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雲世界の子どもたち  作者: 葵月詞菜
第3章 修行の始まり

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第5話 師弟(2)

【登場人物】

紀伊 露草(きい つゆくさ)…学校帰りに桜にナンパされて「雲世界」に飛ばされた少年。

(かね)…「雲世界」で出会った男勝りの少女。

夕凪(ゆうなぎ)…矩と一緒に暮らしている青年。

樹氷(じゅひょう)…矩の兄。露草に身体の元を貸出中のため実体がない状態。


刃璃(はり)…「雲世界」の現統治者。露草と矩と同じ年頃の少女。

朝凪(あさなぎ)…夕凪の双子の兄。

(こがらし)…樹氷の旧友。楽天的な性格。


前話「師弟」の続きです。

 露草(つゆくさ)は竹刀を持って外に出た。場所は朝の鍛錬と同じ、家の前である。


「やっぱり基本から?」

「いえ、あまり基本に時間を割かなくても良いでしょう。確認ですが、露草は誰かに剣道を教わっていたのですよね?」

「あ、うん。六歳の頃からじいちゃんとこの道場で兄貴と一緒に」


 二つ上の兄は上達が早くて、追い付こうと必死に練習したのを覚えている。兄は今はやっていないのだが、露草は中学でも部活動で剣道部に所属していた。


「露草のおじいさまの教え方が良くて、露草も一生懸命頑張っていたんでしょうね。基本の型はしっかりできていると思います」


 夕凪(ゆうなぎ)に褒められると嬉しい。おまけに祖父まで褒められた。


「とはいえ、それができているのと魔獣との実戦はまた別なところがあります。まずは私の動きに反応できるように訓練しましょう。それから、前に実感したと思うけど、魔獣に竹刀では少々きついところがあります。木刀を振るのに慣れてください」

「――はい」

「ではまず、竹刀をそこに置きましょうか」


 夕凪に言われた通り、露草は竹刀を地面に置いた。


「少し前に出て、自然体で立ってください」


 数歩前に出て、深呼吸をしながら肩から力を抜く。


「!」


 目の前に、夕凪の持つ竹刀の先が迫っていた。思わずのけ反る。


「また力が入りましたね。ほら、自然体、自然体」

「い、いや、だって……」


 よく見ると、普段は細い夕凪の目がしっかり開いていた。こちらを見る視線が鋭い。声はいつも通りなのに……。


「今から、私が竹刀で仕掛けます。それを全て避けてください」

「……それは手加減ありなのか?」


 頬を伝う汗の感触を生々しく感じる。背中にも嫌な汗をかいていた。


「もちろん初めは様子見ですよ。では、いきましょう」

「え、ちょっ……」


 気付けば夕凪の竹刀が視界から消えていて、頭の上に風を感じた。

(怖!)

 すんでのところで避けると、真顔の夕凪が言う。


「どんどん行きますよ」


 いつもの微笑みがない彼が怖い。

 右、左、銅、首、しゃがんだところを足払い――全く容赦のない攻撃の連続だった。

 何かを考える余裕などなく、ただ来る攻撃を避けるのだけに集中するしかない。当たったら間違いなく負傷する。


「あと五百くらいはいけますかね」

「っ……」


 嘘だろ。これをあと五百とかあり得ない。きっとその前に潰れる。

 さすが、易々と何匹もの魔獣を倒してしまう夕凪である。

(やべえ人に師事しちまったかもしんねえ)

 露草はそんなことを思って、すぐに何も考えられなくなった。



「はあっ……はあっ……はあ……」


 息が荒い。流れていく汗が止まらない。地面に仰向けになった露草に、太陽の光が降り注ぐ。まだ日差しは然程きつくはない。微かに肌に感じる風が、唯一心地よかった。

 結局、五百まで耐えられず百で限界だった。


「さすがにバテましたか、露草」


 夕凪は素振りをしている。先程露草目がけて百回以上も振っていたというのに、呼吸一つ乱れてはいない。


「……夕凪って……結構、荒い方法、使うんだな……」

「さっきの『五百本メニュー』のことですか?」


 あれ、『五百本メニュー』って名前がついたのか。何とも分かりやすいが聞いただけでぞっとする。


「まあすぐに慣れると思いますよ。これから毎日やりますので」


 夕凪がいつもの笑みを浮かべるが、今はただただ怖い。


「他にも、何かあるんだよな?」


 ようやく息が少し整ってきた。給水しながら訊ねると、夕凪は素振りの手を止めた。


「ええ。ですが、今日はこの後魔獣払いです。(こがらし)の仕事分を私たちと朝凪(あさなぎ)とで引き受けることになりましたから」


 ああ、そういえばそんなことを言っていたような気がする。


「私と(かね)も魔獣払いはしていたんですけど、凩が相手にしていた数の比ではありません」

「え? それはどういう……」

「凩一人で、私たちの倍以上の魔獣を払っていたということです」

「……凩ってすごいやつだったんだな」


 露草の感想に夕凪が僅かに困った顔をした。


「いつも飄々としてるから忘れそうになりますけど、統治者の右腕の一族なだけあって力はあるんですよ」

「初対面の時があんなだったから、なんか想像できないけど……」

「でしょうね。でもまあ、じきに分かる時が来るでしょう」

「じゃあ矩もすごいやつを師にしちまったんだな」

「そうなりますね……まあ、矩が凩をどう評価するのかは謎ですけど」

「あはは」


 少し早めのお昼にしましょう、と夕凪は軽い足取りで家に戻っていく。対して露草はふらつく足でゆっくりと立ち上がった。足が重くてだるい。


「この修行が終わった時、兄貴にも勝てるかもな」


 今まで一度も勝てなかった兄に、一矢報いることができるだろうか。そんなことを考えると少しだけ心が軽くなった。


『剣道以外の技は反則だからな』


 頭の中の兄が釘を刺してきたので、露草は心の中で舌を出した。


「確かに剣道以外……ってか、それ以上のすごい技を身に付けてるかもな」


 元の世界に戻って、兄の驚いた顔を想像するとちょっと楽しかった。





「さーて、何からしよっかなー。基礎からだって刃璃(はり)に言われてるけど、オレの時みたいな長距離ランニングってのもなあ」


 本日から師になる(こがらし)は、暫くぶつぶつと呟いていたが、ふと(かね)の荷物にあった竹刀に目を留めた。魔力を使えないので、念のため持ってきていたものである。


「矩って夕凪(ゆうなぎ)と竹刀振ってたんだっけ?」

「まあ、それしかできなかったし」

「じゃあ瞬発力はありそうだな。んー」


 凩がまた何やら考え込み、そして何かを悟ったようにため息を吐いた。


「……あれはただの力試しでもなかったわけか」

「?」


 さっきから何を言っているのか矩には全く分からなかった。ずっと一人で会話をしているような気がする。そろそろ本気でおかしくなったのだろうかと心配になってきた。


「矩。お前、夕凪と打ち合いすんのどれくらいの時間やってられる?」

「え?」


 いきなり話を振られてきょとんとしてしまった。


「だから、夕凪と一時間くらい打ち合いしてられるかって」

「一時間!?」


 あの夕凪と? ――あり得ない。無理だ。体がぶっ壊れる。というより、そもそも五分以内で使いものにならない自信がある。


「やっぱり持久力には欠けそうだな……仕方ない」


 凩はなぜか同情するような目で矩を見た。自然と自分の眉間に皺が寄っていくのが分かった。


「とりあえず、ランニングから始めよっか」

「は?」

「うん、正直オレもあんまりいい思い出ないんだけど」

「思い出?」

「ああそれはこっちの話。大丈夫、オレの時より理不尽なこと吹っ掛けたりしないよ」


 全く意味が分からないんだが? 矩は胡乱な目つきで師であるはずの凩を見た。


「まあ準備運動だと思って走ろうか。お前の欠点もはっきりするだろうし」


 凩がにっと笑い、彼自身もまた走る前の軽いストレッチを始めた。




 ぜいぜいと肩で息をする。しんどい。肺が絶え間なく酸素を欲しているのが分かる。足もがくがくして力が入らない。今魔獣が現れたら、間違いなくやられる。


「やっぱりこうなるよねー」


 凩は涼しい顔をして地面に座り込み、桜の木の幹に背を預けて荒い息を繰り返す矩を見ていた。

 矩は意地で目の前の男を睨みつけた。文句をいってやりたいのに喋ることができない。

 ランニングは凩の小屋から城までの道のりの往復で、距離自体は大したことはない。だが、凩のペースが速かった。必死に食らいついていったけれど、最後の方は意識が朦朧としていた。足がふらついて、何回かこけた。


「……っ、やっぱり、って、何っ……?」

「お前の欠点がはっきりしたんだよ」


 欠点。その欠点が何なのか、今の状態から考えて推測できるものはあった。


「お前は夕凪との稽古で瞬発力や相手の動きを読む力はある程度身に付けられてる。けど」

「……持久力が、ない……」

「ご名答」


 凩が手を叩いた。


「というわけで、これからまずランニングを取り入れます。あーオレも付き合うのかあ」


 別にお前はいらないんじゃないかと思ったが、矩は黙っていた。

 やっと息が整ってきたので、矩は訊ねてみた。


「持久力と魔力ってどういう関係があるんだ?」

「魔力そのもには直接関係ないんだけどな。魔術を使うとなると大きく関係してくる」


 珍しく凩がまともに答えてくれている。少し師らしい。


「つまり、術の持続力に関わってくるわけだ。特にお前は魔力の量が並外れてる分、ずっと長く術を使うことができる」

「……ふーん」


 分かったような気はするが、まだ頭がふらふらしてまともに脳が働かない。早く脳にも酸素が必要だ。


「足、しっかりマッサージしとけよ。筋肉解しとかないと後で困るからなー」

 凩が立ち上がって、手を払いながら「お昼にしよう」と言う。

「お昼からは少し集中力を高める訓練をして今日は終わりだ」


 まだランニングしかしていないのにこの様なのか。矩は内心、早く終われと思いつつ、ため息を吐いた。

(こんなんで本当に魔力を使えるようになるんだろうか……)




***

 本日、初めての弟子を迎えての修行初日が終わった。

 自分の時は何をしたかと考えて今日のメニューになったわけだが、本当にこれで良かったのかどうかよく分からない。

 そもそも、自分が誰かの師になるなんて想像すらしてなかったし、たとえ誰か弟子を取るにしてももっと先の話だと思っていた。

 それもまさか、友人の妹で並外れた魔力を持つ者をみることになるとは……。

 だらだらと城の廊下を歩いていたが、ふいに月が綺麗なのに気付いて窓の一つを開けていた。


「いやー、まーじで分かんねー」


 思わず夜空に向けてぼやいてしまった。


「ほう、珍しく城に帰って来てると思ったら、何やら面白い顔をしているな、凩」


 いつもなら誰かが近付いてきたらすぐに気付くのに、今日はぼんやりしていたらしい。――まあ、声をかけてきたのはこの世界の治安を任されている部隊の隊長なので気配を見逃しても仕方ない、と思いたい。


時雨(しぐれ)殿」

刃璃(はり)様から聞いたぞ。ついに師になったんだって?」


 凩は頬を引き攣らせ、窓の桟に腕を載せて再び夜空を見上げた。


「……オレに師なんて向いてない」

「そうか」


 凩の頭に大きな手が載ってわしゃわしゃとかき回される。いつもなら撥ね退けているだろうに、今日はそんな気力も起きず黙ってされるがままになっていた。

 時雨は凩の父親の部下にあたり、凩にとっては大きな兄のような人だった。父親が表に出られなくなってからは、第二の父親代わりのような存在でもあった。


「ていうか、そもそもオレもまともに教わったことってないような気がするんだよな」

「そんなことはないだろう。氷柱(つらら)様は小さいお前に色々と教えていたじゃないか。――まあ、少々独特ではあったような気がするが」


 父親の氷柱(つらら)は凩から見て子どものような大人だった。もちろん統治者の右腕として申し分なく、時雨を始め人望も厚かったわけだが、それでも凩からすると本当に悪ガキのような父親だった。

(そんでそんな父上を()()は慕ってたな……)

 凩の第二の師の彼女は、家族を失い途方に暮れていたところを氷柱に拾われ城に来た。彼女が魔力を持ち、優秀だったことから凩の師に抜擢されたのである。


「――まだ()()の方がまともだったかも」

「あはは。春霖(しゅんりん)は真面目だったからなあ」

「真面目だったけど、たまに抜けてたよ」


 五つしか年がかわらなかったのに、彼女は本当に優秀な師だった。凩が変な意地を張っていたせいで、馴染むまでに少し時間がかかったけれど。

(はっ、オレは本当にガキだったよなあ)

 そして、何もできないまま、ただ守られるだけで死なせてしまった。


「なあ時雨殿。オレは(かね)に何をしてやれるんだろうな」


 本当に答えが分からなかった。自分は矩をちゃんと導いてやれるのだろうか。

 時雨は少しの間考えるように黙り込み、それから微かに笑ったようだった。


「それは凩にしか分からんことだな」

「……それはそうだけど」


 何かヒントくらいはもらえると期待していた。凩はため息を吐き、もういいやというふうに伸びをした。

(どっちにしろ今さら矩の師をやめるわけにもいかないしな)

 凩以外に魔力の使い方を教えるとなると、もう刃璃(はり)朝凪(あさなぎ)しかいない。さすがに矩がかわいそうだった。


「――じゃあね、時雨殿」


 片手を上げて背を向ける。


「そうだお前、たまには母君にも顔を見せてやれよ」


 後ろから追いかけてきた言葉に、凩は微かに眉間に皺を寄せた。


「――気が向いたらね」

「またそんなこと言って。行き辛いなら俺も一緒に行ってやるぞ」

「……ええ~」


 それはそれでさらに行き辛い。凩はそそくさとその場を後にした。

(さて、またふりだしに戻ったわけだ)

 矩の師として何をしたら良いのか、どうすれば良いのか。

 こんなに悩むのは一体いつ以来だろうと凩は考えた。


ここまで読んで下さってありがとうございます。いよいよ始まりました、それぞれの修行…修行、か?(まだ準備運動のペアもありますが)

凩の抱えているものがちらと顔を覗かせてますが、それは追々…。しかしマイペースな彼がこんなに悩んでいる姿を見るのは、作者としてもちょっと新鮮でした(笑)

(2024.08.12)

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