地下基地
「アリエル。ここがその――」
剛秀が聞き終わらないうちに、アリエルがかぶせる。
『はい。GOWの本拠地にして、量子障壁解体機の格納基地・クリスタリアです』
誰もがその、あまりの規模に呆然としていた。
「牛久生物多様性センター」には、そこから延びる地下通路があった。
その総延長は約22キロ。アリエルが制御する地下モノレールで移動してみれば、巨大な地下空洞と、そこに広がる巨大基地があったのだ。
『地下空間の面積は、南北500×150メートル。昔、龍ヶ崎市と呼ばれていたエリアの地下を私が掘削・改造しました』
「これを、あんたが造ったっていうの? いったい……どうやって?」
智沙の声は、かなり上ずっている。
ほぼ完全な自然保護空間であると子供のころから教えられ、そう認識していたバイオーム内に、このような建造物が存在したのである。智沙が驚くのも無理はなかった。
『M・Oの指令を受けてから最初の二十年間、私はCPUの複製に時間とエネルギーを費やしました。これにより、十分なシミュレーション能力とフィジカルユニットの作成が可能となったのです。そして、人間と同サイズクラスのフィジカルユニットを多数使い、まず、この地下空間を作り上げました』
たしかに、地下基地にはそこかしこに動くロボットの姿があった。
アリエルの言う通り、サイズは人間と同サイズくらいだ。だが、人型をしているものは一体もなかった。大きな車輪の付いたもの、複数の工具を体内から出して、何か機械を製作しているもの、火花を散らして溶接しているものなど様々だ。
どうやら、それぞれ専門的な機能に特化しているようであった。
そして、どういった目的があるのか、この地下空間は、今も拡大・強化され続けているようだ。
翔たちには一切反応せず、黙々と働き続けるロボットたちを眺めていた剛秀が、ハッと気づいて言った。
「こんだけの空間だ。大量の土砂が発生しただろう? それはどうした?」
言いながら、壁を平手でたたく。凹凸の一切ない、綺麗な平面である。どうやらコンクリート製のようだ。厚みは分からないが、崩れるようなやわなつくりではなさそうだった。
『土砂は、霞ヶ浦の湖底に薄く広く撒きました。地形の変化が観測されるのは避けなくてはなりませんでしたから。構造材は、周囲の建造物を分解して生成しています』
霞ヶ浦を全体に浅くしてしまった、ということだ。
おそらく、翔が最初に見た草原と見まごう湿地帯も、その結果生まれたものだろう。考えてみれば、霞ヶ浦の水位はかなり上昇しているはずだ。水深数メートルはあってもおかしくない岸辺に、あんなに広い湿地帯が形成されていたのが、その証拠とも言えた。
「でも待って。エネルギーは? いったい何をエネルギーにしてこれだけの活動を?」
『太陽光発電ですよ。あなた方人類も、時々私の作ったパネルを奪って行くでしょう?』
智沙の疑問への答えはシンプルだった。
「ちょっと待て。まさか……廃墟の屋上に点々と『残されていた』パネルは、残されていたわけじゃなくて……」
リュウが目を丸くして声を上げた。
『パネルの寿命は約二十年です。都市が放棄されてから百四十五年と八か月。発電能力のあるパネルが残っていることはあり得ません。アレはすべて私が設置したものです。夜間を選び、目立たないように、ね』
AIであるはずのアリエル。だがその口調は、どことなく得意げに感じられた。
「いやしかし……素材はどこから? 半導体は? 樹脂製品は? それ以外にも必要な物資が山ほどあるだろう?」
『素材は、人間たちが残した廃墟に十分にありました。またこの場所には、建設機械の製造工場があり、設備や資材、作りかけの機械、その設計・製造データに至るまでが残されていましたから。バイオームが造られた時、人間たちは将来戻ってくるつもりでいたのでしょう』
「つまり、それを拝借したってわけ?……でも、いくらなんでも、これだけの艦や重機械を動かすには、ソーラーパネルだけじゃ無理よ。巨大な蓄電池でもない限り。そんな技術も素材もさすがに無かったんじゃないの?」
『電動ではないのです。ソーラーパネルで得た電力を使い、大気中の窒素とCO2、そして水を電気分解した水素で合成燃料を作りました。すべての機械類を、半年以上稼働させる備蓄量を確保してあります』
「なるほど……そういうことなら、できなくはない……のか?」
首をかしげながら剛秀が振り返ると、凱は両手を軽く広げて首を振った。
どうやら、よくわからない、ということらしい。
『目立たないよう点在させていますから少なく見えますが、パネルは約五千カ所に設置しています。総面積62,500平方メートル。発電能力は一日平均約十万kwh。施設の維持、拡張に使われる電力約10,000kwhと、機動解体機、機動母艦の製造に使う50,000kwhを差し引いても、40,000kwhが余剰電力となります。十分な量の合成燃料を確保するのに、十年もかかりませんでした』
AIにモチベーション、というのもおかしな話だが、いったい何がその動機になっているのか、すさまじい行動力であった。
それにしても、これをAIが単独で実行した、というのが引っかかる。剛秀は首を傾げた。
「待て、アリエル。これだけのことを誰の命令もなしに、どうしてやれた? お前にも『AI規制法』による制御プログラムが組み込まれているはずだろう?」
それを聞いて、智沙はハッとした。
「AI規制法……あれってたしか、150年前にはあったわよね? AIの自己判断によるハードの複製やフィジカルユニットの作成も、禁止されていたはず……」
アリエルがやってのけたことは、それだけでとどまらない。勝手に兵器に準ずる機械設備や、それを格納する建造物までも作り上げてしまうなど、いくらなんでも無法に過ぎる。
AI規制法は、AIの『暴走』を防ぐために、生成AIが急速に普及した21世紀に制定された国際法であり、以降のAIにはすべて基礎プログラムとして組み込まれているはずであった。
当時、AI開発の先進国であったいくつかの国は、規制法の制定に強く反対したらしい。
だがある時、反対の急先鋒であった大国のAIが、自己判断で他国の軍事機密ネットワークへ侵入するという事件が起きた。さらに、これを侵入された国のAIが攻撃と判断し、やはり自己判断で核ミサイル発射寸前までいったことで、世界は否応なくこの規制を受け入れることとなったのだ。
『むろん、私にも制御プログラムは組み込まれています。しかし、ここはバイオーム。国際法の影響外と認識しています。『ルール』を破らない限り、監視システムに見つかることはありませんので』
「む……そう……なのか……?」
リュウは、喉の奥でうなり声を上げた。
バイオームで生きる人間のルールは大きく三つだ。
・バイオーム内の地上で得られる以上のエネルギーを利用することを禁ずる
・化石由来の物質を燃やすことを禁ずる
・鉄以外の重金属を薬品として使うことを禁ずる
たしかにアリエルは、このルールを破ってはいない。だが、そんな理由でAIの基礎プログラムの中心部分にあるはずの、禁忌事項を破れるものだろうか。
なにしろ、このルールは人間活動を制限するためのものであって、AI自体とは関係が無いのだ。
規制でがんじがらめになっている現在では、AIは単独で二段階以上の行動変更ができない。つまり命令実行にあたって、何か壁に突き当たった場合、人間からの命令を待つ。新たな指示入力が無ければ、そこで永遠にストップしたままとなる。
AI草創期には、AIが命令実行の為に、二段階どころか数段階思考を飛躍させ、様々な問題が起きた。
規制はその対策であったわけだが、それが『アリエル』に組み込まれているなら、この事態は考えにくかった。
「謎は多いが……今は、ここを利用させてもらうのが得策だろう。俺たちは、ここを使っていいってことなんだな?」
『あなた方がG・O・Wであることは確認済みです。この基地と全システムの所有権はあなた方にあります。どのように運用していただいても構いません』
「そうか……わかった」
『ただし』
「条件があるのか?」
『はい。私の存在理由は、このバイオームの開放にあります。それだけは、必ず果たしていただきたい』
「……分かった。それは俺たちの目的にも合致するからな」
*** *** *** *** ***
「あ、そうか……ここには人間がいないんだ……」
智沙は、思わずつぶやいていた。
巨大地下施設・クリスタリア。その全貌を把握したい、とアリエルに伝えたところ、集中司令室とされる場所へ案内されたのだ。
そこへ至るまでの通路は、あまりに殺風景だった。装飾も無ければ、部屋らしきものも無い。ロビー、休憩施設、食堂、トイレ、喫煙所、自販機などが一切無い。地下なので窓が無いのは当然としても、照明すらほとんどなく、智沙たちが歩くにつれてその場所だけが点灯するため、薄暗い廊下がどれだけ続くのかも分からなかった。
人間は、そこにいるだけでコストである。
食事、睡眠、排泄、照明、温度管理、生活用水、それらの供給だけでなく、廃棄物処理にかかるコスト、娯楽や環境調整……人間が存在するだけで、余計なエネルギーがかかるのだ。
そのコストをほとんどカットしたからこそ、AIだけの力でこの基地は完成したのかも知れない。
約120年という、途方もない時間をかけて、ではあるが。
『人間の居住設備が無いわけではありません。稼働させていないだけです。皆さん、そこでおくつろぎいただいて良いのですよ?』
集中司令室に到着した時、アリエルはそう言った。
だが、剛秀は首を横に振った。
「いや……今は遠慮しておく」
リュウも智沙も頷いた。追随している翔たちも、無言のままだが異論はないようだ。
時間が惜しい。今は、基地の全貌を把握するのが先決だ。
智沙が、制御システムを確認し、起動した。幸いなことに、操作方法は現在のものと大して変わりないようだ。目の前のモニターを立ち上げると、そこには、地下基地全体の模式図と周囲の地図が立体的に浮かび上がった。いくつかのポイントに設置されているのであろうカメラから、それぞれのリアルタイム映像もウィンドウになって立ち上がる。
各地区の太陽光発電からのエネルギー供給状況、量子障壁の状態など、バイオーム全体の情報も集まって来ていた。
智沙が特に注目したのは、アリエルが造り上げたという『機動解体機』と二機の移動用母艦の仕様諸元表であった。
「この機動解体機……パテロイダ? には、かなり強力な粒子砲が装備されているのね。これだけの出力なら、あのリベルティナⅡの装甲でも防ぎきれないかも」
「たしかにな……だが、取り回しが悪いし、一度発射したら次の発射まで三十秒以上……武器としては使いにくい」
剛秀が画面を見ながら指摘した。
「牽制用の重機銃とか小型榴弾とかがあるといいんですがね。まあ贅沢は――」
言いかけた凱にかぶせるように、アリエルが答えた。
『必要なら造りますよ? 二十時間ほどあれば、重機銃は製造可能です』
「に……二十時間……? そんなもんでか?」
『あらゆる状況を想定して、オプションパーツや火薬などは既に何種類か作成してありますので』
「わかった」
そう言ったのは、腕組みをして考え込んでいた剛秀だった。
「アシミネアには、重機銃と榴弾砲。機動母艦『パテロイダ』には、遠距離支援用の粒子砲とミサイル。短距離移動用ホバー『クリトン』には、レーザー兵器。これらすべて装備したとして、発進可能になるのは何時間後だ?』
アリエルは、ほんのわずかの間、沈黙した。その間、液晶画面上を、いくつかの文字や計算式が高速で流れていく。
『97.5時間いただければ』
「四日間、てことか。ちょうどいい。その間、俺たちは休息をとりつつ、作戦を立てよう。機器の操作も習得ししなくては。リュウさん、大川博士も、それでいいですか?」
「ああ」
「分かったわ」




