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『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)  作者: 瀬尾 碧


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『第十二話・2 : 魂の空白域 ―創律の檻に至る前夜―』

「本来、魂というのは《世界律》によって管理されているの。

 生まれ、死に、転生し、記録される──そのすべてが“法則”の管轄下にある。

 でも、あの子の魂はその網をすり抜けた。

 つまり……《世界律》の外、“魂の空白域”にいるのよ」


セラフィーの声は淡々としていたが、その指先はわずかに震えていた。

魔法陣の余光がその手元を照らし、淡い青が肌に溶けていく。


リリアは息を飲んだ。

その音が、塔の静寂を割るほどにはっきりと響いた。


セラフィーは机の上に一枚の結界図を広げる。

羊皮紙に刻まれた紋様が淡く光を帯び、空気がひとつ震えた。


「……これは、伝承の中でしか語られない領域よ」

声が、少しだけ低くなる。


「神々がまだ“魂”を定義しきれなかった時代──

 最初に“触れてはならない魂”を封じた場所があったの」


視線が、図面の中央へと沈む。


「そこに記されているのが……《創律の檻》」


魂の“底”に存在する、神々ですら恐れた禁忌の構造領域。


「《創律の檻》に囚われた魂は、消滅するわけじゃない。

 世界との繋がりを断たれ、“記録”から外されているだけ。

 ただ、その奥底で……微かに、応えているの」


セラフィーの指が、魔法陣の上で止まった。

青白い光が一瞬だけ揺らぎ、ほとんど見えないほどの粒が浮かび上がる。


「これが、その反応。

 波形としては崩れているけど……確かに“在る”の。

 消えかけた炎みたいに、まだ世界の底で息をしてる」


リリアはその光を凝視した。

かすかな律動──まるで、眠りの底から誰かが“夢の中で呼吸している”ようだった。


「これは、魂の残響。

 ……完全には、死んでいない証拠よ」


説明しているはずなのに、その声には祈りのような響きがあった。

それは、誰に向けた祈りなのか──セラフィー自身にも、もう分からなかった。


「だから、もし探すなら──“あの子”は、その檻の中でまだ“生きている”」


その言葉は、氷のように静かで、それでいて確かな温度を帯びていた。

リリアの胸に、それがゆっくりと沈んでいく。


ほんの数秒の沈黙が、永遠に近い重みを持っていた。

そして、胸の奥で、ひとつの確信が音もなく形を取る。

──あの子は、まだ“終わっていない”。


「……行くよ」


ゆっくりと顔を上げたリリアの瞳に、もはや迷いはなかった。


(この身体に今、“俺”がいるのは事実だ。

 でも、あの子がいなけりゃ、俺は……ただのニートだった)


(外の世界なんて怖くて、部屋の明かりの下でしか息ができなかった。

 そんな俺に、あの子は朝の光と、あたたかい手のぬくもりを教えてくれた。

 “だいじょうぶ”って言葉が、あんなに優しい音だなんて──あのとき初めて知ったんだ)


(あの子がくれたぬくもりは、今も俺の中で息をしてる。

 この身体の奥で、まだ小さく灯ってる。

 それが、俺の“心臓”になった)


(だから取り戻す。

 もう一度、あの手のぬくもりを──)

──胸の奥が、かすかに熱を帯びた。

 それは、過去と未来をつなぐ灯のように、静かに脈打っていた。


(……リリアを、この世界に、ちゃんと還すんだ)


セラフィーの瞳が、ふっと揺れた。

ほんの一瞬だけ、何かを言いかけた唇が震える。


「……止める理由は、ないわ」


──本当は、止めたかった。

危険すぎる。そこへ行って帰ってきた者など、ひとりもいない。

それでも、リリアはもう決めている。


胸の奥で「行かないで」と叫びながらも、

セラフィーはその声を呑み込み、

ただ“信じる”という選択をした。


リリアの腕の中で、ワン太が小さくぴょこりと手を振る。

旅立ちの一歩を踏み出すのは、もうぬいぐるみじゃない。


(……今度は、この身体で。俺が“リリア”として、最後までやりきるんだ)


──静寂の中、ただひとつ確かなのは、颯太の“歩き出す意志”だけだった。

その足音が、塔の石畳をわずかに鳴らす。

 世界の沈黙に、初めて“未来”の音が刻まれた。


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