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第5章:充電完了と、氷の貴公子の目覚め

 小鳥のさえずりが、朝の訪れを告げていた。  私は重い瞼をこじ開け、鏡の中の自分と対面した。


「……酷いわ」


 そこには、目の下にうっすらとクマを作り、魂が抜けたように憔悴した女が映っていた。

 当然だ。昨夜、隣にいた「熱源」のせいで、私は一睡もできなかったのだから。

 結局、あの王子様は言葉通り「指一本触れてこなかった」。ただ私を抱き枕のようにガッチリとホールドし、幸せそうに寝息を立てていただけだ。

 おかげで私は、少しでも動けば彼を起こしてしまうという緊張感と、耳元で聞こえる寝息による精神攻撃で、朝まで一睡もできなかった。


「おはよう、エリーゼ。……おや、よく眠れなかったのかい?」


 背後から、無駄に爽やかな声が降ってきた。  振り返ると、そこには肌艶が最高に良く、魔力が満ち満ちて発光しそうなほど元気なアルフレッド様が立っていた。


「……誰のせいだと思っていますの」


「ふふ、君のおかげで僕は10年ぶりに熟睡できたよ。君という『充電器』は性能も最高だね」


 彼は悪びれもなく微笑み、私の頬に朝の挨拶代わりのキスを落とした。

 こっちは放電しきってボロボロだというのに。


 そのまま連行された朝食の席でも、私の受難は続いた。


「さあ、口を開けて。今日は新鮮なフルーツがあるよ」


「……自分で食べます」


「だめだ。君の手は震えているじゃないか。可哀想に、そんなに僕の腕の中が良かったのかい?」


「寝不足です! あなたの拘束魔法のせいで!」


 抗議する気力も残っていない私は、差し出されたスプーンを無心で受け入れるしかなかった。

 甘い果汁が口に広がる。美味しい。悔しい。

 アルフレッド様は、私が食べるたびに「いい子だ」と頭を撫でてくる。完全にペット扱いである。


「さて……名残惜しいけれど、僕はこれから執務があるんだ」


 食後の紅茶を飲み終えると、彼は少しだけ真面目な顔つきになった。


「君はどうする? 部屋で休むかい?」


「いいえ! 地下の研究室へ行きます!」


 私は即答した。  これ以上、彼の甘やかし攻撃を受けていたら、私のアイデンティティである「合理的思考」が溶けてなくなってしまう。早く冷たくて硬い実験器具に触れて、正気を取り戻さなければ。


「……そうか。寂しいけれど、君がそれを望むなら」


 彼は少し残念そうに眉を下げたが、止めることはしなかった。

 研究室の鍵を渡され、私は逃げるように廊下を駆けていく。


「行ってらっしゃい、僕の愛しい人。……夜にはまた、迎えに行くからね」


 背中に甘い言葉を浴びせられ、私はつまずきそうになりながら地下への階段を駆け下りた。


 ◇


 エリーゼの銀髪が角を曲がり、その姿が見えなくなる。  その瞬間。  アルフレッドの纏っていた空気が、一変した。

 甘くとろけるような春の日差しのような表情は消え失せ、代わりに周囲の温度を氷点下まで下げるような、冷徹な仮面が張り付く。


「……さて」


 彼は懐から一枚の書簡を取り出した。

 それは今朝、エリーゼが起きる前に届けられた、元婚約者の国からの『返還要求書』だ。


 そこには、彼女を「誘拐」したアルフレッドへの非難と、即時の引き渡しを求める無礼な文言が並んでいる。

 アルフレッドは無表情のまま、指先から青白い炎を出し、その書簡を一瞬で灰にした。


「セバスチャン」


「はっ、ここに」


 音もなく影から現れた老執事に、アルフレッドは氷のような声で告げる。


「我が国の『国宝』を不当に扱い、あまつさえ所有権を主張する盗人たちがいるらしい。……不愉快だ」


 金色の瞳が、冷酷な光を帯びて細められる。

 それは、エリーゼの前で見せる子犬のような瞳とは似ても似つかない、捕食者の目だった。


「経済制裁の準備は整っているね? まずは主要な魔導鉱石の輸出を止めろ。それと、あの国の王太子が横領していた裏帳簿……あれもそろそろ、しかるべき場所に流してやろうか」


「御意。……して、殿下。あちらの国はどの程度まで追い込みますか?」


「そうだね」


 アルフレッドは、エリーゼが消えた廊下の方を振り返り、優雅に、しかし底冷えするような笑みを浮かべた。


「彼女が『やっぱりあんな国、滅んで正解でしたわ』と笑ってくれるくらい、徹底的に」


 愛する妻(予定)の安眠を妨げる害虫は、一匹たりとも逃がさない。  最強の魔法使いであり、最恐の王子である男は、愉しげに指を鳴らした。

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