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『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)  作者: 瀬尾 碧


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『第二話・6:削除領域の影』

十本の黒き腕が、リリアの背から咲くように現れる。

空気が──止まった。

色が、遅れて揺れた。

そして、一本が空間に触れた瞬間──

風が、音が、重力が、“意味ごと”崩壊した。


地面は“裏返り”、草は根から蒸発する。

木々は内部からひび割れ、枝葉ごと粉塵になって空へ昇っていく。

爆発も衝撃波もない。だが全身を襲う衝撃は、

あたかも「存在の奥底」から直接殴られているようだった。


それは破壊ではなかった。

──“存在”という記述そのものの、順番なき消去。


“記録の泡”がそこかしこに浮かび、

剥がれた記憶は古びたテープのように擦り切れて、

ノイズを撒き散らしながら溶けていく。


──草が。風が。空が。モンスターたちが。

……ついでに転がってた小石まで、ありえない角度で粉々になって飛んだ。

“触れられた”という概念そのものが、拒絶されていく。


座標は落ち、時間は遅れ、空間は折れ曲がる。

それは破壊ではない。

──“崩壊”そのものだった。


黒き腕がひと振りするたび、森は順番に削除されていく。

逆転する時。崩れ落ちる座標。

かつてあったものの全てが、“泥の記録”に還されていった。


やがて──世界が静止する。


森の中心に、ぽっかりと空いたクレーター。

そこにあったものは、痕跡すら残さず、記録ごと消え去っていた。


地面はまだ、わずかに呼吸していた。

灰と砂が、誰の気配もないのにふるりと震え、

まるで“ここにあった何か”の名残が、

空気の底でまだ抵抗しているようだった。


沈黙の中に、音にならない「悲鳴の残響」だけが漂っている──

そんな気がした。


空は、まだうっすらと歪んだまま。

音も、風も、色も──まるで“描き忘れられた世界”のように沈黙している。

その静寂の中で漂うのは、焼け焦げた匂い。

そして、どこか懐かしい金属とオゾンの匂い。

その匂いが、かすかに“記憶の焼き跡”を撫でていた。


(……昔、俺がこのゲームで勝利した後に見た光景と、同じ……)


最後に──ひとつだけ、黒い羽根が空に舞い上がる。

誰のものでもない魂の残滓。

風さえ息を止めるように、それは音もなく、光の屑に溶けて消えた。


リリアは──静かに目を閉じた。


「……ふーん……けっこう気持ちいいじゃん、これ……♡」

身体の芯が、空間ごと蕩けていくようだった。


リリアの中の颯太が、かすれた声で呟く。

全身の細胞が熱と快感で震え、剣を振るうよりも、“存在そのもの”を削る感覚が、悦びに変わっていた。


震える吐息は甘美で、背徳的で、あまりにも“危うい快感”だった。

その響きは、どこか甘く、余韻の中で溶けていくようで、

かつての颯太よりも細く、やわらかく──まるで誰かの夢が、耳元で息づいているようだった。


(……ちょっとやりすぎたかもな……ま、いっか。)


その微笑は、あまりにも無敵。

けれど、その奥底では、自分ですら制御できない“異質な何か”が、静かに脈打っていた。

そして、その感覚に抗うよりも、身を委ねる方が──ずっと楽で、心地よかった。

余韻の中、リリアの足元には、ぬいぐるみの影が静かに揺れている。


……だが、その影には、“もう一つ”の線が重なっていた。

影は二重に裂け、その隙間で──“眼”のようなものが、ゆっくりと開きかけていた。

視線を返すように、影そのものが、生き物めいて蠢く。


そして、静止したクレーターの縁からも、歪んだ空間の彼方からも──

ひとつの“視線”が、確かに注がれていた。


空気がわずかに歪み、音の通り道がねじれる。

振り返るより早く、森の奥……いや、すでに森ではない“削除領域の向こう”から、微かな笑い声が響く。


乾いているのに、どこか艶を帯びた声。

金属と蜜の中間のような──聴覚ではなく、“記憶で聴く”音色。


男とも女とも判別できないその響きが、記憶をかき乱し、胸の奥にざらりとした既視感を刻みつける。

それは空気を通らず、耳を震わせることなく──脳の奥へ直接流れ込んできた。


(……運営とのラインは、ぶち切ったはずだ。

 なのに、なぜ──まだ誰かがいる?)

(知ってる? いや……忘れてる?)

(クソ……誰だ!)


次の瞬間、

世界からその“気配”だけが消えた。


残ったのは、胸に焼きついた視線の残像と、虚無に落ちる黒い羽根だけ。

その残像は、影にもう一筋の線を刻み込み、決して消えようとはしなかった。


──リリアは、静かに息を吐き、歩き出した。


背後で、削除領域の虚無はなおも蠢き、

誰もいないはずの空間から、“見えない足音”が響き続けていた。


そしてほんの一瞬だけ──

リリアの吐いた白い息が、一拍遅れて誰かの息と重なった。


それが自分のものかどうか。

いや、そもそも自分がまだ“ひとり”なのかどうかさえ……確かめる余裕すらなかった。


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