航行規制
東17回廊は中央区から辺境へと延びる回廊で、最近拡張されたことから管制局も最新鋭の機器で構成されているそうで、安心して任せられると出港時に聞いていた。
広域レーダーでもかなりの大型貨物船が高速で飛び交っている事が見て取れる。あの流れに乗るには、自動航行のエリアまでに加速を完了しておく必要がある。
徐々に回廊に近づき、もう少しで管制局の指示下に入ろうかとしたところでメインモニターにシステム系の警告が点灯した。
「真琴。何のワーニングだ?」
「管制局システムからのフィードバックです! 当艦側でいくつか接続を切断した形跡があります!」
「勝己さん! 管制局から通信です! 当艦がシステムの干渉を拒絶、管理下に置けないとの事です。このままだと回廊に入れません!」
「いったん回廊から離れるぞ! 取舵10度、半速まで減速する!」
「美咲。月面基地へ状況説明の通信を入れてくれ。回答によって戻る必要があるかもしれないし、後続の僚艦も同じエラーを食らう恐れもある」
「了解です」
「真琴はシステム通信のログを、こっちのサブモニターにも送ってくれ」
「了解、15分前からの通信ログを送ります」
返信までの間に休憩を取らせる。最悪のパターンを想定し、食事やトイレを済ませておくためだ。
味気ない食事を操縦室で揃って食べながら、管制局との通信ログをチェックしていく。
「真琴。今、大丈夫か?」
「大丈夫よ」
「ここを見てくれ。管制局側から火器管制システム側にアクセスがある。こっちのシステムはソレを火器管制のハッキングと捉えて切断しているみたいだ。確か、回廊内への進入時は火器管制のロックが義務付けられていたよな」
「そうね。管制局からシステムへ干渉されるとの話があったわ」
「収納状態でこれでは、戦術システムの改修をしない限り回廊に入れないぞ」
「でも、航法系と戦術系のシステムは外部から書き換えができない仕様よね。であるならば引き返すようよ」
軍艦として、外部からのハッキング防止に多くのシステムがROM仕様になっている。また、通信系のシステムとは物理的に切り離されていて、最低限のアクセス権だけが複数のセキュリティーシステムを介して結ばれているだけだ。
恐らくはアクセス権の付与だけでは済まないだろうし、焼き付けのやり直しだとそれなりの施設が必要だ。
月基地からの返信は1時間ほど待たされたが、指示内容は随分と簡素だった。
「勝巳さん。返信入りました。『システムチェックはスチプール基地で受けろ』との事です」
「どうします? 回廊に入れないと速度を上げられませんし、ショートジャンプの繰り返しではエネルギーが厳しいです」
回廊には非常用の100番台が有る。システムの故障等で回廊の管制局下に入れない船が進むためや、回廊本体で重大な事故等が起きた際に開かれる並行する回廊を100番台と言い、東17回廊には東117回廊が並行して設定されているはずだ。
ただ、この100番台航路はできれば使いたくはなかったのだが……。
「管制局に100番台の使用許可を取ってくれ」
「100番台、ですか?」
「そっか、その手が有りましたね。100番台は予備の回廊よ」
真琴さんも知っていたようで補足してくれた。
「勝己さんや真琴さんは、なんでそんなのまで知っているの?」
「艦長課程で習ったから、かな?」
「航路選定シミュレーションで使った事がある。あの時は『宇宙機雷の敷設艦を迅速に前線基地へ』ってお題だった」
宇宙機雷の一定量を超える積載は回廊への侵入を規制される。仮に爆発事故を起こされたら、その回廊は数年単位で使い物にならないからだ。故に航行維持の観点から致し方ないのだが、裏技的な方法で100番台を航行させたのだ。それがシミュレーション的には問題無いとされて合格していた。
ちなみに模範解答は『不可能』で、そこに至る過程を見定めるものだったそうだ。
「100番台の申請、通りました。最新のデブリ状況を出します」
本線ではない事や、航路の途中で近付かざるを得ない恒星の影響もあって狭い。臨時利用なので、そこを提供データと実測データを基に自力で進まなくてはならない。特にデブリと呼ばれる宇宙ゴミの存在は船体の損傷に繋がり、生命に直結する事故を起こしかねない。使っていない回廊にはデブリが点在するので、かなり神経が磨り減るだろう。
「真琴と美咲でレーダー確認と進路選定を。ロボにサポートさせるけど、かなりしんどい事に成るだろうから覚悟して。亜紀良は副砲を展開し、前方に向けて回避できないデブリの除去をよろしく」
「『操縦は勝己さん一人で』って訳にはいかないから、ロボはそっちでも使って」
「元社畜をなめんな。3徹4徹だって頻繁に経験しているんだ。飛ばすだけなら問題ない」
「ルート選定出ました。センサーの倍率は3倍にアップしています」
「回転衝角もアイドルで回してくれ。多少は効果があるだろう」
デブリ除去に主砲のレーザーは効率が悪いので収納し、後部の副砲塔を前面に向けて拡散照射する事でごみを消し飛ばす。頻繁には出来ないので細かい物は回転衝角の硬さ頼りに突き進むのだ。それを考慮したルート選定に通常のレーダー精度では心もとないので、倍率を上げてより小さな物まで表示させる。その中で問題となりそうなものを目で判断してルートを決めるには集中力と低応力に感性が必要だ。
「第二戦速のまま進む。無理なら落とすが、可能であればもう少し上げたい」
「了解。速度はこちらで指示しますから、勝己さんは操縦に集中してください」
「了解だ」
こうして軽巡航艦【夕張】は東117回廊を、管制局からの航路データサポートを受けた状態で突き進む事に成った。自動航行で楽ができると思ったのに、残念だ。
日数が延びればそれだけ替えの利かない僕の負担が増す。だからだろう、真琴と美咲の指示する速度は想定を上回るものだった。最大で第四戦速まで出しながら進むルートは、細かい進路調整が必要であったが操縦への負担は少ない範囲だった。
勿論代償が無かったわけではない。僕の負担を肩代わりする様にルート設定に集中していた美咲が、体調を崩して鼻血を噴いた。
無理もない。飲食も最低限に落とし、排泄も垂れ流し覚悟で操縦室に詰めているのだ。その中で集中力を切らさずに仕事をしろと言う方が無茶なのだ。
それでも36時間も頑張ったのは偉いと思う。残り14時間は3人で回す必要がある。
「真琴さん、美咲を部屋に下がらせて。亜紀良。コース固定するから、進路上に2照射お願い」
「「了解」」
「いえ、まだ……」
「駄々こねないでね」
「……、はい」
拡散した副砲のレーザーによって、進路上のチリは除去できたはずだ。
速度は少し落とし、進路を表示している3D立体ディスプレー上の横に広域ドップラーレーダーを表示させる。目的のステーションはまだ表示されない。
真琴が戻って来てルート設定に戻る。
「大丈夫。シャワーに入れて着替えさせて、ベッドに括りつけてきたから」
「君らも限界までは無理しないで」
「そう言ってもいられないでしょ?」
「だね。最後までこのまま乗り切ろう」
そうして半日を乗り切り、入港用の最大減速も一段落したところが回想に入ったタイミングだったわけだ。
ステーションの管制棟との通信を切って、328番桟橋のビーコンを探す。探している最中に亜紀良と美咲が戻って来た。
「美咲、戻りました。申し訳ありませんでした」
「気にしないで良いよ。無理は承知の上だったしね」
そんな感じで4人揃って、初めての入港作業となった。
が、そこに嬉しさみたいなものは無く、ただ燃え尽き感だけが場を支配していた。
「【夕張】よりSW管制塔へ。接岸を完了しました。エネルギーの補給を求めます」
「SW管制より【夕張】へ。こちらでも接岸を確認した。補給は満タンで良いか?」
「【夕張】よりSW管制塔へ。支払いコードを送りますので、満タンでお願いします。」
「SW管制より【夕張】へ。OKだ。出航希望の1時間前には連絡を乞う」
「【夕張】よりSW管制塔へ。了解です」
システムをアイドル状態まで落とし、操縦系のシステムにロックを掛けて振り向くと、3人とも酷い顔色をしていた。僕の顔色も同じように酷いだろう。
「これより10時間の休息とする。後はサポートロボに任せ、宇宙服を交換してゆっくり休息を取ろう。シャワーは女性陣からどうぞ。僕はココで航海日誌を記してしまうので、ゆっくりで良いよ」
航行ルートのログを表示しながら3日分の航海日誌を書いていく。
書きながら、今回の行為が如何に無謀で、乗員に負担を強いる行為だったかを深く反省した。そして今回のシステムエラーが、「元々仕組まれていたのでは」とも考えた。
もしもシミュレーション実習で100番台を使っていなければ、すんなりと回廊を勧めたのではないか。今回は無事だったが、艦の破損や乗員の怪我があったかもしれないし、最悪の事態として4人そろって艦ごと爆死していた可能性だってあったわけだ。
シミュレーション通りに物事は動かないのだと言われているような、軍人としてはそこまでのリスクも背負うべきなのだと諭されているような、何とも言えない後味の悪さを感じていた。
『彼女たちは今回の決断を、どう捉えただろうか。基地に辿り着いた後、移動願いが出されたりしないだろうか。とくに後続の僚艦が回廊をスムーズに来ていたら、彼女たちに何と言って詫びればよいだろうか』
そんな事を考えていたら亜紀良が「シャワーをどうぞ」と声をかけてくれたので、少し間を空けてからシャワー室に向かった。汚れた宇宙服はダストボックスに放り込み、シャワーを浴びてから予備の宇宙服を着て部屋に戻る。
眠気は有るような無いような。それでも横になって目を瞑れば、直ぐにでも深い眠りに落ちていくだろう。
無事のココまで来られて、本当に良かった。




