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『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)  作者: 瀬尾 碧


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『第十話・3:封印回廊に映る、もうひとりの私』

石の通路は、ゆるやかに下っていた。

ひと足進むたびに、空気の温度が変わる。

湿り気が、ほんのすこしずつ冷たくなっていく。


「……なんだか、変な感じ」


リリアは呟く。けれど、歩みは止めなかった。


壁に刻まれた紋様は、進むにつれ明滅を始めていた。

青白い光が、呼吸のように脈打つ。

まるで、生きているかのように──


(……完全に“起動フェーズ”じゃねえか、これ)


ワン太の中で、颯太は眉をひそめる。


(リリアが触れただけで、動き出してる。……いや、“選ばれてる”ってことか?)


彼女の背を見つめながら、心のどこかに焦りが芽生えていた。


(昔の俺は、ここを──力でこじ開けた)

(でもリリアは……呼ばれて、通されてる)

(同じ“回路”に踏み込んでるのに、何もかも違う。……なんだよこれ)


リリアが、ふと足を止めた。


「……音がする」


静寂の中、微かな振動のようなものが足元を伝ってくる。


──ゴゥン……ゴゥン……


それは、地下聖堂の鐘が地脈を通じて鳴り響いているかのようだった。

石壁の内側で反響し、骨の髄にまで“心臓の鼓動”を流し込んでくる。

ひと響きごとに肺が揺さぶられ、胸郭の奥が勝手に震える。


「ねえ、ワン太。これ……」


リリアの声が届いた瞬間、胸の奥で何かが反応した。


(……聞こえてる。完全に、封印、動いてるな……)


ただ、静かにうなずくように──小さく首を傾けた。

返事はできない。けれど、確かに“そこにいる”ことだけは──リリアにも伝わっている気がした。


そのときだった。


空気が、一瞬、息を止めた。

世界が深呼吸をやめた瞬間、光がふわりと揺れた。

そして、リリアの周囲にふわりと魔素の粒子が舞い上がる。


蒼く淡い光。

だが近づくほどに、頬をかすめる冷気は針みたいに鋭く、耳の奥にチリチリとした耳鳴りを残した。

風のない空間で、まるで意志を持つかのように、彼女の周囲を渦巻いていく。


その粒子は光でありながら、同時に“影の欠片”でもあった。

刹那ごとに形を変え、瞼の裏で残像が燃える。

まばたきひとつのあいだに、世界が反転する。


「……なにこれ……?」


リリアが指先を差し出すと、魔素の粒は吸い寄せられるように集まり──


──記憶が、揺らいだ。


「……あれはなに?」


思い出すよりも先に、映像が脳裏に焼きつく。

灰の空。崩れた尖塔。焼け焦げた都市の縁。

逃げ惑う人影、その全てを飲み込む炎と衝撃波──


そして、その中心に立っていたのは──紛れもなく、自分の顔をした“誰か”だった。


手にした剣からは黒い雷のような魔力が溢れ、足元の大地を易々と砕きながら、すべてを消し飛ばしていく。


「……っ……これ、わたし……?」


胸の奥が冷たくなる。

呼吸が浅くなり、足先が震える。

石畳を踏み外しかけ、慌ててバッグを胸に抱き寄せた。

指先は氷のように冷え、布の感触すら遠のいていく。


知らないはずなのに、確かに“この手”が覚えていた。

剣を振る重み、地面が砕ける感触、焼けた風の匂い──全部、自分のものだった。


「……私、こんな顔……したことない……!」


声は震え、喉がひりつくほど乾いていた。

鏡を覗き込んだときの自分の仕草と重なって見え、否定すればするほど恐怖が増していく。


胸の奥で、何かが崩れた。

(……これが……私? 私が……やってきたこと……?)

否定したいのに、映像はあまりにも鮮明で、嘘を挟む隙間がない。

記憶はない。けれど、この感触、この剣の重み、この足元を砕く衝撃……身体のどっかが覚えてる。


──その瞬間、胸の奥で“もうひとりの自分”が笑った。

冷たい指先で心臓を撫でられたように、全身が総毛立つ。


(……やめろ……こんなもの、見せるな……!)

颯太の胸にも、あの日の感触──血の匂いと焦げた風が蘇る。

リリアの肩の震えが、布越しに伝わってきた。


(……助けてやりてぇ……! この手が届くなら、どんな罰だって受ける……!)

(泣くなって言ってやりてぇのに、声が風にもならねぇ……!)

(せめて今だけは――その痛みを俺にくれ……!)


その沈黙を縫うように、いくつもの声が重なる。


──“これが本当のあなた”

──“忘れてはいけない”

──“剣を振れ”

──“壊すことが、救いになる”


──“それでも、手を伸ばすのか?”


甘いのか苦いのか分からない響きが、呪いみたいに心臓を締めあげてくる。


炎に包まれた街。

瓦礫に沈む人影。

剣を振るたびに、世界の色が失われていく。

そのすべてが、鏡に映る自分の仕草と重なって見えた。


「……違う……こんなの……私じゃない……はず……!」

声は震え、涙が視界を滲ませる。

だが耳の奥では、誰のものとも知れない声が絶え間なく囁いていた。


──“そう、これが本当のあなた”

──“お前は破壊者だ”

──“受け入れろ”

──“それが、お前の運命”


否定しても、その声は消えなかった。

むしろ──甘く、重く、心臓の奥を撫でるように絡みつき、呼吸の隙間まで締めあげていく。


(……違う……お前は、そんなんじゃねぇ……!)


颯太の叫びが、ぬいぐるみの布の内側で震えた。

だがその音は届かず、リリアの瞳には、光と闇の狭間で微笑む“もうひとりの自分”しか映っていなかった。

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