この手で切った絆(5)
彼女は束ねた髪をつかんだ。
手持ちの万能ナイフを取り出すと、一瞬の躊躇もなく銀髪をバッサリ切り落としたのだ。
ザクッという豪快な音に、シュタイヤーの方が慌てて声を裏返す。
「アミ、何も切らなくとも……」
しかし制止の声は遅い。
銀髪の束を手に、短髪になった少女は不思議そうに男を見上げた。
「ガリル・ザウァーは悲しむかな。私には長い髪が似合うと言ってたから……。でも、うっとおしかったから丁度いい。長いと暑いし。臭くなったらたまらない」
どうせなら全部きれいに刈るか抜くかして……などと言い出した彼女を遮るように、シュタイヤーは違う話題を振った。
養い親に髪を褒められたとかで、ずっと伸ばしていた銀髪だ。
こうもあっさり切り落としてしまったことに戸惑いを覚える。
だが、切ってしまったものは仕方ない。
この上、刈るか抜くだと?
しかしアミの場合、ふざけて言っているわけではない。
下手すりゃこの場でやりかねない。
「あ、あの子供……ラドムと言ったか? どうした。一緒じゃないのか?」
シュタイヤーにとってはさして気になる事柄ではなかった。
今まで思い出しもしなかったくらいだ。
話を逸らせるために思い付いただけの存在に、しかしアミは顔を俯けた。
「わたしのせいでラドムは……」
「そ、そうか……」
何となく察したのだろう。彼は口ごもった。
アミも押し黙ったものだから、その場には沈痛な空気が流れる。
少女は唇を噛み締め、男より先に立って歩き出した。
後悔している。
ラドムと一緒にいたことを。
あの子の好意に甘えていた。
ラドムが大怪我したのは、自分のそばにいたせいだ。
これ以上戦いに巻き込んではならないと、そう思って病院の前に置いてきたのだ。
何とか命を取り留めて欲しい。
もし意識を回復したら、きっと怒るだろう……その様を想像して、アミの口元に苦い微笑が浮かぶ。
そうだ、もうひとつ聞いておかなければならないことがあった。
「…………ロムは死んだか?」
黙って頷いたシュタイヤーに向かって、消え入りそうな声で「すまない」と呟く。
「謝ることはない。お前に責任はないはずだ」
「でも……」
そう言われても、気休めにもならない。
「奴は異常を来していた。お前を襲うなどどうかしている」
「シュタイヤー、そんなことを言うな! わたしが……」
苦み走った後悔の叫びを、シュタイヤーは聞き流したようだ。
「アーミー、これから先……何が起ころうと覚えていてくれ。オレはずっとお前の味方だったし、これからもそうだ。オレは、お前のためなら死ねる」
「シュタイヤー……!」
抗議に近い叫びを、少女は絞り出した。
「何でみんな、死ぬとか言うんだ!」
うつむいた彼女の向こうを、巡礼者の集団が通りすぎる。
その黒衣の群れに一瞬ギョッとしたか、アミは歩みを止めた。
「……いいか、アーミー。ガリルの元へは戻るな」
「なに?」
予想だにしない言葉に、アミの表情が強張る。
見ればシュタイヤーもその場に足を止めていた。
「アーミー、そろそろ説明しなければならんだろう」
そう言って切り出したシュタイヤーの話は、アミにとって大切な義手にかかわるものであった。
「お前の義手は特殊で、血管と直結し血液中のアドレナリン分泌量をサーチ、調整する」
「あどれな……」
口の中で何事か呟いてから、アミは兄貴分の口元を凝視した。
わけの分からない単語が次々出てくる忌々しい口を。
「つまりアーミー、お前が戦闘態勢に入りアドレナリン値が急激に上昇すると、身体に特殊な電気信号を送るのだ。それによりアドレナリンが常人の百数十倍に増加し、身体能力の著しい増強を促すというわけだ」
「あどれ……つまり、何だ。何が言いたい。わたしの手がどうかしたのか」
長い台詞から意図が読めず、アミは渋面をつくってみせる。
昔からそうだ。
シュタイヤーは言うことが回りくどい。
第一、そんなことを事細かに説明されたところで、自分に理解できるものでもないだろう。
「シュタイヤー?」
巡礼者集団を見送ってから、アミは再び歩き出す。
いつになく嫌な予感に苛まれていた。
彼とドイツの関係といい、分からないことが多すぎる。
「シュタイヤー、何を隠している?」
太腿のホルダーに吊ったシュタイヤーの銃が急に重く、厭わしくなってきた。
いっそ、捨ててしまおうか……。
グリップを握り締め、連れの男に気付かれないようそろそろと取り出す。
疑いを抱いた時点で──ガリル・ザウァーの命令を待たずとも──殺してしまうべきなのだ。
仮に、シュタイヤーに弁明の機会など与えてみろ。
頭の良い彼に言いくるめられることは分かっていた。
「だいたい、考えるのは苦手なんだ。途中でどんどん訳が分からなくなっていくから。だってわたしはどうせ……」
思考が徐々に暗い方向へ向いてしまうのを自覚しながらも、アミはブツブツと黒衣の背中に向かって呟いていた。
油断していたのは確かだ。
だから、彼女の手首を黒の手袋がつかんだ瞬間、アミは息を呑むように小さな悲鳴をあげたのだった。
一瞬にして、銃を奪われた。




