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アカネガルドの槍使い ~市職員の辺境開拓年代記  作者: 早瀬 構
第四部

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第39話 遊び人、春の人手に値を付ける

1.


 俺の名前はディオン。ギルドの木札に書いた職業は遊び人。


 ……この頃は、その札だけじゃ説明が足りねえ。村の揉め事がどこで芽を出すかを嗅ぎ、芽のうちに踏むか、咲くまで眺めるかを決めるほうが、よっぽど生業らしくなってきた。


 で、今朝の俺は何をしてるかっていうと、日の出前からレオンの後をつけている。


 昨夜、こいつは紙の上に数字を並べきった顔で言った。


「明日、ギルドへ行ってきます」


 嫌な言い方だった。もう腹が決まってるときの声だ。


 春先の空気はまだ冷える。だが村の中は、もう冬の顔をしていねえ。戸が開く。水桶が鳴る。家畜が鼻を鳴らす。皆それぞれ、自分の春仕事へ向かってる。


 その流れを横目に、レオンはまっすぐギルドへ歩いた。


 受付の中年女は、眠たげな顔で依頼書を受け取った。で、最初の一行を見たところで、片眉を上げる。


「あんた、うちの口利き料は

  報酬の三割だよ。

  分かってんだろうね?」


 レオンは頷いた。


「ええ。働き手に二十スクルト払う

  仕事なら、こちらは二十六

  スクルト払う計算です。

  差分の六が、ギルド取り分ですね」


 女はそこで初めて、こいつの顔をまともに見た。勢いだけで来た若造じゃねえ。勘定を済ませたうえで、わざわざ火種を抱えて来た手合いだと分かったんだろう。


「……で、何人ぶんだい」


 レオンは淡々と答えやがる。


「最初の一月ぶんです。

  柵の取り付け、見張り台の設置、

  牧童仕事まで含めて、延べ八十人日。

  支払報酬は千二百スクルト。

  口利き料は三百六十です」


 数字を置く手つきが、あまりに迷いねえ。


 女の目つきが変わった。


「あとで払えません、は無しだよ。

  前日までの前払いだからね」


「きちんと計算をして、

  見積もったものです。

  ご迷惑はお掛けしません」


 中年女は肩をすくめ、横に立つ俺を見やった。


「ディオン。この兄さん、

  前々からおかしいと思ってたけど……

  大丈夫なんだろうね?」


 言いてえことは分かる。カネがあるのか、だけじゃねえ。こんな値札を村へ持ち込んで、面倒が起きねえのか、だ。


 女は依頼書を机に置いたまま言った。


「面倒ごとはごめんだよ」


 ……そいつは俺だって同感だった。


2.


 ギルドを出たところで、俺はたまらずレオンを呼び止めた。


「お前、牧童一人に一日十二スクルトを

  支払う、その意味が分かるか?」


 レオンは足を止める。


「分かっています」


 分かってる顔じゃねえ。だから腹が立つ。


「黒パンが何個買えると思ってる。

  羊皮紙だって五枚は買える。

  それだけのカネ、持ったこともない

  やつがごろごろいるんだぞ」


 レオンは黙って聞いている。


 俺は続けた。


「食い詰めたやつだけじゃねえ。

  畑を放り出してでも来るやつが出る。

  春仕事は、村の助け合いで

  どうにか回してきたんだ。


  そこへそんな値札を立てたら、

  手伝いも義理も、

  前と同じじゃ済まねえ」


 ようやく、レオンが口を開く。


「ギルドの他の依頼と比べました。

  妥当な額です。

  安く出して、集まらなければ

  意味がありません」


 理屈としては、その通りだ。間違っちゃいねえ。


 だが、間違っちゃいねえことと、村で通ることは別だ。


 春の畑と家畜と人手の上に、こいつは今、別の秤を持ち込もうとしている。


 しかも本人は、その秤が正しく測れると本気で思ってやがる。


 俺は鼻を鳴らした。


「村じゃそうならねえんだよ」


 レオンは少しだけ困った顔をしたが、引かなかった。ああ、この顔だ。紙の上で腹を決めた書記野郎の顔だ。


3.


 昼になると、酒場の一角に人が集まり始めた。


 群がるほどじゃねえ。拍子抜けするほど少なくもねえ。いちばん厄介な数だ。顔と腹の両方が見えるぶん、選ぶほうの都合がそのまま出る。


 レオンは空いた卓を借り、一人ずつ話を聞き始めた。


「羊は触ったことがありますか」


「毎日、川向こうへ通えますか」


「畑の手が抜けない日は、

  先に言ってください」


 何をやってるのかと思えば、使う前に顔と口を見てやがる。早い者順に集めて、あとは仕上がり次第――この村の賃仕事なんざ、だいたいそんなもんだ。


 俺は呆れて聞いた。


「仕事なんて、早いもの順で人集めて、

  仕上がりでナンボじゃねえのか?」


 レオンは頭を掻いた。


「仕事内容の説明も必要でしょう。

  それに、お互いに相手を

  見極めることができます」


 見極める、だとよ。


 奇妙なことをするもんだ、と鼻を鳴らしたが、見ていると筋は通っていた。羊に慣れた手か。途中で逃げねえか。カネの匂いに目が寄ってるか。こいつはこいつで、ちゃんと嗅ぎ分けている。


 値札だけじゃねえ。手順まで持ち込みやがった。


 春ってのは忙しい季節だ。だから皆、面倒な確認を飛ばして、慣れで回す。


 こいつはそこへ、慣れの代わりに紙と順番を持ち込む。


 便利になる前に、まず空気が軋む。そういうやり方だった。


4.


 そのとき、レオンの視線がふと別の卓へ流れた。


 つられて見ると、村長と道具屋の店員が、黒パンと薄いスープの昼を取っていた。特別うまそうでも、派手でもねえ。だが、騒がしい酒場の真ん中で、あそこだけ妙に時間の流れが穏やかだった。


 レオンが小さく言う。


「あの二人、いつも同じ卓ですね」


 俺は鼻を鳴らした。


「で、お前が余計なお節介を

  しないように、俺が見張らないと

  いけねえのか」


 レオンが少しだけ笑う。


「……賃仕事でいくらになりますかね」


「高くつくぞ。お前の世話は」


 そう返しながら、俺はまた向こうの卓を見た。


 村長は相変わらず無愛想で、店員の娘は相変わらず働き者の顔をしてる。だが、椀を置く間や、パンをちぎる間の取り方が、前よりずっと柔らけえ。


 ああいうもんは、値札じゃ測れねえ。


 春の村ってのは、そういう測れねえもんで、どうにか回ってきた。


 手伝い。義理。見栄。ついでの情け。断りきれねえ顔。そういう曖昧なもんが、畑も家畜も人間関係も、一緒くたに引っ張ってきたんだ。


 そこへレオンは、公正な値段を持ってくる。


 理屈は正しい。たぶん、うまく回れば前より楽になる家も出る。助かるやつもいる。


 だがその正しさは、たぶん何かを一度、きっちり切り分ける。


 酒場のざわめきの中、俺は応募者の顔と、向こうの穏やかな卓とを見比べた。


 便利になるほど、揉める。


 それでも進むと決めた奴が、目の前で次の名前を呼んでいる。


 俺は椅子にもたれ、ため息をついた。


 放っておけば、たぶんまた村がきしむ。


 だから見る。流れも、顔も、こぼれるものも。


 ――俺の名前はディオン。ギルドの木札に書いた職業は遊び人。


 だが今日くらいは、その札の裏に、もう一つくらい書き足してもよさそうだった。揉め事の立会人、ってな。

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