表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/61

この手で切った絆(6)

「何す……」


 アミの叫びに轟音が重なる。

 彼女の手を持ったまま、シュタイヤーの指が銃の引金を引いたのだ。

 上空に向けて放たれた銃弾に、遠くの巡礼者たちが一目散に走り出した。


「な、何してる。危ないだろ!」


 たなびく硝煙。

 空に突き出された腕を、シュタイヤーはゆっくりと下ろした。

 発信装置を生かしておく危険を、彼は恐れたのかもしれない。


「シュタイヤー?」


 疑惑に対して腹をくくる間もない。

 アミの疑問は自然に口をついて出てしまった。


「シュタイヤー、どうしてドイツなんかと結んだ? 金か? そんなことないだろ。なにか深い事情が……」


 シュタイヤーはこちらを向いて少し顔を俯けた。

 笑わない彼の口元に、うっすらと笑みが浮かんだようでアミは怯む。


「アミ、お前の家族がドイツ偽装船に襲われたのは何年前だ?」


「お、覚えてないけど、わたしが六、七歳のころだから……七、八年くらい前かな? でも……」


 何が言いたいのだ、この男は。

 戸惑いながらの彼女の答えを、彼は途中で遮った。


「おかしいとは思わないのか? その歳で、襲撃以前の記憶がないというのは」


「う……?」


 思考が停止し、アミは押し黙る。

 頭の中はいつもの混乱に苛まれていた。


「……本当に馬鹿な子だ。考えるということをしない」

 眸を伏せて、シュタイヤーは吐き捨てる。

「ドイツ軍偽装船による他国籍民間船への略奪、襲撃行為が確認されたのは今年《1940》になってからだ」


 そこでちらりと少女の反応を見やり、彼女の脳が結論に辿り着いていないことを悟ったか。

 シュタイヤーは小さく息をついた。


「つまり家族がドイツ兵に殺され、お前は右手を失ったという話がそもそも嘘だったというわけだ」


 突然告げられた衝撃の中で、アミが辛うじて絞り出した声はか細いものだ。


「……な、何で?」


 何でそんな嘘をつく?

 じやあ、わたしの右手はどうして無くなった?

 シュタイヤーの言ってることは何かおかしい!


 渦巻く疑念は、しかし言葉にならなかった。

 呆けた表情のアミに向かって、彼が衝撃の言葉を吐いたからだ。


「……ある事故で腕を失くしたお前は軍事利用実験に提供された。人間兵器となりうる義手の研究だ」


「ぐんじりよう?」


 鸚鵡返しに問い返すアミに、シュタイヤーが苦い表情を送る。


「そうだ。父親はそれを見て見ぬふりをした」


 右肩を押さえて彼女が呻く。

 合わない義手の結合部から、ジワリと血が滲んでいた。


「わ、わたし、そんなこと、知らない」


 当然だ、とシュタイヤーは地面を見つめる。


「……ガリルも知らないことだ」


「……じゃあ、何で?」

 心臓が早鐘を打つ。

 胸を押さえたいのに、義手は上手く動いてくれなかった。

「なんでそれをシュタイヤーが知ってる?」


 ──それは、オレがお前の父親だからだ。


 黒衣の男はそう言って眸を伏せた。


「そんなの……」


 それは信じられない、とアミは思った。


「うん、さすがにわたしでも簡単には信じない」


 今度は声に出して告げる。

 そうすることで数十分もの間、極限まで混乱していた思考は一旦静まってくれた。


 よく考えろ。シュタイヤーがあんな変な嘘をつく理由を。

 締まりの悪い水道の蛇口のように、肩と義手の境目からポトリポトリ血が滴り落ちる。

 彼の話を聞いてからずっとこうだ。


 ──ラドムに会いたい……。


 あの子は賢いから、何か納得のいく説明をでっち上げてくれるに違いない。


 無意識に浮かんだその考えを、アミは激しく首を振って追い払った。

 もう巻き込まないと誓っただろ。

 彼に会うことは二度とない。

 この手で切った絆だ。


 先を歩く黒い姿を睨み据える。

 隠していた全てを話し、疲れ切ったようなその背中。


 ──もし、シュタイヤーの話が嘘じゃなかったら?


 シュタイヤー・アミ父娘が関わった実験は失敗し、行き詰まったところを武器商人ガリル・ザウァーに拾われた。

 そこで、父娘はようやく地獄から抜け出せたのだとシュタイヤーは言う。


 そんな話を聞いて、シュタイヤーの元を逃げだそうとしない自分にも違和感はある。


「ガリル・ザウァー……」


 早く会いたい。

 小動物のようなあの姿が脳裏に蘇る。

 早く会って、そしてつまらないことで思い悩むなと言ってもらいたい。

 自分にとって、彼は絶対的な指針なのだ。

 その存在を思い出した途端、乱れていた呼吸が静かに治まっていく。


 戦うべき相手は明確だ。

 それはシュタイヤーではない。


 そう、戦うべき相手はドイツ兵だ。

 ドイツ国防軍第277歩兵部隊──ガリル・ザウァーのためにそれを排除する。

 命を懸けても構わない。

 この記憶が始まった時から、彼女にとってガリル・ザウァーが全てだったのだから。


 冷たい風がふたりを打つ。

 アミは指先にモゾモゾとした感触を覚え、左手を広げてみせた。

 切り落とした髪が、未だ指に絡んでいたのだ。

 手を広げたことで、それはするすると指先から解けてフワリ。空へ舞い上がった。

 刃物のような銀の色が、風にのって天高く飛び、そして消える。


 短髪を風に遊ばせながら、それを見送って──彼女はふと、思った。


 ──自分にとって、ガリル・ザウァーはすべてであった。揺るぎない、それは事実。

 ──自分の全ては、ガリル・ザウァーのためにあるのか。ふと生じた、それは疑問。


「……わたしは何のために、誰のために戦うんだ?」


 小さな呟きは、風の唸り声に呑まれて消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ