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『第七話・3:読まれた槍筋、裂かれた肩』

(ああ、やっぱ“動かす”、いや“動く”ってのは、こうでなきゃ)


(右ステップ読み。0.8秒後に薙ぎ払い──なら0.3で横転から背面取る)


空気の振動、鎧の関節が軋む音、ゼルの呼吸が肩甲骨で反響する気配。

それら全てが重なり、世界はスローモーションのフィルムのように引き伸ばされていた。

思考より早く、筋肉と神経が同調する。


……かつて9999時間以上かけて詰めた“リリアの操作感”が、今ここで完全に自分の肉体感覚と重なっていた。


指先ひとつ動かさずとも、“リリアの身体”がリニアに走る。

床を蹴るたび石畳が短く悲鳴を上げ、靴底の反発が骨を震わせる。

髪が魔力の残滓を弾き、空気そのものが肌を撫でる。

──まるで最高にチューニングされた愛機を全開で走らせてるみたいな、脳髄が痺れる快感。


(……この動き、この反応。そりゃそうだ、俺が精魂込めて作ったリリアなんだからな)


(ただのデータだったはずのリリアが、

……今は俺の手足で、心臓だ。

くそ、こんなの──泣く以外にどうしろってんだよ)


走る、跳ねる、避けて……雑に踏み込む──

その一手ごとの軌跡がリズムを刻んで、……バトルが勝手に音楽みたいになってく。


「──でぇいッ!!」


レーヴァテイン・ゼロが空を裂いた。

火花が散り、空気が二分されるような鋭音が鼓膜を打ち抜く。

その閃きが、リリアと俺の鼓動を一つにした。

刃の残光すら、美しい。


(リリアはもう、“キャラ”じゃない。俺の皮膚であり、筋肉であり、心臓だ。今この瞬間──俺はリリアを“俺自身の身体”として動かしてる!)


「──でぇいッ!!」


「ッ貴様ァ!!」


ゼルの槍が閃く。右からの横薙ぎ──だが、肩の入りがわずかに遅い。

踏み込んだ瓦礫を踏み潰す音が、決定的な“タイミングのズレ”を物語っていた。


(はいフェイント読み~。三手前の踏み込みでバレてるって!)


槍刃が迫る瞬間、颯太は膝を沈め、半歩前へ。

耳元をかすめた刃先が風圧で髪を揺らし、鉄の匂いが甘い電気の味へと変わって喉を刺す。


──ズシャア!!


ゼルの左肩が裂けた。

肉と異形の外殻が剥がれ、骨が軋む鈍音がリリアの腕に逆流する。

飛び散った黒血は床に落ちるや否や“呪符の紋様”を描いて蠢き、灼けた石畳にじゅうじゅうと刻印を残す。


(おいおい……DOT床!? 運営ほんといやらしい仕様入れてくるな!)


裂け目から滲み出す瘴核は心臓の鼓動に合わせて赤黒く脈打ち、部屋全体を点滅させた。

影が揺れ、リリアの頬に伝った赤が、まるで戦場そのものに刻印されたように浮かび上がる。


爆ぜる衝撃波。床の石が数枚、粉々に砕け、破片がリリアの頬を掠めた。

冷たい切創の痛み──だがその赤い雫は血というより、敵の命を抉った証明のように熱かった。


ゼルの巨体が傾ぐ。

膝が沈み、呼吸が乱れ、口から漏れた声は呻きではない。

千の鎖がいっせいに軋み、金属の悲鳴が空気を食い破る“不協和音”。

焦げた金属と血の匂いが重く鼻腔を覆い、呼吸すら鉛のように重い。


──だが、その舞台で踊っているのは、リリアだけだった。


ゼルの槍が閃く。

右から、上から、背後から──だが、どの軌跡も空を切った。

リリアの姿は、風のように掴めない。

一瞬前までいた場所が、次の瞬間にはただの残光に変わる。


(……ははっ、完全に身体と同期してる。

これ、脳の反応速度追い越してるぞ……!)


ゼルの踏み込みが遅れた。

わずか〇・三秒──それだけで、横腹が裂かれた。

黒血が飛び散り、石畳が赤黒く染まり、煙のような呪気を吐き出した。


「なっ──!?」


その声より早く、二撃目。

リリアの影が弧を描き、背面から閃光のような斬撃が走る。

音が遅れて空気を切り裂いた。


「ッぐあああ!!」


斬撃が放たれた痕跡だけが、世界に残った。

ゼルの視界には、ただ閃光と残像──そして、自分の血が舞う光景だけがあった。


「……どこを見てるの?」

リリアの声が耳の後ろで囁く。

振り返った時にはもう、頬に細い紅の線が刻まれていた。


彼女の動きは、もはや戦闘ではない。

剣が舞であり、舞が殺意そのものだった。

踏み込みのたびに床が軋み、光の粒が弾け、世界がリリアの速度に追いつけなくなる。


ゼルが吠える。

槍の穂先から黒雷が奔る。

だがそれも、リリアの裾をわずかに掠めただけで、すぐに霧散した。


──攻撃は、全て外れる。

ゼルがどれほど暴れようとも、彼の視界にリリアの姿は掴めない。

一方的に、正確に、容赦なく──切り刻まれていく。


最後の一閃。

光が跳ね、空気が弾ける。

その瞬間、リリアは完全に“風”になっていた。


風が通り過ぎたあと、誰も──斬られたことすら、気づけなかった。

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