第二話 「隔離区域」
朝は来なかった。
空は灰色の雲に覆われ、街には煙が立ち上っている。
神谷レンは立体駐車場の階段を駆け上がっていた。
後ろには無数の感染者。
血走った目でこちらを追い続けている。
「速く!」
先を走る少女――シオンが叫ぶ。
レンは息を切らしながら必死に追いかけた。
屋上へ飛び出した瞬間、シオンはフェンスを蹴り開ける。
「こっち!」
二人は隣のビルへ渡る非常階段へ飛び込んだ。
直後。
ドゴォン!!
感染者たちがフェンスに殺到する。
金網が大きく歪む。
「マジかよ……」
レンの顔が青ざめた。
シオンは冷静に周囲を確認する。
「ここも長く持たない。移動する」
「どこに?」
「ショッピングモール。《ライズモール》」
「あそこなら安全なのか?」
「生存者が集まってる可能性が高い」
シオンは短く答え、歩き出した。
二人は裏路地を進んでいた。
街は地獄だった。
横転した車。
燃え続けるバス。
血痕だらけの歩道。
時折、遠くから悲鳴が聞こえる。
レンは震える声で言った。
「昨日まで普通だったのに……」
「感染は三日前から始まってた」
「え?」
「政府は隠してた。パニック防止のために」
シオンの言葉に、レンは絶句する。
「じゃあもう……」
「街は終わってる」
その時だった。
「助けてぇぇぇ!!」
前方のコンビニから女性の叫び声が響いた。
レンは反射的に走り出す。
「待て!」
シオンの制止も聞かず、店内へ飛び込んだ。
そこには若い女性店員が追い詰められていた。
感染者が三体。
レンは近くに落ちていた金属バットを掴む。
「うおおおっ!!」
全力で振り抜いた。
感染者の頭に直撃する。
鈍い音。
感染者は倒れたが、残り二体がレンへ襲いかかる。
「危ない!」
パンッ!!
銃声が響いた。
一体の頭が吹き飛び、もう一体も続けて倒れる。
シオンだった。
硝煙の匂いが漂う。
女性店員は泣き崩れた。
「ありがとう……ありがとう……」
しかし。
シオンの表情は険しいままだった。
「……腕を見せて」
「え?」
女性の右腕には、深い噛み傷があった。
レンの顔色が変わる。
「まさか……」
女性は震えながら後退する。
「だ、大丈夫です……まだ平気だから……」
だが。
彼女の目がゆっくり濁り始めていた。
シオンは静かに銃を向ける。
「やめろ!」
レンが前に出る。
「まだ助かるかもしれないだろ!」
「助からない」
「そんなの分かんねぇだろ!」
数秒の沈黙。
そして女性が突然苦しみ始めた。
「あ……ぁ……」
全身が痙攣する。
次の瞬間。
女性は絶叫しながらレンへ飛びかかった。
「ッ!?」
パンッ!!
銃声。
女性はその場に崩れ落ちた。
レンは言葉を失った。
シオンはゆっくり銃を下ろす。
「これが現実」
店の外から、再び大量の足音が聞こえてきた。
感染者たちが集まり始めている。
シオンは振り返る。
「モールへ急ぐ。ここはもう危険」
レンは倒れた女性を見つめたまま、拳を握り締めた。
崩壊した世界では、“助けたい”という気持ちすら命取りになる。
その事実を、彼は初めて知った。
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