと強さはどの種族もうらやむものなのだ。


 勿論知能も高く、国の中枢を担うものは竜人族がトップを占める。実力主義ゆえ、能力に秀でた何かがないと対等に見られることはほぼなく、逆に、一分野でも秀でたものがあれば取り立てられる。


 竜人族が少ないとはいえ、他種族に嫁ぐ者もいたため、王族だけが竜人族というわけではない。多種族との間に子が生まれれば、その子は必然竜人族となる。種族間での力の差がありすぎるからだと思われるが、なぜかは分かっていない。

 この場合も、生まれる子は一人か、多くて二人だ。


 それでも、竜人族はその種族として大事にするため、竜人族での交流は多い。

 ヴィクトーは幼いころから、美しいけれど気の強い竜人族の女性たちに迫られ、時には女性同士の激しいやりあいを目にしてきていた。


「あぁ。竜人族同士話すこともあるっていうのに、俺と話した令嬢と話さなかった令嬢でずるいだのなんだのと。なぜか俺の知らないところでいやがらせとか色々起こるんだよ」


「しかも竜人族はちょっと短気で荒いですしね」

「このクラスには竜人族はいないけど、どこかでまかり間違ってオリヴィエ嬢が番だとばれてみろ。オリヴィエ嬢が脅されたり、誘拐だってありえない話ではない。取引材料なんかにさせるものか」


 話しているだけで、ヴィクトーがいら立ってきているのが分かる。


「でも、オリヴィエ嬢に護衛を付けるんでしょ? 嫌味くらいは言われる可能性があっても、誘拐はないと思うぞ?」

「まあな。もう護衛の選定は済んでいる。身元、実力申し分のない奴をな。今日までは俺とアルノーでオリヴィエ嬢の護衛としていられるけれど、明日からはここに来れないからな。明日から、こちらで勝手に護衛はつけさせてもらう。後でその話もオリヴィエ嬢にしないとな」


 過保護だが、目の届かないところにいる番に何かあったら、と思うと皇太子としての公務に支障が出る。

 本来なら早く王宮に呼び寄せたいところだが、今はまだオリヴィエを手元に置けない分、護衛を付けることで渋々ヴィクトーは納得したのだった。


「そろそろ教室にみんなが戻ってくる。あと1教科やったら今日は終わりだな?」

「ええ。オリヴィエ嬢にはいつ話します?」

「放課後、少し王宮に寄ってもらおう。そこで護衛と顔合わせをさせる。今日はその護衛も後ほど執務室に来るよう言ってあるし、ちょうどいいだろう。俺のいるところで紹介した方が、安心してもらえるんじゃないか?」

「それはそうだ」


 この後の予定を確認し終わったところで、教室に生徒たちが戻ってきた。


 今日の最後の授業が終わり、帰り支度をしているオリヴィエ。

「オリヴィエ嬢、今日少し王宮に寄ってはくれないか?少し話したいことがあるんだ」

 まっすぐに向けられた視線は強く、有無を言わせない雰囲気がある。


「はい、分かりました。兄があと三時間ぐらいで帰ってくるので、それまでに家に着ければ大丈夫です」

「ありがとう。帰り支度が終わったら一緒に向かおう」


 今日でヴィクトーが学校に来るのが最後となったため、普段は授業後すぐに帰るはずの生徒たちが、なぜか帰らないで教室に留まっている。ちらちらこちらを見て、話しかけたそうにしている。


(まずいな)

 ヴィクトーもアルノーもなるべく目立たず、人の帰る波に乗ってオリヴィエと帰ろうと思ったが、うまくいきそうにない。

 もたもたしていたら、貴重なオリヴィエとの時間が削られてしまう。

「アルノー、暫く皆と話し相手でもして時間を稼いでくれるか? その間に、馬車に乗り込んでおくから」

 人を近寄らせないためほんの少し竜気を強め、アルノーに耳打ちをして、オリヴィエの支度が終わるのを待つ。


「さ、行こう」

 支度が終わったオリヴィエを連れ、他の生徒の視線が、人当たりがよく笑顔で話しているアルノーに向けられている中、そっと教室から抜け出した。

 普段使われていない非常経路を通って、人目に付きにくい所に留めてある馬車まで急いだ。



 ――――――――――――――――――――――


「あいつ何やってんだ?」

 どうせもう王族と会うことはないだろうと、さっさと帰り始めていたイーサンが、寄り道をしようと裏門に回ったところで、ヴィクトーにエスコートされ、馬車に乗り込むオリヴィエを見つけた。

 イーサンはただ、淡々と様子を見つめる。


(相手は王族だぞ⁉ 粗相はするなよ?)

 イーサンは自分に害が及ばなければ、何も気にしないのだ。

 権力にすり寄るような質でもない。我が道を行く。

 幼いころから知っているオリヴィエが何かで咎められることのないようにだけ、心の中で祈った。


 ―――――――――――――――――――――――――――――


 馬車はオリヴィエとヴィクトーを乗せるとすぐに出発し、学校から少し離れた場所で馬車を止め、後から追ってくるだろうアルノーを待った。


「遅くなりました」

 アルノーは少し息を切らしながら、馬車に乗り込んできた。

「あぁ、ありがとう、アルノー。とりあえず無事に出られたので、王宮に向かおう」


 帰路、風が強く吹くようになり、上空には一羽のフクロウが何かを探すように旋回し、飛んで行った。


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