『第三話・2:呪いのビキニと、新たなる分岐』
──それよりも。
ぴり……と、首筋に冷たい感触。
肌が、風の刃でなぞられたように粟立つ。
(……え……?)
視線を落とす。肩から滑りかけたビキニのひも。
胸元は大きくはだけ、谷間の奥まで無防備に晒されている。
腰骨から脚の付け根まで、覆うのは極細の布切れだけ。
生地の間を風がすり抜けるたび、羞恥と冷気が一緒に刺してくる。
ひやりとした風が乳首をかすめ、思わず背筋がぴくんと跳ねる。
下腹部を覆う小さな布切れも、灰まじりの風にぴたりと貼りつき、鼠径部をいやらしくなぞった。
「…………っ……なに、これ……!?」
震える指で胸を押さえるが、布地は意地悪く胸から浮き上がる。
縁のレースが汗に濡れて微かに張りつき、剥がれるたびに敏感な皮膚を撫で上げる。
余計に感触を意識してしまい、吐息が乱れる。
(これ……呪い装備……!?)
息が詰まり、視線が周囲を彷徨う。
焼け焦げた空。ねじれた木の残骸。
裂け目だらけの岩肌。
──ここはもう、戦場の残滓。
完全に“壊され”、元の形を留めていない。
(……全部……消された……? 誰かが……)
風がひゅうと抜け、髪をかすかに揺らす。
その音がやけに大きく、心臓の鼓動まで数えられそうな静けさだった。
(……怖い……でも……)
胸の奥に、得体の知れない“誰かに使われていた”感覚だけが残っている。
温もりでも冷たさでもない、不気味な残滓が皮膚の奥にまとわりついて離れない。
それは、夢の中で何度も味わった“敗北のあと”の記憶に酷似していた。
わたしは、誰?
なんで、こんな服?
何が──あったの……?
問いだけが、心に降り積もる。
リリアは両腕で胸元を抱き、立ち尽くす。
風だけが、呪われたビキニのひもをくすぐるように揺らしていた。
「……そうか……」ぽつりと呟く。
「……あたし……また……やられちゃったんだ……」
その声には、不思議な“諦めと納得”が混じっていた。
涙を堪えるような震えと、敗北を知り尽くした者の苦笑が同居している。
まるで、これが宿命だと知っているかのように。
「戦闘不能になると……こうなるんだよね……何度も……」
その言葉は、過去の影をなぞるように響いた。誰に聞かせるでもなく、空に散っていく。
視線は焼け焦げた空の彼方へ。
「教会……行かなきゃ。あそこに行かないと、戻れない……」
「……この装備……解除されないから……」
胸元を押さえ、うつむく横顔は、どこか覚悟を帯びていた。
それは今のリリアというより、“長く繰り返してきた彼女”の表情だった。
ぽつりぽつりとこぼれる声が、乾いた風に溶けていく。
腕の中のぬいぐるみへ、視線を落とす。
「……ワン太……」
抱き寄せ、小さく揺らす。
「……大丈夫……? ねえ、無事……?」
震える声は、泣き出す一歩手前だった。
──そのとき。
(……う、ん……)
どこか遠くで、意識が浮かび上がる。
(……あれ……?)
(なんか……柔らかい……? ぬいぐるみ……また?)
──ぱちり、と意識が開く。
(って、うわあああああああっ!!)
(また“ぬいぐるみボディ”じゃねえかーーーッ!!)
ふわふわの詰め物、丸い肉球みたいな手。
軽すぎる身体に押し込められた屈辱と、リリアの胸に抱きしめられる甘い温もりが同時に押し寄せる。
「ワン太!? 大丈夫……?」
耳元でリリアの声。温かく、でもどこか不安げで。
(……ってことは……!)
(さっきまで俺が“リリアの中”にいたんだよな!?)
(交代したってことか……! じゃあ今こいつが……本物のリリア……!?)
──そして今、リリアと俺は“分かたれた”。
でもその胸のざわめきは、敗北でも絶望でもなく──確かに“新しい旅立ちの鼓動”だった。
呪いの水着のひもが、まだ風に揺れている。
羞恥と恐怖と笑いとを抱えたまま、それでも歩き出すしかない。
ここから始まる、新しい旅のはじまりだった。