死闘(7)
「《帝国の狼》があっ!」
叫んだガリル・ザウァーは体格差など顧みず、相手に殴りかかった。
唸り声と共に右拳を男の顎にめり込ませる。
「うっ……!」
どんなにガリル・ザウァーの腕が細くとも、アドレナリンの効果を利用して常態の数倍もの力を引き出す特殊義手による殴打を喰らえば、顎が砕けるどころではすまされない。
勢いで首の骨が折れてもおかしくないのだ。
しかし《帝国の狼》は数歩ふらついただけで、軽く顔を振ってこちらを見やった。
むしろ切羽詰った呻き声を上げたのはガリル・ザウァーの方だ。
右肩を押さえて、額には大粒の汗が滲んでいる。
「しっかりしろ、ガリル・ザウァー!」
両者の間にアミが強引に割り込んだ。
睨みすえた相手は、しかしMG42の照準を合わせ直すでもなく少女と武器商人を見比べている。
いや、注意は彼等の右腕に向けられていた。
「成程。船からの情報では《鋼鉄の暗殺者》は中年男と言う。しかし若い女という噂も前々からあった。そうか、二人居たのか」
事情を察せず、彼の言うことに合点のいかぬアミだけが呆けた顔をしているが、ドイツ人は流暢なフランス語で続けた。
「《鋼鉄の暗殺者》の詳細情報と引き換えに保護を求めてきていた武器職人を殺したのも、ザウァー、貴様だろう」
「そ、それは……」
泡を食ったアミが口を開きかけるのを──どうせ殺ったのはガリル・ザウァーじゃない。わたしだ。などと余計なことを言うつもりなのだろう──左手で制して、ガリル・ザウァーは無言を貫く。
わざわざ相手に情報を与えてやる必要もない。
「片腕の実験は完全に成功している。ドイツに戻っていよいよ両腕、両足、果ては戦闘用の全身装甲機械化肉体を造る算段だと、武器職人は言っていたぞ。技術が露呈するのを恐れて殺したのだろう」
人間の肉体を戦闘用に機械化するなど、相当な年月をかけてもまだ夢物語にすぎない。
それは骨董無形な話にも聞こえる。
しかし万一、今回の戦争でその技術の一端でも使用されれば?
「《武器庫》はただの小規模なテロリスト集団に過ぎない。それが今まで生き延びてきたのは《鋼鉄の暗殺者》を抱える故だ。その優位が失われるのは痛いだろうからな」
「ど、どうする? ガリル・ザウァー」
こちらが何を喋ろうが、或いは黙っていようが相手には全てが筒抜けという醜態に、ガリル・ザウァーは今まで見たこともない苦い表情を作っていた。
「……あの男を殺した理由は違うんですがね」
溜め息と共に吐き出したのは、悔し紛れの言葉だろうか。
「こちらのアーミーさんの左手の切断および義手装着手術を断られましてね。ユージン・ストナー……あの腐ったような人間が人道的見解から手術はできないなどと抜かしたんですよ。でもまぁ、金をつんで一応製品だけは造らせたんですが」
──もっとも、苦労して作らせた左手用義手も、うちの者に壊されてしまったんですがね。
不貞腐れたようなその調子に、アミは顔をうつむける。
彼の物言いに、意外とショックを受けているらしい自分の精神に驚いたのだ。
養い親は、アミの生身である左手まで切り落とす計画を立てていたのだ。
代わりに超人的な力を秘める義手をつけて、新たな戦闘に従事させようとしていた。
ユージン・ストナーを殺すよう命じたのは、その手術を断ったからという。
右手が義手なのは仕方がなかった。
大怪我を負っていたための、止むをえない措置だったのだ。
でも、不自由のない左手まで……。
短髪が首筋をくすぐる感触に、アミは我に返った。
──ガリル・ザウァーの為なら腕がどうなろうと構わない。ずっとそう思っていたじゃないか。うん、大丈夫……。わたしは大丈夫だ。
己に言い聞かせる。
その行為が、自分でも少々情けなく感じられた。
「アーミー、これ以上は聞くな」
いつのまにか側に来ていたシュタイヤーが、黒手袋で彼女の耳を塞いだ。
アミは首を振ってそれを払い除ける。
何を聞いてもわたしは大丈夫だ。
「邪魔されてたまりますか!」
ガリル・ザウァーが吐き捨てる。
「ドイツ人を殺すために……ドイツを潰すために十年近くこうやって力を蓄えてきたんですから!」
何を聞いても大丈夫。
嘘を付かれたり、酷いことを言われたり……。
それでも絶対大丈夫だと己に言い聞かせていたアミの心が《帝国の狼》の次の言葉で、萎えた。
「ドイツを潰す? ザウァー、貴様とてドイツ人だろうが! これ以上祖国を裏切るな」
黒手袋が痛いくらい耳を押さえつけるも、男のよく通るその声が遮断されることはない。
「……ドイツ人だって? ほ、本当なのか? ガリル・ザウァー」
余程酷い顔をしていたのだろう。
ちらりとこちらに視線を送ったガリル・ザウァーが小さな笑みを零した。
呆れたような、諦めたような複雑な微笑。
「……だから貴女は馬鹿だと言われるんです。気付くものでしょう。《武器庫》も《鋼鉄の暗殺者》もドイツ語ですよ」
「あっ……」
「|貴様の妻を殺した事は悪かったと思っている《イッヒ グラオベン ユーベル、イーレ フラウレン テーテン》。|しかし俺も任務だった《イッヒ カン エス、ニヒト ウンターラッセン》。|祖国を脱走した貴様に否がある《ドゥー シュレヒト、デン ラント フリーエン》」
単語一つ一つを吐き出すよう喋ってから、ザクソニアは全くその言葉を解さないらしいアミに気付いて言葉を迷った。
「先日は気付かなかったが……」
結局、選んだ言語は、この場にいる全員にとって理解可能なフランス語であった。
「その二人はあの時の子供なのか? 貴様の妻が祖国の機密と共に持ち出した……例の?」




