死闘(6)
いや、それにしてもだ。
この義手は、以前シュタイヤーが述べたようにドイツの技術が詰まった特殊なものである。
そこいらの医者に扱える代物ではない。
「ガリルの血管に、義手装着用の器具を埋め込んだのはオレだ」
「シュタイヤー、キサマ……!」
頭に血が昇った。
黒衣の胸倉につかみ掛かろうとしたアミを止めたのは、他ならぬガリル・ザウァー本人である。
「止めなさい、私が望んだことです。それにアーミーさん、これは貴女のせいでもあるんですよ」
「わ、わたしのせい……?」
意外な言葉にアミは動きを止めた。
説明を求めるようにじっと武器商人の目を見つめる。
「《帝国の狼》──ザクソニア・ロング=レンジをこの手で始末したいので義手にしたのです。戦闘力として当てにしていたアーミーさん、貴女がどこかへ消えてしまったせいでもあります」
「………………」
アミはうつむいた。
言葉の中の皮肉は、何となく通じた。
諭すようにそう言われると、全て自分の責任だと思えてくる。
「す、すまない。ガリル・ザウァー。戦うのはわたしの役目なのに……」
構いませんよ。常に優しい養い親はアミに向かってこう言った。
「反省するのであれば貴女、いっそ左腕も義手にしては如何です? そうすれば戦闘力は格段に上昇しますよ」
「ガリル、その話は……!」
シュタイヤーの抗議の声など雑音に過ぎない。
分かった、とアミは頷いていた。
「ガリル・ザウァーが言うなら、そうする」
でなければ、今の自分に存在価値なんてないのだろう……。
浮き沈みの激しい心がズン……と底まで落ちていく。
それを引き上げたのは、ガリル・ザウァーの優しい言葉ではなかった。
突然の爆音。
周囲の巡礼者たちが悲鳴をあげて駆け出す中、三人はうろたえることはなかった。
音も地響きも遠い。
「掛かりましたか!」
表情を引き締め、真っ先に室内の窓の側へと走り寄ったのはガリル・ザウァーである。
方向が悪く、ここからは立ち昇る煙しか捉えることは出来なかったが、してやったりという風に口元は歪んでいた。
上陸してきた第277歩兵部隊が、彼が仕掛けたブービートラップに掛かったに違いない。
そもそも島内の様子をうかがうために、高い所まで登ってきたのだ。
人家や商店の並ぶ参道側からは、奴らも上陸しないはず。
これは、ドイツ軍による仏土攻撃という正式な作戦ではない。
あくまで《鋼鉄の暗殺者》を狙っての突発的な仕事なのだから、人目につかぬよう島の反対側から入り込むだろう。
武器商人の読みは当たった。
「奴らです! 数を減らして混乱している。今が叩くチャンスです」
「ま、待て、ガリル」
一人、転ぶように駆けて行く彼の背に、シュタイヤーが叫ぶ。
「止せ、こんな所で戦争を始める気か!」
足を止めるのも鬱陶しいと言わんばかりに、ガリル・ザウァーは肩越しに振り返った。
「奴らを殺すために、今までやってきたんです! ここで逃してどうしますか」
「ガリル、相手は一部隊だぞ! その腕だって……」
「嫌なら来なくていいです」
突き放すガリル・ザウァーとシュタイヤーの間に入ったのは、鋼鉄の少女だ。
「ケンカをするな! わたしたちはたった三人の仲間なんだ」
仲間、という言葉にわずかな躊躇いが滲むも、根が単純な少女はその一言で話に片がつくと思っているらしい。
シュタイヤーを牽制するように睨んでおいて、それからガリル・ザウァーに向き直った。
「そいつを殺せば、ガリル・ザウァーは満足なんだな?」
武器商人はうなずき、アミは己の右拳をぎこちなく握り締める。
古い義手の調子は、あまり良くはない。
しかし、ガリル・ザウァーのために──。
彼のためなら、どんなに納得のいかない戦争だって闘える──筈だ。
闘うことを運命られた少女は、修道院の階段を駆け下りたのだった。
ガリル・ザウァーに先導されて辿り着いた先には、凄惨な光景が広がっていた。
「気を付けてください、アーミーさん」
最も信頼する人物の言葉に、彼女は足を止める。
足元に張られた細い糸を、慎重に跨いだ。
それはピアノ線を多用した単純な罠にすぎない。
近くには爆薬が仕掛けられているのだろう。
仮にもレジスタンスとして活動する者としては、扱えて当然という初歩的な造りのものだ。
モン・サン=ミシェル島北側の岩山にピッタリ沿うように建てられているのは、アミがその手で殺めたロム・テクニカの家である。
おそらくその付近に罠を仕掛けていたのだろう。
少量の爆弾を、しかし多数。
それが次々と爆発して、辺りは血生臭く酸鼻を極めていた。
ドイツ兵が──時に五体がバラバラに分かれたモノが地面に転がっている。
「死体の中に《帝国の狼》はいません!」
恐るべき視覚と嗅覚で現場を見定め、吐き捨てるガリル・ザウァー。
「ならばどこに……?」
ライフルの安全装置を外して、シュタイヤーが警戒態勢に入った。
つられて右手を構えたアミの足元──突如として高速の射撃音が響き、土が弾ける。
踊るような足取りでアミは、それでも狙いを引きつけたままガリル・ザウァーから離れた。
この連射速度は、毎分千二百発を発射できるドイツ製機関銃MG42に違いない。
銃口の方向に見当をつけて、シュタイヤーがライフルを発砲する。
瞬間、止まった銃声。
待ちきれないというようにガリル・ザウァーがそちらへ走った。
「止まれ、ガリル・ザウァー!」
彼の盾になるような動きで、アミもそちらへ走り込む。
背後で何事か叫ぶシュタイヤーの声など聞こえてはいない。
岩場の影には果たして、MG42を構えたドイツ人偉丈夫が待ち構えていた。
大柄な体躯。短く刈られた茶髪に、海の青を思わせる目。
引き締まった禁欲的な顔立ち。
アミがこの人物に対峙するのは三度目である。
ドイツ国防軍第二七七歩兵部隊隊長ザクソニア・ロング=レンジに間違いない。
連れていた部下たちを爆発で失ったものの、自身は岩場の影に身を隠し、運良く難を逃れたのだろう。




